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第十八話 「執念」



 ―――ノア視点―――



 彼女への想いを火種にして、

 燃え上がらせた心の炎を動力とする。


 速く、速く、もっと速く――。


 俺は全身を躍動させ、そう願いながら黒鍵を振るい続ける。

 骸骨の剣士の二刀の剣は素早く、嵐のような攻撃だ。

 受け続けるのは至難の業。

 こちらが剣をあてるのは、更に難しい。


「――――――ぐっ!」


 奴の左剣が俺の肩を突く。激痛とともに血が滲む。

 俺はバックダッシュしながら追撃を回避するために黒鍵を振る。

 金属と金属がぶつかり合う音が、迷宮を揺らす。

 少しでも油断をすれば、奴の二刀は俺の命を容赦なく断つだろう。

 致命傷は避けているが、腹、胸、左腕に一閃ずつ喰らっている。

 スキル『再生』を自動化して回復しているが、一歩間違えれば即死だ。

 そう。

 いくら『再生』しようが、首を切り落とされれば死ぬ。

 心臓を貫かれ、逃げることができなければ死ぬのだ。

 ゆえに、一手のミスも許されない。

 そして、死なないだけで良いのではない。


 俺は、勝たなくちゃいけないんだ。


 彼女を守るために。俺が幸せになるために。

 勝つために必要なことは、奴を、骸骨の剣士を切り伏せることだ。

 だから、攻めの姿勢を崩すことなど、あってはならない。


「う、ぉぉぉおおお!!」


 気合とともに取る行動は、地味で、しかしもっとも重要なこと。

 回避と学習。

 一刀で奴の剣を打倒すことは難しい。

 だが、すべてを黒鍵で受け続ける必要などないのだ。

 振り下ろされる奴の剣から放たれる風圧を感じながら、すんでのところで避ける。

 もう一刀の剣を受け流しながら、こちらも交錯するように黒鍵を当てに行く。

 黒の剣に防がれ、火花が散る。と、そのときにはすでに、奴の攻撃は再開する。

 これを瞬間、瞬間に。

 似たような駆け引きを無限回に繰り返している。

 感じ取る。奴の驚異的な実力と、そこに至るまでの過程を。


(一体、何年剣を振ればこんな化け物になれるんだ!?)


 幾度も繰り返される剣戟にて、奴は一度たりとも隙を見せなかった。

 たった、一度たりとも、だ。

 加えて流星のような連撃は休む間もなく、俺を強襲し続ける。

 少し剣に関わりのある者なら分かる。

 これは、人の一生分で身に付くようなものではない。

 だから、俺はここから学ぶのだ。

 その剣が描く軌道、重み、速度。

 奴の反応、息遣い。

 あらゆるすべてから、俺が飛躍するための手段を探り続ける。

 彼女を想い、奪い続ける。



 ―――



 体のあらゆる機能を総動員して、剣のみに没頭する。

 剣筋から技を奪う行為は、まるで、奴と一体になっていくかのようだった。

 剣で語り合うたび、奴から溢れ出す情報は血液の如く、俺の中に流れ込んでくる。

 分かる。

 全身骨野郎の奴が、どのようにその域に達したのか。

 目が無いはずの奴が、なぜ反応できるのか。

 殺気だ。

 奴は、殺気を見てとっている。

 魔力探知や闘力探知の技術ではない。それは人間を脱した能力だ。

 恐らく、何年も、何百年も、殺し合いをし続けてきた者にしか達せない領域。

 だが、俺には分かる。

 剣を合わせ続けて、

 奴の感覚をも共有している俺には分かる。

 奴の殺気がどこを向いているのか。

 次の一手、その方向。

 そしてそれは奴も同じ。


 俺たちは溶け合っているのだ。

 剣を交わしたその先で。



 ―――



 鍵と剣がぶつかり合う。

 鳴りやまない轟音。

 奴のすべてを、

 奪って、奪って、奪い続けて。

 上気する汗も、知らぬ間に流れ落ちた涙や鼻水も置き去りにして。

 俺は加速し続けた。

 互角に渡り合い続けた。

 だが――、


「――――っ、ぁぁぁああああ!!!」


 あと一手、一歩。

 その状況から抜け出せない。

 奴の殺気が、途切れることはない。

 奴は一切の隙を見せない。作らせない。

 まるで鼻先にニンジンをぶら下げられた馬の気分だ。

 対して、奴の態度には焦りなど微塵もないようだった。

 アンデッド系魔物が疲れを感じるかは知らないが、少なくとも奴は身体疲労という概念を持ち合わせていないように思える。

 比べて、いくら『再生』があろうとも、俺はただの人間だ。

 剣を振れば疲れるし、思考力は落ちる。


 ギィィィイン!!


 再び、金属と金属はぶつかり合う。

 瞬間、俺の視界はチカチカと点滅した。

 目の端には変な浮遊物が浮いている。幻覚だろう。

 疲労は最高潮に来ている。

 が、このとき俺は見逃さなかった。


 剣を押し込まれた重みに耐えかね、奴が一瞬よろけたところを。


「――――っ!」


 思考を、全身を、バーストさせるほどの勢いで駆動させる。

 己の身を案じている場合ではない。

 これを逃せばもう、俺に勝利はない。

 確実に奴を仕留めるための体勢を取る。

 魔力、闘力を指先に集める。

 糸ほどに細い勝機を手繰り寄せるように手を伸ばした。


「う、ぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 叫びと共に放つは、連撃流魔力混合超級技・炎ノ(フレイム・)五芒星(ペンタグラム)

 中級の俺なら、本来は扱えない技。

 けれど、今の俺なら可能だと確信した。


(強くイメージすれば、それが確信に至れば、

 できない技も魔法もないっ!)


 炎の魔力を内包されたそれは、

 勢い劣らず、青へと変色しながらアートを描き出す。

 青き炎となった剣撃は、五芒星をそこに出現させる。

 ……はず、だった。


(こ、こいつ……っ!)



 放った技を見た、奴の顔は、笑っていた。

 そして俺は、己の失態に気付く。 

 終始、目を光らせていたはずなのに見落としてしまっていた。

 チリチリと頭の裏が疼く感覚。

 すなわち殺気は、ずっと俺を向き続けていたのだ。

 つまりは全てが演技。

 生まれたと思った隙は、奴の罠に過ぎなかったのだ。


「見事だった」


「――――っ!」


 青炎を纏った五つの剣撃は吸い込まれるように奴の身体へと集約した。

 奴は初撃を華麗に躱し、他の連撃を二刀にて完全に防ぎきった。

 相当な威力だったはずなのに、そこに爆発音はない。

 受け流したのだ。俺の全力を。

 俺は硬直した。

 魔力混合剣技における、技後の硬直。

 それは闘力と魔力を瞬間的に大量消費したことによる反動だった。


 すっ。


 流れるように、骨の剣士は肉薄した。

 奴は二刀を俺の首筋へと滑らせるように振るう。

 俺は、すぐそこに死があることを感じた。





 ―――ララ視点―――



 黒鍵と黒剣。

 彼らの放つ剣の音で、私は目を覚ました。

 頭が痛い。クラクラする。

 足はまるで地面に縫い付けられているかのように動かない。

 気絶したときの後遺症は残っているらしい。


「…………それでもっ!」


 私は倒れたまま、地に伏したまま、右腕を前へと突き出した。

 曇りがかった視界。狙いは定まらない。

 魔力を込めても、不発で終わるかもしれない。

 けれど、

 私は、彼の力になりたい。

 心の底から、そう思ったから。


 彼の過去を聞いて、同情したから?


 ああ、そうだ。

 可哀そうだと思ったんだ。

 そして願った。



 どうか、彼が幸せになりますように。



 辛く、苦しい過去は、もう変わらないだろうけれど、

 私と歩くこれからは、幸せな道を生きて欲しい。


 彼は守ってくれている。

 不甲斐ないマスターの私を守るために、命を張り続けている。

 嫌なはずなのに、怖いはずなのに。

 私のために、また苦しみを背負わせてしまった。

 だから、


「今度は私が、守ってみせるっ!!」


 右腕にありったけの熱を込める。

 ずっと自分のために魔法を使い続けた。

 自分の夢を、叶えるために。

 だからこれは、生まれて初めて放つ魔法。

 誰かのために、放つ魔法だ。





 ―――ノア視点―――



 死と共に感じたのは、圧倒的な熱であった。

 それが誰のものかは、すぐに分かった。

 まだ死なない。

 そんな予感があったから、俺は目を開け続けた。

 首元の刃は、目前にはなかった。

 奴が大きく仰け反っている。


 俺は、強く地面を蹴った。


 左足の親指ただ一点に集約される闘力と魔力。

 光速移動スキル『電光石火』。

 今までのように、使おうと思って使ったスキルではない。

 借り物の力を選択したのではない。

 俺が、俺の力として、完全に直感としてそこに在ったのだ。

 雷撃の一線は紫電と化す。

 奴に急接近した俺の右腕は、しかし未だに硬直している。


 だが、まだ攻勢の()は、ここにある!


 俺が降りぬいたのは、利き手ではない左の腕。

 黒鍵は宝具だ。

 右腕から、左腕に移し替えることなど、造作もないこと。

 硬直で固まっていた黒鍵は消え、左の手にすっぽりと収まった。


「貴様、何を……!」


 奴の驚くような声。

 当然だろう。

 常識で言えば、利き手でない剣撃など、取るに足らないものだ。

 だが、もう俺は、常識(ソコ)にはいない。

 見続けた、奴の剣。

 左での打ち込み方――――角度、重み、流れ。

 俺は()()()()()()()()()()


「……その執念、頂戴する!」


 上段、横一閃。

 振りぬいたそれは、奴の首を両断した。



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