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第3話

 「頭、引き下がるっちどうやったですかのう。皆が見てたし」と能見。


 「富江とテリーが落ちを通してくれた(※13)と。おい達は与太者(よたもの)じゃなかよ能見」と(さと)す与一。


 「それにしてん奴はなかなかできる男ばい。後で何者か調べときない」と腕を組む与一。


曾我雷太30歳、陸軍ポツダム少尉(終戦直後の特例で一階級昇進した者)で満州から帰還、高校教員免許を持つも,肺病の為休職中。剣道6段、中国語堪能(たんのう)。近く彦山病院を退院予定。

 のちに能見が調べて与一に報告した曾我の素性(すじょう)であった


 「怖かったね、怪我が無うて良かった、助かったばい」助かったのは家族の安泰(あんたい)か予期せぬ大金(曾我家にとっては)が転がりこんだ(ゆえ)かは()せないが、安堵(あんど)のため息一つ、朋子。


 「父ちゃん、箸一本で怖かなかったと」恭介が飯を頬張りながら目をまるくして聞く。


 「恭介、男というものは時として、闘わざるを得ない場面に遭遇(そうぐう)することがある。そんな時、相手がどんな猛者(もさ)でも、箸一本あれば十分。それで相手の目ん玉に突き立てる度量を持たねばいけない。ただし、その行いは正義の上に立っていることが必須条件である。で、肝心なのは、正しいことを貫かねばならない時、応分の制裁(せいさい)を行使できる勇気と心得を身に付けていれば、何も怖くない」まるで高校生への説教だ。恭介は何時ものように途中で耳栓だ。


 「あん人は(おのず)から手ば汚しゃせんばい、鉄砲玉はいくらでんいるけんね、はったりたい。そげなことより恭ちゃんが私の目ば盗んで十円持って行くのは知っちょったよ、巻き上げられちょったとはね。母ちゃんがちゃんとせんといけんかった」男同士の一触即発の場面を冷静に見ていた朋子だった。


 「朋子に家のこと全部押し付けて、だらしないのは私だよ。男気の説教など恭介に言える柄じゃないな。でも二人に苦労かけたけど、やっとストレプトマイシンが手に入ったんだ。これで間もなく退院できるし、中学校だけど仕事も決まった。給料が入ったら食堂は閉めても良いよ」と合成酒(清酒とアルコール液を合成した安い酒)をちびりながらにっこりと雷太。


恭介への(いじ)めも無くなり、薄暗かった曾我家に明るい日差しが戻ってきたのだった。


 そんなある日のこと、テリーに異変が起こる。


 今日もテリーと遊ぼうとランドセルを放り投げ外に飛び出すと、すぐさま足に(まと)わり付くはずのテリーの姿がない。縁の下を(のぞ)くもそこにもいない。不安がかすめる。


 そして恭介は公園らしき小さな広場でテリーの異様な姿を見たのだった。


 大通りの岡部家で飼われているテリーより二回りも大きな秋田犬のシローとお尻で(つな)がっているではないか。


 「富江、どうなっちょると。虐められちょるんテリーが」と素っ頓狂(とんきょう)な声の恭介。


 「さかっちょうと」と頬を赤らめて答える富江。


 「何なん、それ富江」眉を吊り上げ富江に迫る恭介。


 「お母ちゃんに聞き、馬鹿!」と逃げ出す富江。


 「こげなとこでみっともなか、山ん中でやりんしゃい」とバケツの水をぶっかけるお婆。


 大きなシローに引きずられ、不格好な姿を(さら)すテリー。


 助けなければ、と恭介が(ほうき)でシローを()とうとしたら、ようやく二匹が離れていった。


 ほっとしたのもつかの間、恭介を本日二度目のショックが見舞った。


 テリーが()り寄ってくれるものと思っていたのに、横を通り抜け家に逃げ帰ったのだ。


 目は合ったのに、無視されたのだ。


 「母ちゃん、テリーが変になったと」と恭介がべそをかきながら母親に告げる。


 「恭ちゃん、テリーはね、生き物として大事な(つと)めをしたとよ」と恭介を抱きしめる。


 「もう僕とは遊ばないやろうか、テリーは」


 「今日はそっとしといておやり。またきっと遊んでくれるき心配せんでんよか」


 「わかった。しょんなか宿題でもやろうっと」


 自然の(ことわり)(かな)えば、これからテリーに起こることがもたらす変化に、恭介はともかく、我が家は、果たしてすんなりと受け入れることができるのであろうか。朋子の顔が曇る。



 ある日いつものように駆け回っていたテリーが突然吐いた。恭介はオロオロ心配したが、母親が大丈夫と言い、テリーがまた駆け出したので、安堵(あんど)した恭介がタックルを仕掛ける。


 日々テリーのお腹が(ふくら)み、動きが鈍くなっていることには気づかずに遊ぶ恭介であった。


 そんな日が二ヶ月ほど続いたある日。テリーが突然縁の下から出てこなくなった。



 雷太は着任早々の峰中学校教員室で、期末試験の採点を終えてホット一息、番茶を(すす)る。


 朋子はやめてもいいとは言われたものの、店を開く際借り入れた公庫の返済と、食堂を頼りにしている独身者の為、お昼の弁当と夕食時の営業は続けていた。


 ある夜の夕食後、縁側で(すず)んでいると縁の下からか細い鳴き声が漏れてきた。


 「テリーの声と違うばい、父ちゃん」と恭介。


 「やっと産まれたばいね」と朋子。


 「何匹もいるようだな」と何故か残念そうな雷太。


 「テリーが何匹も増えたとね、母ちゃん」と嬉しそうな恭介。


 「そうらしい、だがな恭介、我が家ではテリー一匹を飼うだけで一杯なんだな」


 「なしてな父ちゃん。食いもんが足りんと」


 「そうじゃない、お前には難しい話だけど、曾我家家内安全の守護神はお稲荷様(おいなりさま)、祭られているのはお狐様(きつねさま)なんだ。狐は習性で犬を嫌っている。テリーについては母さんのたっての頼みだったからやむなく了承した。でもこれ以上犬を増やしたらお狐様を怒らせる事になる。つまり罰が当たるんだ。だからうちでは飼えない、分かったな恭介」


 「よお分からんばってん、子犬はどうなると」


 「貰い手が見つかるといいがな」


 「僕も貰い手探す」


悲壮な決意を目に宿し、恭介はそう宣言した。

(※13)事態の収拾を図るきっかけをつくること。

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