第十一話 「王との遭遇」
「はああっっ!!」
「UGA!?」
俺は床を飛び上がると、壁を蹴った。
ほぼ跳躍する形で、標的へと斬りかかる。
俺に相対するのはコボルト。
もう何十回屠ったか分からぬ、二足歩行する犬の怪人だ。
布らしきもので下半身を覆っており、腰にはサーベルを下げている。
気に掛けるべきはその鼻の良さだ。
俺は敵の感知が届くことがないように、壁から壁へ飛び回って攪乱する。
敵も必死なのだ。
油断など、少しでもしてなるものか。
「――ふっ!」
俺は黒鍵を振りぬく。
が、今回はすぐに絶命させるようなことはしなかった。
「KUUUUUUUUUN!!」
左足を切り飛ばす。
その工程を終えてから、俺は奴にとどめを刺した。
犬怪人の大半は灰となって消えた。
――スキル『超嗅覚C+』が『超嗅覚B』に成長しました。
――魔力、闘力が上昇しました。
お告げを聞き、俺は残った左足を回収した。
「……のぅ、またそれ食うつもりなのかの?」
「仕方ないだろ、生きるためだ」
そう、左足を切り離した理由はただ一つ。
食料とするためだ。
荷物持ちとして背負っていたバックパックも、いつのまにか中身が紛失していた。
おそらく、「螺旋の道」から落ちてきたときに、ぶちまけてしまったのだろう。
ゆえに、携帯食料も何もないこの状況下、食べられるのは魔物だけだというわけだ。
落下地点から探索を進め、もう九度は階段を下った。
迷宮の環境下では、時間経過が分からない。
三日程度の気もするし、一週間は過ぎているのかもしれない。
この状況。
気持ちを強くすれば、トイレなんかは安全さえ確保すればその辺でしても問題はない。
が、空腹だけは気持ちでは抑えきれないものだ。
俺は本の知識から、食事をしても問題がない魔物を見極めて食料とした。
「一旦戻るのかの?」
メフィーが問う。
先ほど見つけた、この層の安全地帯に戻るかどうか、という話だ。
俺は考える間もなく答える。
「いや、このまま進む。調理は歩いたままでもできるからな」
俺は言いながら、右の人差し指と中指に魔力を集中させる。
体外魔素と結合し、魔法印を構築。魔法を顕現する。
「水球+火球」
水球3:火球7の威力割合で同時に発動する。
熱湯で毛穴の開いたそれから毛を抜き取る。血を絞る。
俺は未だ抵抗感のあるそれを、勢いでかぶりついた。
「……うえ」
感想を述べるなら泥水を固形にして飲み込んだような味だ。
一言で言うなら、「クソまずい」。
知識もうろ覚えなので、間違えた調理法という可能性もある。
吐き気を催す獣臭さと、若干血の味が残るそれを、俺は黙って貪り続けた。
―――
コボルトの肉を初めて喰い始めた頃……あの落下地点から五層ほど下ってからというもの、迷宮の環境はがらりと変わった。
乾いた土と岩ばかりだったあのフロアから、緑生い茂る空間へ。
ほとんどジャングルのようなそこでは、敵は獣だけではない。
ツタを触手代わりにする巨大な食性植物との出会いも、刃を交えずにはいられない。
植物系の魔物は複数種存在し、その風貌も普通の植物と瓜二つのため、少し見ただけでは判別することが難しい。
が、見抜くことができれば――、
「火矢×5」
ボゥと音を立てて、炎の矢は敵の元へと駆ける。
根本に直撃したそれは炎上し、燃やし尽くした。
――魔力、闘力が上昇しました。
――スキル『溶解B』が上昇しました。
お告げの内容を聞き取り、俺はステータス成長の仕組みについて再確認した。
つまり、魔力や闘力のランクはすぐに上がるわけではないということを、だ。
蓄積があって、初めてランクの上昇は見られる。
スキルも同様だ。
力を奪うこの能力は確かに強力なものだが、近道はないというわけだ。
強くなるためには、もっともっと奪わなければならない。
もっと殺ってやる。
そんなことを考えていたため、俺はより多くの標的を求め目を凝らしていたのだが、
先で見た光景は、拍子抜けするものであった。
「おお、きれいじゃのぅ……!」
「……ああ」
そこに広がっていたものは、迷宮では到底縁のなさそうなものだった。
神聖な青白い発光を底に見せる湖。
透き通ったそれは、美しいの一言に尽きた。
「冷たっ」
俺は水を掬い、顔を洗った。
ぐるぐると思考が渦巻いていた頭の中がすっきりとクリアになっていく感覚がある。
俺はそうして、久しぶりに自分の顔を見た。
「ひっでぇな」
「むふふっ、ようやく気付いたのかの?」
俺の目元には黒い隈ができており、肌はボロボロだ。
さらには母親譲りの金の髪は、いまや漆黒に変色している。
「ふむ、髪色について気にしているのかの?」
鍵の姿のまま喋る彼女に、俺は首を横に振った。
「いいや、根源認識の変化の所為だろう。
髪色なんて特段気にするものじゃない」
根源。
それは第二の心臓と呼ばれており、魔力、闘力はここから体全体へ供給される。心臓付近にあるとされているが、実体はない。
根源は様々な言い換えが可能だ。
その者の根幹にあるもの。それによって個人を構成するもの。アイデンティティ。
自分が描く自分像。
一つとして同じものはないそれは、一説によると、宝具の源泉となっているものだとも言われている。
根源の特徴は髪の色や目の色に現れる。
根源に実体はないため、本人が認識を変えればその性質は変化する。
つまり、根源の中身が変われば、容姿も変わるというわけだ。
「ふむ、黒も似合うな。
さすが俺、中々イケメンだ」
「自分で言うことかのぅ……」
何を言っている。
こんな環境で、疲れきった状況なのに隠しきれない魅力。
客観的に見てイケメンなんだから隠す必要などないだろう。
「さて、世の雰囲気イケメン共が嫉妬するレベルの俺の容姿も拝めたわけだし、
そろそろ探索再開といこうか」
「お主やばいのぅ……」
やばいって何だよ。俺の心の癖に小説でも使えるかわからんような曖昧な言葉使うな。
と、説教を始めようとした俺が湖に背を向けて振り返ったとき、
木々の奥から走ってこっちに迫ってくる影があった。
俺は警戒心を強め、腰を下げ、黒鍵を構える。
しかし迫ってきた影はその姿を現すと、俺のことなど気にもかけずに俺たちが来た道を走り抜けていった。
「今のは……」
「エルフ、のはずじゃが……」
そう、間違いない。だが、あの態度は明らかにおかしい。
イケメンな俺を気にも留めずに走り抜けた美女の魔物の種族名はエルフ。
魔物の中でも人に近い形をしている魔人種と呼ばれているものの一つだ。
長い耳を持ち、すらりとした長身、さらには美形。
容姿に関しては完璧とも呼べる種族だが、迷宮内のエルフと迷宮外のエルフでは、知性に大きな差がある。
魔物は時々、迷宮から外へと進出する。
そうやって色んな迷宮から集まった魔物たちが、住処である迷宮を創ることもあるが、魔人種たるエルフはその例ではない。
太古の昔、人に近い姿のエルフは、人を観察し、その知性を進化させた。
言語を覚えた彼らは人間と交流し、今となっては当たり前のように人間たちと生活を共にしている。
つまり、迷宮のエルフと、外のエルフは、人間で例えるなら原始人とホモ・サピエンスほどの違いがあるのだ。
そして、基本的に彼ら彼女らはプライドが高く、戦闘意欲が高い。
飛び道具たる弓を武器とするエルフは冒険者たちの恐怖となりうるのだが……、
「行ってみよう」
「うむ」
俺たちは周囲を警戒しつつ、エルフたちが居た方向へと歩みを進めた。
―――
歩いても歩いても歩いても。
俺たちが危険と接触することはなかった。
それどころか、
「何も居ないな」
「じゃのぅ……」
カクカクと動く黒鍵の彼女の返答を聞く俺は、正直焦っていた。
こんな現象は体験したことがない。
先ほどまで猛威を振るっていた植物性魔物も、コボルトたちも、その存在を消している。
いや、そこにいたという証拠は至るところに散らばっていた。
すなわち、血や体液や肉片、植物たちの分泌する汁が飛び散っているのだ。
中には、高い戦闘力を持つエルフたちの死骸もあった。
「凄惨とはこのことじゃのぅ……。お主、気をつけろ。
これをやった魔物が、どこかにいるわけなのじゃからな」
「ああ、分かってる」
そも、おかしいのだ。
俺たちはあの湖の前にいた。
だのに悲鳴も、戦闘音も聞こえなかった。
つまりは、そういうチカラを持った何かが、この先にいるというわけだ。
警戒は解かずに歩いていると、俺はある物を見つけた。
俺たちが望んでいた物。
すなわち次の階層へと進む階段だ。
苔が生い茂っているそれは、今や血や何やらが混ざった泥のようなもので赤黒く変色している。
俺は黒鍵を握りしめ、先へと進んだ。
―――
落下してからちょうど十回目となる下り。
俺は覚悟していた。
フロアボスと相対することを。
下った先にあったものは、遮るものがなにもない広々とした空間であった。
そしてその中央で。
青い雷を纏った巨大な獅子が、死体の山の隣でエルフを貪っていた。
空中に炎の文字が照射される。
『Welcome to the 80th floor !!』
炎が消えると、獅子の瞳が稲妻を発しながら俺を捉えた。
涎を垂れ流しながら近づく獣は牙を剥き出しにし、毛を立たせている。
体中から発せられる青の雷は、空気をもバチバチと揺らしていた。
雷王獣。
目撃情報がほとんどない、幻級の魔物。
それは、戦えば十中八九殺されるからだ。
「ZIGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
雷王獣が叫ぶと、周囲には雷の柱が無数に立ち上がった。
俺はそれを避け、黒鍵を構える。
今までの俺なら、恐怖を感じ、動けなかったはずだ。
けど、今は違う。
身を震わせるほどの恐怖は変わらないけれど。
この死の実感を抱えながら、俺は前へと進むことができる。
一歩。
あのとき踏み出せなかった一歩を、俺は今――!
「――――――行くぞ」
俺の根源が言っている。
強敵に抗え。
理不尽に抗え。
反逆こそが、お前の根源なのだから。
「その力、頂戴する」
俺は腰を落とし、標的を睨みつけた。
―――
ステータス
名前:ノア・グランド
種族:人間
称号:【C級冒険者】【反逆の覚醒者】
年齢:15歳
魔力:B+
闘力:B++
魔法:《索敵系魔法(中級)》、《炎系魔法(中級)》、《水系魔法(中級)》
剣術:連撃流(中級)
固有スキル:『略奪』
獲得スキル:『透明化B』、『再生B』、『超嗅覚B』、『溶解B』
耐性:炎耐性B