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第十話 「自己開示(ステータスオープン)」

 それから、探索していた俺は下階層へと続く階段を見つけた。あれから魔物にはほとんど出くわしていない。隠れているのは見つけたが、襲い掛かってこないでビビり散らしているので放置しておいた。

 見たところ下へと続く階段は、石畳で苔が()しており、何ら変哲はない。

 どうやら、「螺旋の道」とは異なり、一~五十層のような普通の迷宮構造となっているようだ。


「――ん?」


 と、分析していると、たまたま付近に空間的な歪みが見えた。

 この感じは……安全地帯(セーフティエリア)だ。

 確認した途端、疲労が重石のように体にのしかかってきたので、とりあえず入ってみることとした。

 入ってみると、思っていたよりも広かった。

 場所にもよるが、こんなに広かったっけな?


「あ……」


 ああ、そうか。

 前までは五人だったっけな。

 俺は想いながら、腰を下ろす。

 息を吸って、吐いた。

 が、リラックスした瞬間、頭痛が奔る。

 これは相当な魔力消費と闘力消費をしてしまったようだ。


「ステータスオープン」


 超基礎魔法・自己開示(ステータスオープン)

 超微力の魔力消費しか消費しない、基礎的な魔法。

 どんなに才能が無い者でも、この魔法だけはマスターしている。

 創造神(と言われている)が囁いた「お告げ」を分かりやすくレイアウトした窓と呼ばれるものを照射する魔法だ。

 俺は現在の能力を把握するため、痛みを訴える頭を押さえながらその魔法名を唱えた。

 右目の前に、小さな魔法印が出現する。

 鈍く光ると、そこに窓が浮かび上がった。



 ―――――――――――――――――――

 ステータス

 名前:ノア・グランド

 種族:人間

 称号:【C級冒険者】【反逆の覚醒者】

 年齢:15歳

 魔力:B

 闘力:B+

 魔法:《索敵系魔法(中級)》、《炎系魔法(中級)》、《水系魔法(中級)》

 剣術:連撃流(中級)

 固有(ユニーク)スキル:『略奪』

 獲得スキル:『透明化C』、『再生C+』

 耐性:炎耐性C+

 ―――――――――――――――――――



 空中に浮きあがったそれを確認し、俺は「はあ」とため息を吐いた。

 かなりの魔物たちを屠ったからか、魔力はBに、闘力はB+にまで上昇している。

 Bという数値は、一日中迷宮を潜っていても平気なレベルだ。

 それにも関わらずここまで頭痛と身体的疲労がひどい理由は、消費量が桁違いに多くなってしまったからに他ならない。

 戦闘を思い返す。

 あのときは最適の判断ができていたとは思う。けれど、興奮していたから気付かなかったが、あの状況は本当に綱渡りの状態だった。

 最初のカメレオンへの魔法攻撃は最大出力をもって臨むことで大体の敵の位置を割り出すことができたが、威力があれよりも小さかったらどうなっていたか分からない。

 戦いで勝つためには、まず精神で勝っていなければならない。

 これはタンク役のモグリの口癖だったが、まさにその通りだと思う。

 放つ魔法の全ては全力であった。あのときに後先などを考えていたら、おそらく敵をひるませることはできず、俺は息絶えていたであろう。

 だからこそ、ベストな選択であり、この疲労も致し方ないと考えるべきだ。

 さらには新しく手に入れたスキル。『透明化』と『再生』。

 スキルの行使には、魔力と闘力、両方のチカラを消費する。

 体外のマナと混ざり合うことで、超常的な現象を引き起こす力が魔力。

 局所的に体の一部に集めたり、離したりすることで超人的な動きを可能にさせる力が闘力。

 それらを掛け合わせて使うのがスキルなのである。

 スキルによって消費量は異なるが……、『透明化』と『再生』は別格のようであった。

 一度使っただけでも、魔法なら全力魔法三回分ほどの魔力を消費する。闘力も同様だ。


「これは乱発するのは控えた方がいいかもな……」


 使いどころは考えよう。

 ともあれ今は疲れた。もう意識が朦朧としている。この状況で頭を使おうとしても意味はないだろう。

 大人しく寝よう。

 そう決意し寝床の土から小石を取り除きながら横になると、一緒に横にしていた黒い愛剣――愛(けん)が突如震え出した。


「うぬぅ……! 成人したとは言え、この無垢で純潔たる処女のわらわと添い寝しようとは、一体どういう了見なのじゃっ!」


 黒鍵が喋り出した。



 ―――



 一度口を()いたかと思えば、「ええい! めんどくさいのじゃ!」と声を荒げ、

 俺の宝具様は霧を立ち上げ、黒髪の悪魔少女の姿となった。


「なあ、ちょっといくつか質問したいんだが……」


「うむ。わらわは寛大じゃからな。許す」


「まずさ、お前、俺の宝具なんだよな? 俺の心の具現化なんだよな?

 なんでいきなり人間の姿で現れている? 正直俺はお前の考えてること全く分からないんだが?」


「質問が多いのぅ……。わらわはお主の心の一部じゃ。わらわはわらわが出てきたいと思ったから出てきただけじゃ。「自分のために生きる」が信条のお主の宝具らしいじゃろ?」


「な、納得できるか……!」


 が、俺は強く言い出すことができない。

 なぜならこの女、可愛すぎるのである。

 勝気そうな瞳は星のように輝き、

 地面にまで伸びた黒髪は透き通るように神秘的で綺麗だ。

 頬はほんのり赤く、小柄ながらもその華奢な体には一切の無駄な脂肪はない。

 背中でパタパタとしている羽根も神秘的だ。

 さすがは俺の渇望から成った宝具。

 見た目は完全に俺の好みだ。ふむ、俺はどうすれば。


「ふはははははっ! やはりお主ロリコンではないかっ!」


「ロリコンじゃない。ていうか人の心を勝手に盗み見るな」


「だってわらわはお主の心じゃもん。見えちゃうものは見えちゃうから仕方ないではないか」


 見えちゃう、じゃねえよ……。

 口を挟もうとしたが、途端に俺はフラフラとしてしまう。

 くそ、限界だ。

 ただでさえ疲れていたってのに、彼女と話していたら余計疲れた。


「もう寝るから話しかけんなよ」


「元はと言えばお主から質問してきたんじゃろーが……」


 呆れたような口調の彼女の言葉を無視して、彼女と反対方向に寝返りをうって瞳を閉じる。

 しばらくそうしていると、背中に冷たい肌の感触があった。

 彼女がぴったりとくっ付いているのだ。


「……」


 心頭滅却心頭滅却心頭滅却。

 昔、本で読んだ東方の国の言葉を繰り返し胸の内で唱えていた俺に、彼女はそっと囁いた。


「むふふっ……ドキドキするのかのぅ?」


 背中越しでもわかるニヤニヤ顔。

 俺は緊張を悟られないようにするため、頭の中で素数を数えながら寝た。



 ―――



「今日はカレーよ!」


 元気に満ち、同時に包むような優しさを含んだ、懐かしい声。

 これは夢だ。

 俺はすぐにそう悟った。

 だって、ついさっきまで俺は迷宮にいたのだから。

 視界だってこんなにぼやけている。

 こんな、温かなわけがない。

 焼失したはずの屋敷の丸テーブルに、家族と仲間たちで囲んでいるなんてことは、ありえない。

 だから俺は、これが夢の中であるという事実を、確信をもって理解できた。

 お父さんもお母さんも、モグリもレインもカルマもシルヴァも、まるで旧知の仲のように親しげに笑い合いながら食事を囲んでいる。

 あたたかくて、心地が良くて。

 これが幸せというものなのだろう。

 でも、これが幻想だということを、俺は知っているから。

 皆が死んだ現実を、俺は知っているから。

 ここから進まねばならないことを、俺は知っているから。

 俺は言った。


「消えろ」


 すると視界は晴れて、焼け跡が広がった。

 テーブルは足から折れている。

 椅子に座っていた皆は、様変わりしていた。

 お父さんとお母さんは、原形とどめぬ肉片に。

 モグリは首が無くなっていた。

 レインには腰から下が、

 カルマは両腕と両足がなくなっていた。

 俺は口も開けぬ姿となった皆に向かって、宣言した。


「俺は絶対に忘れない。大切だった皆のことは、死ぬまで忘れはしない。

 きっと、また大切な人たちができたそのときには、

 失いたくないって、そう思うから」


 俺は忘れない。

 あの温もりを、失ったときの虚しさを。

 全部、何一つとして忘れはしない。

 全部、俺にとっては今でも大切なことだから。

 最後に、白い仮面をつけたシルヴァに向けて、俺は告げた。


「俺はお前を忘れない。仮面の魔法なんて知ったことか。

 その顔も、姿も、声も、俺は絶対に忘れはしない。

 お前と決着をつける、そのときまで」


 俺は決意の刃で、夢の中の彼を断った。



 ―――



 とんだ悪夢だった。

 俺は痛む首を押さえながら、起き上がった。

 あんな悪夢を見たというのに、頭はすっきりとしていた。

 もう、何も奪わせない。

 俺の幸福も、大切な人も、居場所も。

 全部、俺のものだ。

 俺は俺の生きたいように生きる。

 俺は俺の我を通し続ける。

 その決意の再確認が出来たからであろう。

 気分は良い。憑き物が落ちた感じだ。

 真横を見ると、彼女も同じように目を覚ましたようだ。ぐぐぐっと背伸びしている。

 ……というか、宝具って睡眠必要なんだろうか。

 俺は彼女を呼ぼうとして、はたと気づいた。

 彼女の呼び方を決めていなかった。

 お前お前と呼んでいたが、さすがにそう呼び続けるのは気が引ける。

 とはいえ、『黒鍵の(ブラッキー・)悪魔(メフィスト)』なんて会話のたびに呼ぶのは阿保らしい。

 俺は一瞬考えて、口に出してみた。


「メフィー」


「……めふぃー? もしやそれは、わらわのことなのかの?」


「ああ、これからお前のことをそう呼んでもいいか?

 呼び名がないってのも不便なんだよ」


「うむ、NOと言ったら?」


「ああ、よろしくなメフィー」


「聞いた意味よ……」


 彼女は呆れたように頭を押さえていたが、俺はそしらぬ顔で安全地帯を抜ける。

 次の階層がある階段の元へ歩む。

 付いてくる彼女に向かって、俺はニヤリと笑顔を向けて告げた。


「行こうメフィー。全部倒しに」


 彼女は虚を突かれたような表情になったが、噴き出して笑いだした。


「むふふっ! 楽しみじゃのぅ……っ!」


 俺は彼女の手を繋ぐ。

 彼女は吸い込まれるように姿を変え、黒鍵となった。

 まだ見ぬ未知の世界へ、俺たちは下っていく。




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