第一話 「幼少期(五歳)のノア・グランド」
―――夢の間―――
―――なあ、お主、そろそろわらわの声を聞こうという気にはなれんのかの?
声が聞こえる。
どこかババくさい声だ。
―――誰がババァじゃ!! わらわはまだピチピチじゃいっ!
どうだか。
大体何度も何度も俺の夢に現れてきて、怪しい奴だ。
―――あのなぁ……わらわはお主の奥底に眠る者。渇望。お主そのものと言っても過言ではないのだぞ? どこの世界に自分を怪しむ奴がいるというのだ?
それが信じられないと言っている。
名前も知らない他人の言うことは信用ならん。
―――わらわか? わらわの名前は『めghh銀%g?msh』じゃ。耳に刻んでおけ!
……お前ふざけてるのか?
―――ふむ。やはりまだ聞こえんか。これもまた運命というやつなのかの。……じゃが、良いのか? はやく起きなければ、お主、絶対に後悔することになるぞ?
お前一体何を言って―――
ここで、俺の意識は、あの空間から途切れてしまった。
いつも同じ夢を見る。
真っ暗な場所に俺は座っていて。
彼女はのぞきこむように立っている。
女の子というのはわかるだが、それまでだ。
彼女が何者なのかは分からない。
彼女の話すことも、分からない。
たかが夢の話だと割り切るべきなのに、
焦燥感が、いつも俺の頭を支配している。
―――現実―――
「ノア。そろそろお昼寝の時間も終わりよ。それとも、もう少しだけこうしているかしら?」
「……いや、もう起きるよ」
少年はググっと背伸びをして起きる。
その手足は、まだ小さい。
「お父様は?」
「もう庭で準備しているわ。ふふ、やけに張り切ってるみたいね。どうするの? まずは剣からにする?」
問われ、少年は答えた。
「いや、両方する」
母親と思しき女性は、満開の笑顔を咲かせた。
―――
春先のやわらかな花の匂いがする。辺りには花々が咲き、巨木が立っている。
少年が立つその場所は、平民が持つには大きすぎるほどの庭だった。
「がんばって、ノア」
「……すぅ、はぁ」
少年はやや、緊張した面持ちで、正面にある赤い点のある的を見る。
何度か深呼吸を繰り返し、少年はようやく覚悟を決めたのか、手を的へと向けて、ゆっくりと口を開けた。
「……炎球!」
詠唱によりイメージを固定。体内の魔力と体外の魔素を結び付け、魔法印を構築。
魔法印には数千を超えるアルファベットと、中心に五芒星が描かれている。
そこに放出のイメージを付与させる。
この間、コンマ二秒。
点火、発射
ボゥ! という音と共に少年の手から放たれた炎の玉は、直進し、的を破壊した。
少年が軽くガッツポーズをしていると、少年の母親は近づき、抱きしめた。
「さすがだわノア! 私の息子はやっぱり天才よ! そうでしょうパパ!」
「ああ、本当だな。この腕なら、学院に入ることだってできるだろう。……よし、次は剣の腕を見る。来なさい、ノア」
少年は母に抱き着かれるのが擽ったかったので、離れて、父の言う通りに、剣を抜いた。
母は少し残念そうであったが、少年と父の動向を見守ることにしたようだ。
「よし、では、これより連撃流の初級技「Vスライド」を見る。私に打ってみなさい、ノア」
少年は頷くと、剣を抜き出し、構える。
魔法のときとは打って変わって、少年は少し自信があるようだった。
だんっ! と地面を蹴る。父に肉薄した少年は、剣を左斜め上から切り込み、右上方向に振りぬいた。
連撃流初級技「Vスライド」。
一撃の威力を追求する流派、一刀流と対となる、より多くの技を当てることに特化した流派の初級剣技だ。
高速で二回の剣を打ち込む技。
普通は、五歳ほどの少年ができる芸当ではないが、
「ふっっ!」
少年は、難なく上下にスライドさせるように剣を父に打ち込んだ。
若い頃は剣でその名を上げていた父の手から剣が抜け落ちると、父は少年を肩車した。
「はっはっはっはーーーーーー!!! うちの子は天才だ! 正真正銘の天才だ! 将来は安泰だな、母さん!」
「ええ、ええ! パパ! 今日は祝いの日だわ! 赤飯を炊きましょう!」
「馬鹿っ! 赤飯よりもノアはカレーだろ!」
「そ、そうね! なら今日は赤飯カレーよ!」
「そうだな! それがいい!」
言いながら、肩車した息子のことなど忘れてイチャイチャチュッチュしだした父と母を見て、少年は苦笑いしていた。
―――
俺の名前はノア・グランド。正真正銘の五歳児だ。
父や母からは、親の癖に五歳児かどうか疑われるが、本当に、ただの五歳児である。
転生勇者などという規格外の存在も、この世にはいるようだが、俺はそんな大層なもんじゃない。
少し魔法と剣が出来て、少しだけ周りの子よりも頭がいいだけの、ただの子供だ。
「ノア、来月には六歳になるが……どうする? 学院の試験、受けてみるか?」
昼食の赤飯カレーを食べ終わった父は、意を決したように問うてきた。
母は食器を洗っている。
俺は残り一口を食べ、飲み込んでから、自分の考えを述べた。
「六歳の僕が行くと、デメリットはいくつかあると思います。まず、年齢制限がない、とされている学院の試験ですが、六歳の子供だと、相手にされないという可能性。次に、入学後に虐めを受ける可能性。六歳で平民の僕は注目されるでしょうから、少しのことで嫌がらせを受けることは、大いにあり得るでしょう。最後に学費の件です。うちは裕福とはいえ、僕が卒業するまでずっと学院の超高額の学費を出し続けられるかと問われると、難しいところがあると思います」
「……お、おう」
父は、どうして五歳のお前が家計のことなんて知ってるんだ? とでも聞きたい様子であったが、俺は無視して続けた。
「ですが、学院には通うだけのメリットも、反対に多くあります。何より、お父様やお母様に習うよりも高いレベルの魔法学、剣術を学べられる場所は、あそこしかありません。卒業後は、魔法騎士にも、容易くなれることでしょう。ですから――、」
俺は父と母の前で膝をつき、頭を下げた。
いわゆる土下座である。
「お金なら、卒業後に僕も努力して稼ぎます。なので、学院に通わせてください」
入るとなれば、生活に響くほどの大金を払わせてしまうのだ。当然の行為である。
俺がそうしていると、父は軽くため息を吐いた。
「あのなぁ、ノア……」
ゆっくりと顔を上げると、そこには、いつのまに食器を洗い終わったのか、母の姿もあった。二人して怒った顔をしている。
「お金のことなんか、お前が心配することじゃない。お前は、自分の行きたい道を選べば、それでいいんだ」
父は、そう言って、俺の頭を撫でた。
母が、父の言葉を続けるように話す。
「ノアが色々考えてくれること、ママやパパだってうれしい。でも……でも、ね、ノアはまだ子供なんだから、私たちにもっと頼ってくれてもいいのよ?」
俺は胸の奥がきゅっと苦しくなって、二人に抱き着いた。
二人は笑っていたが、俺の瞼からは涙が零れ落ちていた。
俺は、やっぱりまだまだ子供のようだ。
―――
昼食を食べ終わった後、再び二人に稽古をつけてもらった俺は、自室で魔法の勉強をしていた。
時刻は零時。夜中である。
二人に心配をさせまいとは思いつつも、勉強不足をどうしても感じてしまう。
いつも23時には就寝しようと思っているが、どうにも勝手に参考書へと手が伸びてしまう。
「……ふう」
とはいえ時刻は零時。もう寝なければ、五歳児の体には毒というものだ。
寝床につく。が、まだ電気は消さない。
「あ……あなた! そこは駄目! アン!」
ガンガンギシギシギシ。
「………………」
天井の上が、やたらと賑やかだ。
二人はどうやら仲良くやっているようだ。次に生まれて来るのは、弟だろうか、妹だろうか。
だが、これならますます学費に関しては俺が頑張る必要がありそうだ。
「……サイレント」
足元に魔法印を起動し、魔法を発動させる。
索敵系初級魔法・サイレント。
自分に入ってくる音を消すという、戦闘や探索では役に立たないが、生活では大いに役立つ魔法を使って、二人の声を遮断した。
俺は寝床で、目を開けたまま天井を見つめる。
「……これから、がんばらないとな」
俺は将来のことについて、考えを働かせていた。
俺は……、ノア・グランドは、客観的に見ても、幸せな子供と言えるだろう。
平民の生まれとはいえ、かつてA級冒険者だった父と母の間に生まれ、裕福な暮らしをしてきた。大きな屋敷に住み、魔法や剣を学ぶための機会には恵まれているし、父と母の愛情も深い。間違ったことをすれば正してくれる。できることが増えれば、我がことのように喜んでくれる。
努力をすれば、するだけ返ってくる。
そんな幸せな環境に、俺は身を置いている。
だからこそ思うのだ。彼らに報いたいと。
そのために決めたことがある。
「俺は、真っ当に生きる」
犯罪者や、ましてや賊になど、絶対にならない。
俺が目指すべきは魔法騎士だ。
国から地位と名誉を約束された、貴族、平民問わず憧れの役職。
働きようによっては、平民が貴族になることもできるのだとか。
そうなれば、父と母にありったけ楽をさせてあげることができるだろう。
決意を固め、俺はそろそろ寝ようと思い、部屋の電気を消そうとして一度起き上がる。
ベッドの脇にある魔石を引き抜こうと、手を伸ばす。すると――、
プツ――…………。
「……え? あ、あれ?」
魔石を引き抜く、その前に電気が消えたのだ。停電だろうか。
俺は魔石を一度抜き、はめ込んでみる。しかし、自室の電気が復旧することはなかった。
これはいったいどうしたことだろう。
「炎球」
俺は唱え、極小の魔法陣を構築。指先に小さな炎の玉を出現させる。魔法のコントロールはまだ苦手だ。揺れ動くそれを何とか制御しながら、テーブルの上に置いていたロウソクに点火する。
父や母の元に一度戻って話を聞こう。
そう思い、俺はロウソクを片手に部屋を出た。
―――
おかしい。絶対に、おかしい。
サイレントの魔法は、続ける意味もないのでとっくに切ってある。だが、音がまったくしないのだ。停電とはいえ、足音や話し声の一つもしないのは、明らかにおかしい。だって、ついさっきまで、二人はよろしくやっていたのだから。
それに、考えれば妙なのだ。
停電なんて、それこそ嵐のような天災が来ないかぎりならないはず。
けれど、窓の先の空には煌々とした月が庭を照らしている。雨など、一粒も降っていない。
それなのに、停電した。
「…………」
不安だ。
いや、もしかしたら、停電する前に二人は寝ていて、それで音がしないのかもしれない。
停電だってたまたまだ。
きっとそうだ。そのはずだ。そう考えるのが、普通のはずなのだ。自然なはずなのだ。
それなのに……
言いようもない不安が、嫌な予感が、頭にちらつく。
胸に、もやもやを差し込んで、足はズッと重くなる。
「……くそっ!」
俺は不安を振り切るように、いつのまにか走っていた。
階段を駆け上がり、彼らの寝室がある二階へ。
―――
二階に上がると、違和感は確信へと変わっていた。
やはり、何かがあったのだ。
だって、調理場のない二階が、こんなに焦げ臭いわけがないのだから。
考えないようにと、走っていたはずなのに。
足には重りがついたように、すっかりゆっくりな歩みとなってしまった。
それでも動かして、二人の寝室の前までたどり着いた。
ドアを開ける。
そこには、二人の姿はなかった。
あったのは、細切れになった、焦げた肉片だけだった。
「……え?」
理解がおいつかない。
俺は頭の中が整理できないまま、肉片に近づいた。
焦げたそれからはプスプスと煙が立ち上がっている。
鼻をつく異臭が、部屋の中には充満していた。
「おぇぇぇえええええええええ」
胸からせり上がってきたものを吐き出した。
頭がグラグラする。
あぁ、きっとこれは夢なのだ。
こんな残酷な風景など、現実にはありはしないはずなのだ。
だいたい、元A級冒険者の二人だ。
丸腰だったとはいえ、魔法もある。遅れを取るはずがない。
そうだ。夢だ。夢。これは夢、ゆめユメ……ただの悪い夢悪夢。
顔を滴る油汗が冷汗となり、体を芯から冷やしていく。
視界はグルグルと周っている。俺は今、立っているのかすら分からなくなる。
分からない分からない分からない。事実など知りたくもない。
俺が前後不覚となり、肉片から目を背けていたそのとき――、
――『そいつ』は、音もなく俺の背後に現れた。
――『そいつ』は、音もなく俺の横を通り過ぎ、
――『そいつ』は、音もなく窓際で立ち止まった。
――『そいつ』が、振り返る。
――『そいつ』は、全身を白装束で纏っていた。
――『そいつ』は、真っ白な仮面をしている。
――『そいつ』の髪は銀。髪は長い。
しかし、男か女かは判別できない。魔力や闘力が高いのか、低いのかすら、分からない。
そもそも人間かどうかも分からない。
存在が、靄がかかったように不確定なのだ。
異質だ。
冷静に考えれば、こいつが両親を殺したと考えるのが普通だ。
逃げるべきだ。
けれど、恐怖が勝った。
俺は動けなかった。
「すべては、創造神様の御心のままに」
――『そいつ』はそう言って、窓の外に躍り出た。空中を浮遊している。
俺は茫然と眺めていることしかできなかった。
パチンと。
指の鳴る音が聞こえた。
――『そいつ』が、再び口を開いた。
「t場%g四rh#潮れr銀b反りghjふぃhsjlrgbhぢおぐsf具h汁bsgジュhs日jbhsぃgbslsぉりjgh真hsりそいbjmb子grjンg絶hfvbfjhbdyhンvびゅbkンfkgjンxjfg神jkンbdぉうfghldkjbngkm5おんびうjszdjhfvbぢkhb」
意味の分からぬ言葉だった。
見たこともないほど巨大な魔法印。
俺は銀の稲妻に体を飲み込まれた。
―――
ステータス
名前:ノア・グランド
種族:人間
称号:なし
年齢:5歳
魔力:D
闘力:C
魔法:《炎系魔法(初級)》、《索敵系魔法(初級)》
剣術:連撃流(初級)
スキル:なし
耐性:なし
初日は三話投稿。翌日二話投稿。その後は可能な限り毎日投稿。
もし「人間って面白!」「はよ続きクレクレ」と思ってくださったら、
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