第十四話 「ゴーストバスターズ!」
「それじゃあ行こうか、先へ」
「ええ!」
決意を確かめあった俺たちは、空間の歪みをこえ、安全地帯の外に出た。
そこを出ると、腐った肉のような臭いが鼻をついた。
そういえば、と思い起こす。
「ねえノア。ここっていったい何階層なのかしら?
私ここに突然放り込まれたから知らないのよね。
最下層は百層だから、それから逆算して予定を立てたいのだけど」
「え、えっと……悪い。分からないんだ。というか忘れた」
「は、はぁ!?」
俺は彼女に説明した。
力を求めて下り続けたこと。
その間の記憶が、ほとんどないこと。
話を聞いたララは呆れたようにため息を吐いた。
「あなたねぇ……!
焦る気持ちも分かるけど、まずは自分の命を優先しなさい!
そうしないと、すぐに死んじゃうわよ!
死なれたらこっちだって後味悪いの! 死ぬの禁止! 分かった!?」
「…お、おう。すまん」
俺は苦笑しながら返答する。パーティでのことを思い出すように。
自分のために。
死なないために力を求めた。
けれどそれも、理性で制御できなければ、死期を早めるだけだ。
当たり前の事実の前に、糾弾された俺は赤髪の少女に頭を下げた。
すると喧しい音に感付いたのか、肌が崩れ落ちそうなゾンビや、漂う白いゴースト、骨だけで動くスケルトン等の亡霊系魔物が集まってきた。
数は軽く五十は超える。
「……っ! 来たわね!」
彼女は腕を構える。
考えれば、俺がここに到達する前にも彼女は戦闘をこなしていたのだ。
ここの階層が亡霊系魔物の住処だということも、事前に知っていたわけだ。
俺は彼女に遅れを取らぬよう、黒鍵を構え、駆けだした。
――― ララ視点 ―――
私は小中高とエレベーター形式で学院に通っていた。
炎球しか使えなくて、今年入った高等部の卒業は怪しいけれど、学業は怠らなかったし、何より魔力ランクSSSというのも幸いして、才能集まる学院に居続けることができた。
魔法騎士養成学院には、様々な学生が存在する。
個性的な面々だが、彼らを大きく分けると、魔術師型と、剣士型に別れる。
私は当然魔術師型だったけれど、剣士型にも凄い実力者たちは目にしてきた。
けれど、そんな彼らと、目の前の少年の強さの質は、異なるものだと確信した。
(……想像以上ね!)
視線の先にいる少年は、たった一つの傷も負わず、魔物共を駆逐していた。
動きに一切の迷いがない。
本能だけで動いているような荒々しさがあるのに、選びとる選択肢は、すべてが最良のものだった。
学院で学び、鍛錬してきた強さではない。
死地を経験してきた、確かな力の蓄積。
彼の強さの根幹は、そこにあるのだと思った。
「私だって……!」
私は腕を構え、巨大な赤の魔法印を四つ顕現した。
射程を定め、狙う方向を定める。
威力を決め、速度を設定する。
そして唱える。
「炎球、炎球、ファイアボーール!!」
いくつもの炎の球が直進し、彼の後方から襲っていた標的の頭を打ちぬいた。
百発百中。
周囲の敵を倒し尽くした私は、心の中でガッツポーズをし、彼の元へと駆け寄った。
――― ノア視点 ―――
「開錠」
戦闘が終わり、俺は黒鍵の能力でチカラの回収を行った。
魔石が砕け散り、吸い込むように欠片が黒鍵の中に入り込んでくる。
多少の酩酊と、高揚。
力が上昇する。
――スキル『恐怖付与C』は『恐怖付与B』に成長しました。
――魔力、闘力が上昇しました。
ふむ。
新しいスキルがいつのまに追加されていたようだ。
そのスキルは段階を超えて成長している。
しかし、魔力、闘力のランクアップは五十以上の敵を倒しても行われなかった。
ランクが高すぎるのだ。おそらく、階層主レベルの敵でなければ、もう成長しないだろう。
不安であり、不服ではあるが、気にしていても仕方がない。
「へ~~! あなたの能力って本当にあんなとんでもないものだったのねっ」
俺が悶々としていると、ララが話しかけてきた。
「私、宝具って存在しないものだとばかり思ってたわ!」
彼女は本当に驚いているようだ。
身を乗り出して俺の宝具を見つめている。
オタク気質なところがあるのか、爛々とした瞳を腕に近づけてくる。少しこそばゆい。
それもそのはず、宝具所持者など、世界に数人といったレベルの話だ。それを十五のガキが使いこなしているなんてこと、普通ならばありえないだろう。
黒鍵に染みついた血を払うために、俺がそれを振ると、もう一人の女の子(?)の声が聞こえてきた。
「ぬぅ……! お主、わらわ以外の女とイチャイチャしおって……!
口を挟むに挟めんかったじゃろうが!」
怒気を含んだ声と共に、黒鍵は霧となり、メフィーが現れた。
「い、いいいいいいい、いちゃいちゃ?」
呆気に取られるララ。
徐々に顔が赤くなってくる彼女をフォローするように、俺は応えた。
「別にイチャイチャはしてないだろ。
というかだから勝手に出てくんなよババァ。
あの姿のままでも会話できるだろうが」
メフィーは「むかぁぁ!」とわざわざ声に出して反論の構えをとる。
「な、ん、で、わらわにだけ当たりが強いのじゃっっ!
あとわらわはババァじゃないわ! ピチピチの十五歳なのじゃっ!
訂正するのじゃ~~~~~~~~~~~~~!!!」
怒り、俺に掴みかかってきたメフィー。
だが、俺を押し倒すことは叶わなかった。
「あなた……めちゃくちゃかわいいじゃない!」
俺に突撃したメフィーの体は、いつのまにかララによって抱擁されていた。
「髪はツヤツヤだし肌はスベスベ! 羽根はふわふわっ!
妹に欲しいわ~~~!
超かわいいわ~~~~~~~~~っ!!」
「の、のじゃ!?」
抱き寄せ、頬をすり寄せてくるララに、抵抗していたメフィーだったが、
「のじゃ~~……」
徐々に力を失っていった彼女は、鍵の姿へと戻った。
ふむ。
彼女を黙らせるには、ララがちょうどいいのかもしれない。
―――
黒鍵の姿に戻ったメフィーを携えて、俺はさらに下の階層へと向かった。
今のフロアが把握できない限り、下ったら即、ボスの部屋、だなんて可能性もある。
俺はその旨をララに伝え、慎重に周囲を警戒しながら下って行った。
降りると、
そこは雷王獣と戦った場所のような、大きなフロアであった。
階段が随分と長く、
天井が、迷宮内とは思えないほどに、高い。
完全に下りきると、
「ウォォォオオオオオオ!!」
低く、唸るような声が迷宮内に響いた。
音の発生源を見る。
そこには、モクモクとした雲のようなものが、一か所に集まっていた。
それは一つの形を成していく。
巨人となる。
クラウディゴースト。
雷王獣ほどではないが、希少で、難敵ではある。
あれがフロアボスなのだろうか。
いや、それにしては……。
と、俺が思考を巡らしていると、ララが指をさして言った。
「ノア、あれを見て!」
指の先を見やると、そこは遥か上。
クラウディゴーストの頭を指していた。
そこにはキラリと光る魔石の姿がある。
そう。
奴が難敵である理由はただ一つ。
その巨体さと、特性ゆえの生存能力の高さだ。
俺は考え、足に闘力を込める。
壁を駆け上がり、跳躍して魔石を断とう、という判断だ。
しかし、俺が姿勢を取ろうとすると、ララは手でそれを制した。
「いつ次の安全地帯が見つかるか分からないわ。
あなたは温存してて!
私に任せてっ!」
言ったララは右腕を前方に構える。
そこには四つの巨大な魔法印が、等間隔に縦一列に並んでいた。
向く方向は、先ほど指さした遥か上。
「あ、あそこを直接狙うつもりか!?」
ほとんど空の雲を撃ち抜くほどの距離だ。
ありえない、と思ったが、彼女の才能を思い出した。
魔力ランクSSS。
それだけの魔力があれば、可能なのかもしれない。
四つの魔法印、そのうちの一つが大きくなり、一つが縮む。
調整しているのだ。
魔法、とくに攻撃魔法は魔力を四つの要素に分配して成立している。
威力、射程、速度、精度の四つだ。
ほとんどの魔術師は、それらを感覚的に調整する。
が、極まれに、それをすべて緻密に操作する者もいる。
彼女もその一人だ。
彼女はその魔力を持って、一つの魔法に四つの魔法印を構築している。
魔法名の詠唱でイメージを固定。体外魔素と魔力を混ぜ、魔法印を構築することでイメージを具体化し、放出の想起で魔法を撃つ。
人によって詠唱と魔法印構築は前後するが、これが基本的な魔法の発動パターンだ。
そして彼女はそれを、より高精度に、そして贅沢に行うことができる。
「ファイアボーーーールッッ!!」
炎の弾丸は空気を抉り、ただ一点を目指して放たれた。
魔物の声など、聴くこともなかった。
ぐしゃり。
上空でその音が鳴ってから、すべては終わった。
雲は霧散し、視界が晴れる。
灼熱のようなツインテールが一度跳ねて靡く。
彼女は振り向きながら、挑戦的な笑みを浮かべてきた。
「どんなもんよっ!」
そう言って、小さな胸を反る彼女。
俺はただただ唖然とした。
そして歓喜した。
彼女ほどの実力者が、仲間になったという事実に。