第十五話 「骸の剣士」(挿絵あり)
細長い一本道のエリア。
暗く、狭いその道を、小さな炎球をランプ代わりにして、道を照らす。
俺はララの魔力量を一応心配しつつ歩く。
ララは「ふんふーん」と鼻歌を歌いながら隣を歩いていたが、
「フフフフフ」
時々、奇妙な笑い声をあげるのであった。
「ふへへへへへっ! フロアボスを一撃だなんて! やっぱり私って天才よねそうよねぇ!」
フロアを埋めるほど巨大な雲の怪物が消え去ったのち、ララはすごく嬉しそうだった。
小さい体を右に左に揺らしながら、散歩するように迷宮を歩く。
「感謝しなさい! 私が付いてるからには攻略なんて朝飯前の歯磨き前よ!」
「………………」
俺たちはさらに階層を下り、攻略を進めている。
が、あれから奇跡的にも魔物と遭遇していない。
ララは、確かにすごい。
けれど、少々増長しやすい性格のようだ。
それが彼女の良さでもあるのかもしれないが、正直危機感は足りていないと言わざるを得ない。
彼女の緊張感を取り戻すためにも、俺は彼女の勘違いを一つ正すことにした。
「あのさ、言いにくいんだけど、
あの雲の魔物、たぶんフロアボスじゃない」
「………………はい?」
はい、ここでノア・グランドの解説タイム。
俺はララに説明した。
フロアボスと出会ったときと、倒したときに出る炎の文字について、だ。
どういう仕組みかは分からないが、ボス戦の前には必ず空中にそれが出現する。
そして討伐後は、祝福のメッセージが再び浮かび上がる。
一体誰がそんなことをやっているのか。その演出に意味はあるのか。
まあ、迷宮の謎なんかは言い出したらキリがないんだけど。
それで、さっきの敵、雲の幽霊怪人、クラウディゴーストとの戦闘。
開始時も、倒した後も、そのメッセージは出現しなかった。
ということはつまり、先ほどの敵は単なるフロアモンスターでしかなかったというわけだ。
と、このような説明を一通り終えたところ、俺は何か違和感を覚えた。
汗が止まらないのだ。
気づけば熱気とともに、ララから蒸気が噴き出している。
ピキピキと表情をこわばらせた彼女は、感情を爆発させた。
「そういう大事なことはもっと早く言いなさいよ、馬鹿~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!!!!!」
巨大な炎球が頬を掠り通過した。
ドッゴォォォォォォオオオオオ!!
炸裂したそれは、迷宮の地面を深々と抉り、クレーターを作り出していた。
うん。
全面的に俺が悪いな。
俺は無言で地に足をつき、必殺の土下座を繰り出した。
―――
「のぅ……お主ら、そろそろ仲直りしないのかの?」
迷宮の細道、その側面に見つけた狭い安全地帯に身を潜めた俺たち。
いつのまに少女へと様変わりしたメフィーが頭を抱えている。
そこには紅茶の良い香りと、クッキーが皿に盛られていた。
俺たちは、それを挟んで対面していた。
「「…………」」
ポットと皿は、魔術師が魔力を込めワンタッチすれば起動し、適正サイズへ変化する小型の魔道具。
紅茶とクッキーは彼女が魔術によって作り出したものだ。
魔術媒介用具の一つ、マジカルカード。
詠唱と、それを消費することで、クッキーはそこに出現した。
彼女は高価なそれを複数枚所持しているらしく、しばらくは食料にも困りそうにない。
本当、彼女には感謝してもしきれないほどだ。
ほど、なのだが……。
「い、いや~~、迷宮でこんなごちそうが食べられるとはのぅ!
うむ、うむ! 甘くて最高! 乙女なわらわも大満足なのじゃっ!」
「「…………」」
「お、お主らいい加減にせんかっ!
大体どうして宝具のわらわが空気を読まんといかんのじゃ~~~~!!!」
メフィーの落胆した声だけが、狭い洞穴に響く。
俺とララは相も変わらず無言であった。
おそらく、お互い掛ける言葉を探しているのであろう。
俺は謝るべきことは、謝った。
それはもう、彼女に口をきいてもらえるまで土下座のまま付いていったほどだ。
そうして、「うるさいわね! もういいわよっ!」の許可が下りたところにこの安全地帯である。
俺は無言で、慣れた手つきで周囲の小石を拾っては取り除く。彼女は黙々と、紅茶とクッキーを構築する魔術を行使した。
そんなことをしていたら、いざ準備ができたその時、俺たちは何だか得も言われぬ気まずさに苛まれてしまったというわけだ。
「うぬぬぬぬっ!」
うん、これ以上はメフィーが可哀そうだ。
ここは勇気を出して、男の俺が話すべき!
そうやって、俺がクッキーに伸ばした手を引き、口を開けようとした、その瞬間である。
ギィィィィィイイイイン!!
遠くで爆発するような、
されど、剣士ならば聞き間違えるわけもない。
鉄と鉄がぶつかり合う音が、聞こえたのは。
「「!?」」
俺は即座に立ち上がった。
メフィーも黒鍵へと戻り、俺の手の中に納まっている。
ララを見た。
彼女も同様、右腕を構え、殺気を振りまいている。
ピシピシと音をたて、何かが崩れる音を聞いた。
俺は音の発生源を見やる。
それは安全地帯と迷宮の境界にある、歪みそのものであった。
「いったい、なにが……」
安全地帯にある「歪み」。それは摩訶不思議な迷宮が作り出す、自然の結界だ。
魔物たちには中を感知することはできず、また、干渉することもできない。
迷宮とは生き物、と誰かが言った。
そんな迷宮を流れる魔力が、低確率でぶつかり合って、生み出されたものが結界であり、安全地帯なのだ。不自然なほどに人間を優遇した、絶対不可侵のシステム。
しかし、そんな結界が今にも壊れそうになっている。
ギィンッ! ギィンッ! ギィンッ!
それも、遠くで鳴り続ける、たかが剣音によって、だ。
「ララ」
「ええ……」
俺が名を呼ぶと、彼女はすでに魔道具を仕舞っていた。
俺たちは、音の鳴る方へ、歩みを進めた。
―――
狭い道を通ったはずなのに、そこにあるのは高い天井と、広い幅の空間。
細道を抜けたさきにあったものは、いかにもな大扉であった。
黒の鉄で構成されたそれは、剣と盾の文様が金で装飾されている。これを作った奴は、きっと自己顕示欲の高い悪趣味な奴に違いない。
隣の彼女は緊張しつつも、荒々した雰囲気を纏っていた。
二人で並び、扉へと近づく。
が、その目標物に手を触れる直前、
それは自動的に開放された。
「「―――っ!」」
そこから飛び出したのは、肉のない骨の身体、全身を覆うは錆びた鉄の鎧。
右の手に持つは長剣。左の手に持つは足先から顔面を隠すほどの大盾。
骸骨騎士。
確かな知性を持ち、繰り出す剣は素早く、盾でほとんどの攻撃を防ぐ。
骸骨騎士だけは魔物だと思うな。
これは上級冒険者たちの中では、常識中の常識だ。
奴は駆け引きをする。
奴は、野生の冒険者なのだ。
俺は反射的に地を蹴った。
奴に考える時間を与えてはならない。
奴は時間を掛ければ掛けるほどに、厄介な相手となる。
隙を作り出そうと、俺は黒鍵を縦横無尽に振る。
奴はその全てを盾で防ぎ切ると、その長剣を振り下ろした。
風を切ったそれを、回転しながら避ける。
奴が二撃目を繰り出そうと構え直したとき、背後から透き通るような声で魔法名を唱える声が響き渡った。
「炎球!!」
圧縮された炎の弾丸は空気を震わせながら奴の持つ大盾の上側に直撃する。
直後、熱風、爆発。
盾の上部はどろりと溶け出し、そこには空洞の丸が穿たれた。
「――――っ!」
俺は足に魔力と闘力を込め、スキル『電光石火』を発動する。
迸る雷撃は一線を描き、目標の正面まで瞬時に辿り着いた。
腰を捻じるように回転させながら、
「う、ぉぉおおおおおおお!!!」
俺は盾に穿たれた穴に向けて黒鍵を伸ばす。
気迫とともに、刺突を繰り出す!
――が、奴は反応し、盾を放棄。バックステップで撤退しようと藻掻く。
「無駄だ!」
俺は叫びながら、突き出した剣、その後ろに魔法印を構築。
「水球!」
魔力の塊を発動させた。
水の魔法が噴射され、刃の後を押す。
俺の手を離れた剣は勢い余すことなく奴の首元へと突き刺さった。
「AAAAAAAAAA!!!」
叫び声をあげながら、奴の骨がバラバラと散らばる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
俺は息を吐きながら、黒鍵を掲げた。
略奪を遂行する。
魔石が破片となり、吸い込まれる。
ランクアップとはいかないが、先ほどまでの相手とは比べ物にならないほどの力の上昇を感じた。
俺たちはギリギリ戦いを制した。
駆け引きに勝利したのだ。
だが、それでも疑問は残った。
――あの剣圧を生み出した者が、この程度の苦難で切り伏せるものなのだろうか。
俺は不足した魔力を、根源の回路で繋がったララから受け取る。
「…………」
悪い予感が消えてくれない。
傷は再生で癒える。
魔力だって彼女が居れば問題ない。
俺の能力は、贔屓目に見ても低くないはずだ。
それなのに、
奪われる予感が。
死の予感が、消えてくれない。
「不安なの?」
ハッとして隣の彼女を見る。
彼女は挑戦的な瞳で、俺を見つめる。
そしてまた、その小さな手で、ギュッと握ってくれた。
「大丈夫、私があなたを守るから」
私はここにいるのだと、その手から伝う温度が主張する。
「私は、あなたのマスターなんだからっ!」
「……はは」
固く、固く握られたその手を、俺は握り返した。
そうだ。
もう、俺は一人じゃないんだ。
どんな苦境も、彼女と共に超えていけばいい。
俺は彼女と並び、共に重々しい鉄扉に、ゆっくりと手を触れた。
―――
扉を開けた先にあったのは、薄暗い円形の空間だった。
踏み込む足で確かめる、地面は細道と変わらぬただの土だ。
しばらく進むと、こつっ、と何かに触れた。気になり、そこに指先に点火した炎球で確かめる。
そこにあったものは、言うなれば死、そのものであった。
散らばるのは鎧の破片に剣と盾、そして骨と魔石。
それら一体一体が、先ほど戦ったものと同等のもの、つまりは骸骨騎士だと断定するまで、それほど時間はかからなかった。
ということは、これをやった何者かが、ここにいるというわけだ。
それは想像もできないほど現実味がない話で、
されど、もっと非現実的な出来事は、すでに起こっていた。
「――――――あ、」
音もなく、ララが嘔吐しながら気絶したという事実。
俺が一歩も前へと踏み出せないという事実だ。
ボボボボボッ!
ぐるりと俺たちを囲むように、青い炎が立ち上がる。
周囲の様子がより鮮明になる。
散らばった死体の数は、軽く千は超えていた。
炎の中心に居るのは、骨に鎧を着こんだ骸骨騎士。
だが、先ほど戦闘した相手とは、あきらかに様相が異なった。
奴は漆黒の鎧に身を包んでいた。
盾はなく、両の手に闇よりも暗い純粋な黒の剣を握っている。
そして、俺は確信する。
ああ、奴だ。
奴がそこにいるというだけで、俺が絶望するには事足りた。
明らかに、レベルが違い過ぎる。
奴の放つ威圧だけで、あの強気なララが行動不能に陥っている。
奴の放つ威圧だけで、俺の足は地面に縫い付けられている。
「ようやく来たか、お前が、次代の勇者だな?」
喋る、魔物――?
理解も追いつけぬまま、俺は固まった足のまま、頭上に浮かんだ文字を追っていた。
『Welcome to the 90th floor!!』
奴が何者かを示す、痛いほどの現実が、そこには鮮明に映し出されていた。