表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/31

田舎の飯と相談事

宿屋の飯は完全な田舎風だが、なかなか旨い。

半分ほど食い終わった時、アンシャル銅鴉尉が声をかけてきた。

若いのが心配してるのは道中魔物が出てくるかという見込みと、ロサミナのけつ。

まあ気持ちはわかるってもんだがな。

 あの女は、到底晩飯を食べる気分じゃないだろう。

 俺は馬を馬丁に預ける時に、一応自分の目で馬の様子をあらためておいた。

 大丈夫だ、蹄に石が詰まったり、蹄鉄が取れかけたりはしていないし、足に故障が出たりもしていない。

 明日も無事、旅する事ができるだろう。

 まあ、馬の方は、という事だがな。

 女?

 ああ。

 今ごろは部屋で寝台にでも横たわり、宿の女房に手当を受けているだろう。わかりきった事だ。

 聖咒兵団だろうがなんだろうが、軍隊に入った者がまず経験するのは、靴擦れと鞍擦れだ。

 あの女は幸運だった。

 今の状態で野営せずにすんだのだからな。

 俺は宿の食堂に入っていった。

 アンシャル|銅鴉尉《コパルグラ-ベンロナン》は、先にテーブルについていた。

 俺は|銅鴉尉《コパルグラ-ベンロナン》の斜め前に座った。

 宿の若いのがさっそくビールを運んできた。

 誰でもこいつを飲んでいる。

 俺だって文句はねえ。

「煮込みしかねえけんど?」

「かまわねえ。大盛で頼む」

「あいよぅ」

 田舎者らしいのんびりとしたしゃべり方だ。

 あの女にもそういうしゃべり方を仕込まなければ、早晩怪しまれるだろう。

 煮込み料理のいいところは、すぐさま運ばれてくるところだ。

 ぱっと見たところ、肉はほとんど入っていない。

 そのかわりにどでかい芋と人参と、豆らしきものがたっぷりと入っていた。

 上等だ。

 ビールを半分ばかり飲み干したところで、煮込みに取りかかる。

 多分こいつは、煮込み始めた時にはどこかに肉が存在していたんだろう。

 今はどうだかわからんが。

 やや塩辛く感じる。

 てことは、長らく塩漬けにしておいた肉だったんだろうな。

 別にいい。

 今の俺の体は塩を欲しがってるからな。

 芋も人参も、ついでに豆も、おそらく昨日か今朝までは、近くの畑にあったに違いない。

 素朴だが旨かった。

 若いのは、煮込みに添えて、軽く炙ったパンも一切れ添えてくれていた。

 見るからにこいつも自家製だ。

 雑穀混じりの生地をこねて、村の竈で焼くわけだ。

 どっしりとしていて、小麦じゃねえ何かの粒が点点とたっぷり散らばっている。それのせいかどことなく香ばしかった。

 うん、旨いじゃないか。

 俺が半分方、飯を食い終わった時に、銅鴉尉コパルグラーベンロナンが口を開いた。

「ダンカー。……辛くはないか?」

 はあ?

 何を言っているんだ、こいつ。

 アンシャルはこっちをじっと見つめている。

 おいおいやめてくれよ。まだ食ってる最中なんだぜ。

「もしも辛い事があれば、できる限り相談に乗るが」

 こいつは参ったな。

 いくら若造でも、俺が降等されたばかりというのは見て取れる。

 ましてやこいつは実戦部隊じゃなく、支援部隊の将校だ。頭を使うのが仕事って事だ。

 俺は気遣われているのか。

 やめとけよ。若いうちからそんなに気を揉むと、三十になる頃にはつるっ禿げだぞ?

「大丈夫であります」

「言っておきたかっただけだ」

「は」

 まあ……いい奴なんだろうな。

 その点は俺も幸運だったという事だ。

「ロサミナも大丈夫だといいが」

「旅に出たばかりのあまっこなんざ、あんなものでしょう」

「明日、ロサミナは馬に乗れるだろうか」

「ここのおかみは手慣れた感じでしたよ。ロサミナは今朝がたみたいに、けつから足首まで丸出しのまま鞍の上に上がることはねえでしょうな」

 アンシャルの顔が少し紅くなった。

 照れてやがる。

 もしかして初心(うぶ)なのか? 童貞じゃねえだろうな。

「それと」

「はあ」

「さっきの罠だが」

「|銅鴉中尉《コパルグラ-ベンロナン》どのも聞いた事くらいはおありでしょうな。聖兵爆弾と呼ばれるもんであります」

 ごくっとアンシャルが唾を飲んだ。

 顔色が少し悪くなったようだ。

 ほらみろ、飯の時にそんな話題を持ち出すからだ。

 まあ銅鴉尉コパルグラーベンロナンどのはほとんど食い終わっていたみたいだが。

 ん? ああ、そうか、食い終わったもんが腹の中でちょっとばかりダンスを踊ったんだな。

「奴らは法力を暴走させる術を知ってやがるんで。但し、死にたての奴か、死にかかっている奴しか使う事はできません。このあたりにもまだまだそんな材料があったって事です」

 奪還したばかりだしな。

「それは、魔の奴らがまだこのへんを徘徊しているという事だな」

「そうですなあ……」

 相談されてるのかよ。勘弁しろよ。今の俺は責任なんぞ負わなくていい、気楽な兵卒(ゾルダル)の俸給しかもらえない身分なんだぜ。

「そいつはわかりません。あいつらは引き上げていく時に、ああいったもんを仕掛けていきがちなんで」

「もういないかもしれないと?」

「残っていれば、聖咒兵団の目を逃れる事は難しいでしょうからなあ」

 銅鴉尉コパルグラーベンロナンどのは少しほっとしたようだった。

 まあ、わかる。

 実戦部隊じゃねえし、あんな女を連れてるし。

 そもそもこの若いのは、戦う事ができるんだろうか?

 わかってるよ。

 あちらは頭脳専門、こちらは肉体労働専門だ。

「明日からも頼むぞ」

 ぼそっと言われた。

 あ~あ。わかっちゃいるが、言われちまったよ。

 やれやれ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ