聖なる光の圧力
ようやく、前方に城門がはっきりと見えてきた。
重々しい鋼鉄の扉。その上部と左右に突き出す砲門。
魔物の大軍が押し寄せたとしても、この城門で防ぎきる事ができると言われているし、事実一度そのような事があったと軍事史に記されている。
そんな城門を目にしたアンシャルは、なんとなく安堵していた。
ダンカーの馬が城門を入るのが見える。
ロサミナは見えない。
勿論、ダンカーより先に城門を潜ったはずだ。
だから、もう安全なのだ。
アンシャルは長銃を下ろし、慎重に鞍の前に横たえた。
気をつけないと灼けた銃身が自分や馬の体に触れてしまうからだ。
肩の力が抜けるのを感じる。
その時ふと、頭上が翳った。
雲の名残だろうか。
だがそれは、思いがけず素早く前方へと迫っていく。
雲などではあり得ない。
「ダンカーっ」
アンシャルは絶叫した。
ダンカーが振り返るのが見える。
間に合うのだろうか。
おそらくあの魔物を率いていた群の主だ。
大きな体は、子馬ほどもあるだろう。
それがどのようにしてか、大きな翼を広げて滑空していくのだ。
馬では追いつけない。そしてアンシャルがここにいるため、城壁の砲門は火蓋を切る事ができない。
法力で人間は死なないが、高速で射出される砲弾は、それだけで人の体を引き裂く事ができるからだ。
一度下ろした長銃を再び肩につける。
アンシャルはそのまま全弾を流し打ちにした。
あの手の大型の魔物は、目か口の中を射たなければ、銃弾程度でどうこうできるものではないが、少しでも力を削がなければ。
城門を閉じるのが早いか、あるいは魔物が城門をくぐるのが早いか。
あの城門は鋼鉄でできており、非常な重量がある。開閉には時間がかかる。
弾を射ち尽くしたアンシャルは、薬莢を排出し、新しく弾を込めた。
無駄とわかっていても、そうせずにはいられなかったのだ。
自分の命を救うためには、馬首を返す他はない。
だがアンシャルはそうする気になれなかった。
自分の名を呼ぶ声に、ダンカーは振り返った。
城門の両側では、衛兵がいつでも扉を閉められるように、巻上機にとりついている。
こうした仕掛けを使わなければ、到底動かす事ができない扉だ。
ロサミナはもう馬を下りるところだ。
衛兵のひとりが手を貸している。
もういいはずだ。
肩の荷は下りたも同然だ。
だが、違った。
ふわりと腥い風が顔を打つ。
ダンカーは思わず吠えた。
「魔物だ!」
衛兵がぽかんとダンカーを見つめる。
ダンカーは再び吠えた。
『馬鹿野郎っ。門を閉めろっ」
閉じさえすれば、この門を突破できる魔物などはいないのだ。
いかに……でかくとも。
指揮に当たっている軍曹が焦った様子で城門を閉めるように合図した。
だが、もう間に合わない。
ダンカーは馬首を返した。
銃剣をつけた小銃を構える。
魔物はでかかった。
きっと群の主はこいつに違いない。
ダンカーはそのまま魔物に突進した。
「危ないぞーっ」
軍曹が無駄に叫んだ。
言われなくてもそんな事はわかっているが、この魔物を通すわけにはいかないのだ。
ダンカーは思いきり銃剣を魔物に突き立てると、そのまま馬の鞍から飛び降りた。
銃剣だけでは到底足るまい。
剣を抜く。
もう片方の手で剣を魔物に叩き込んだ。
刃に込めた法力が魔物に注がれていく。
だが、魔物は大きかった。
込めておいた法力では足りる道理もない。
逆に、魔物の瘴気が刃を通じてダンカーの体を冒し始めるのを感じる。
まるで酒に悪い酔いした時のような体の痺れや気分の悪さ、目眩が一気に襲ってきた。
ダンカーは折れんばかりに奥歯を食いしばった。
士官、それも実戦部隊の士官だけが使える奥の手、突き刺した金属を通じてそのまま法力を送り込む技を呼び起こす。
果たして自分の法力で魔物を圧することができるだろうか。
だが瘴気に抗うにはそれしかない。
瘴気が自分の全身にまわれば、自分が魔物化してしまうのだ。そういう例をダンカーは目にした事がある。何度も。
その時、目の前が真っ白に輝いた。
「おおい! 発砲するぞー!」
その声はアンシャルの後ろから響いた。
振り返れば、砲を直接馬に牽かせて砲兵隊が追いついてきたのだ。
戦場でしかこういう事はしない。
砲をそのまま牽くより、荷車を使った方が馬力を節約できるからだ。
アンシャルが急いで火線から馬をそらすと、砲兵たちはてきぱきと砲から馬をはずし、まっすぐ城門を狙った。
「目標正面、水平射撃せよ!」
腹に応える砲声が響く。
ふわっと熱い風が砲のあたりからアンシャルの半身を打った。
反対側が眩しい白い光に染まる。
この距離、そして正面にいる敵を撃ったのだ。
あたっていないはずがない。
だが、仕留める事はできたのだろうか。
ダンカーは全身が灼けて、魔物と一緒に燃え崩れるかと思えた。
それほど、全身が熱い。
正面から押し寄せる光の圧力を、かろうじて魔物に注ぎ込んでいた法力が抗っている形だ。
しかしそれは同じ種類の力だ。
魔物の体内でひとつに融け合い、再爆発していく。
ダンカーの肉体はその力に耐えなくてはならなかった。
自分があたかも炬火と化したかのように、燃え上がっているように思える。
ダンカーは三度吠えた。




