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第十三話 「赤き少女との出会い」

 


『Conglatulation!!』


 勝利を祝福する炎のメッセージを見て、

 特に何も報酬があるわけでもないことに落胆して、

 雷王獣(サンダーライオネル)を倒し、広間の中心に出現した階段を下ってから、

 どれだけの時間が流れたのだろうか。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


「のぅ、そろそろ休まんのかの?」


 メフィーが黒鍵の姿のままカタカタ揺れて何か喋っているが、俺の耳には入らなかった。

 俺の革で出来た軽装の鎧と、黒鍵にはべっとりと血がこびりついている。


「もっとだ。もっと、もっともっと、力が要る」


 戦闘終了後、興奮状態が覚めてからというもの、

 頭の中の、何かが切れてしまったことは俺にも分かった。

 だが、これはどうにかしようとして、どうにかできるようなものでもなさそうだ。

 俺を駆り立てるモノの正体、それすなわち焦燥感である。

 螺旋の道から落とされ、七十層の地獄を攻略したときは、ギリギリとはいえ、ほぼ無傷で圧倒した。

 が、先ほどの戦闘は訳が違う。

 一歩間違えれば、俺は確実に絶命していた。

 そんなことはあってはならないのだ。

 俺には幸せになる権利がある。

 これ以上奪わせるわけにはいかない。

 そのことを考えると、シルヴァの顔が頭の裏の部分でちらつき、ぐるぐると視界が回る。

 動悸が激しくなり、後先のことなど考えられなくなる。


 ああ、これは呪いだ。


 俺はきっと、死ぬまで強さを求めずにはいられない。

 それがなければ、理不尽に大切な何かを奪われることを知っているから。


「もっと、もっともっともっともっと――――」


 呟きながら、俺は何体目か分からない魔物の首を断った。

 敵が何かなど判断する必要などない。

 進み、蹂躙する。

 それだけでいい。

 それ以外の事実はいらない。


開錠(アンロック)、開錠開錠開錠開錠開錠開錠開錠開――――」


 しかし、俺の考えは甘すぎた。

 連戦に次ぐ連戦。

 魔力も闘力も使い果たしている。

 だから、こういうこともありえるのだと、分かっていたはずなのに。

(理性の化け物が、聞いて呆れるな)

 視界がチカチカと点滅し、景色が空転する。

 俺の意識が切れる、その直前、

 メフィーが何か言っている。が、その言葉は届かない。

 代わりに、見知らぬ少女の声が聞こえてきた。


「ちょっ、ちょっと、あなた大丈夫?」


 誰、だ?

 声は段々と遠くなっていく。

 見たこともない女だったが、

 その首元の剣型の校章には、見覚えがあった。



 ―――



 国立魔法騎士養成学院。

 国を守る魔法騎士を育て上げるその学院に通う少年少女たちは、誰もが優秀だ。

 平均魔力、闘力ともにC以上。

 大半は貴族の長男長女、平民の中からは、超難関の試験を突破した精鋭のみが通うことを許される。

 そして、俺を助けたこの少女、ララ・ルノワールもその一人なのだそうだ。

 彼女とメフィーが、安全地帯まで俺を運んできてくれたらしい。

 彼女所有の小さな学院のブレザーが、毛布のかわりにかけられていた。

 彼女は背丈が小さく、小学生かとも思ったが、制服を見る限り高等部出身なのだろう。

 体自体は小さいが、容姿は良い。

 燃え盛る炎のように赤く、それでいて艶やかなツインテールの髪と、ルビーの瞳が美しかった。


「その、なんか色々ありがとう。魔物とかは大丈夫だったのか?」


「気にすることはないわ! 私は最強の魔法騎士になる女よ。

 これくらい当然中の当然だわっ!」


 彼女は小さい胸を踏ん反り返らしている。

 ツインテールの赤髪がぴょんぴょんと跳ねている。どんな仕組みなんだそれ。

 俺は意識回復後の頭痛に苛まれながら、彼女に問いかけた。


「……それで、どうしてそんな君がここにいるんだ?

 ここはグランドダンジョンの、それも未開拓領域だぞ?」


「えっと、実は――」


 話を聞いていく。

 すると、段々と成り行きが見えてきた。

 彼女は学院の生徒の一人。

 けれど、彼女が持つ素質は、決定的にズレているのだ。

 彼女――ララの保有する魔力量はランクSSS。

 伝説的魔術師の中でもトップに位置するだろうが、

 これは彼女の特異性の一部でしかない。


炎球(ファイアボール)しか、使えない? それは、修練不足とかではなく、もしかして君の性質的な話で?」


「ええ、色んな魔法を試してみたけれど、炎球しかまともに成功したことはないわ。

 おかげで「火の球(おんな)」だなんて糞みたいな同級生からは呼ばれてるわ……。

 ああっ! なんか思い出したら腹が立ってきたわねっ!」


 ララはギシギシと歯ぎしりしだした。拳をグーに強く握りしめている。

 感情が表に出やすい性格のようだ。


「だいたい、あの授業だってあいつ等に邪魔されなきゃこんなとこに来ることなかったのに! あ~~もう!」


 ララは地団駄を踏んでいる。

 事情を聴くと、彼女の苛立ちの理由がよく分かった。

 特殊魔法・転移魔法の実践演習にて、ララはある悪戯にあったのだ。

 転移魔法とは、未だ研究段階にある魔法であり、その使い手は少ない。

 距離はせいぜい十メートルがいいところ。

 しかし、激しい戦闘が予測される魔法騎士たちにとっては必須の魔法である。

 ゆえに、実践演習の授業は高等部一年のカリキュラムに確実に組み込まれる。

 そして炎球しか使えず、いつも魔法を暴発してしまう彼女の詠唱中。

 背中をポンと、誰かが押した。

 手元が狂った彼女は、いつも暴発するそれを、さらに暴走させた。

 物体も距離もぶち抜けて、

 ララは学院から、この迷宮の未開拓領域まで飛んだと、そういうわけだ。


「よくここまで死なずに済んだな……」


「あったり前よ! 私を誰だと思っているの?

 ……けど、先に謝っておくわ。

 あなたの治療には、少々特殊な方法を使ったの。

 それで、あなたにはある程度の縛りができてしまったの」


 そう言って、彼女は俺の右手の甲を指さした。

 見ると、そこには逆十字の赤い刻印がある。これは――、


「まさか、これ、契約の印、か?」


 俺が問うと、ララは驚いたように目を見開いた。


「あなた、物知りね。ここにいるくらいだから、やっぱりただの冒険者じゃないのかしら?」


 ララは考える素振りを見せているが、俺はそんな彼女の行動など無視して答えた。


「いや、いやいやいや! 契約魔術なんて貴重なもの、どうして会ったこともない俺なんかに掛けたんだ!?」


 魔術。

 それは魔法とは異なり、長文の詠唱と魔力、道具が必要となる。

 戦闘用魔法が発展する遥か昔は、それだけが超常的な力であった。

 そして、魔法の使用が普通となった現代では、それこそ、特に難しいとされるものしか、魔術として顕現されない。

 その一つが、契約魔術。

 術者と対象に契約を結び、主従関係を結ばせる魔術だ。

 契約を交わした者たちは、強力な魔力回路と闘力回路で繋がれる。

 おそらく、闘力や魔力が枯渇した俺に「繋がり」を作ることで、回復させようとしたのだろう。

 理屈では理解できる。

 が、やはり納得はできない。

 なぜなら、この契約の魔術は、一生に一度しか行使できないからだ。

 根源と根源を繋げる大魔術。道具が時代を追って進化してきたことで、詠唱と条件さえ揃えば、いち学生でも発動することは可能なほどに簡単だ。火の球女だなんて呼ばれた彼女でも、魔法ではなく魔術だから、成立できたのだろう。

 しかし、根源接続なんて魔術を複数行うことは不可能だ。

 そしてそれは、魔術師にとって、人生の路を選択するほどの重要なものなのだ。

 ドラゴンと契約した魔法騎士は、竜にまたがり世界を駆けた英雄となった。

 雑魚魔物にそれを使う魔術師など見たことがないし、

 ましてや、それを見知らぬ男に掛ける奴などみたことがない。

 俺が困惑した表情でいると、彼女はふふんと笑って、


「私は最強で超カッコイイ魔法騎士を目指しているの。

 そんな私が、目の前で困っている人を見捨てられるわけないでしょ?」


 まるで当然と言わんばかりの彼女は、なんだか眩しかった。

 彼女は希望を抱いている。

 きっとこれまで何度も馬鹿にされ、これからも嫌味ごとを言われるのだろう。

 けれど、彼女は諦めない。

 俺はそんな彼女が眩しくて、惹かれた。


「ララ、君って、すごい奴なんだな……」


 契約の「縛り」とは、命令の絶対順守だ。

 自己の幸福を求める俺には、本来あってはならないもの。

 けれど、なぜかそれを、嫌だとは思わなかった。


 その後、俺はこれまでの経緯を彼女に話した。

 現状を共有するためだ。

 俺だけ話さないというのも、不審に思われるからな。

 彼女は苦しそうな表情をしていたが、不用意に何かを口に出そうとはしなかった。

 その優しさが、孤独だった俺には暖かった。


「……私には、あなたの苦しみが、どんなものなのか想像もできないわ。

 だからもしかしたら、私があなたのためにできることは無いのかもしれない」


 彼女はそう言いながら、右の手を差し出した。


「でも、私はいるわ。

 どんなことがあっても、私はあなたの隣に居続ける。

 だってもう、私はあなたのマスターなんだから」


 差し出されたその手を、掴む。

 それは灯火のように暖かかった。

 それが、俺がもう一人ではないことの証明だった。


「最初の命令よ。私をここから連れ出して、勇者様?」


 彼女は燃えるような色のツインテールを跳ねさせて、にへらと笑った。

 俺もそれに笑みで返す。


「ああ、約束するよ。

 君を連れ出して、俺もここから出る。

 俺が幸せになるために、ね」


 俺は冒険の仲間(主)を手に入れた。










 ―――

 ステータス

 名前:ララ・ルノワール

 種族:人間

 称号:【魔法騎士養成学院生徒】【ノア・グランドの(マスター)

 年齢:15歳

 魔力:SSS

 闘力:E

 魔法:《炎系魔法(初級)》

 剣術:連撃流(初級)

 スキル:なし

 耐性:なし

 ―――

 備考:ツンデレ


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