これだから素人女は困る
途中小さな集落を通り過ぎた。
ロサミナは休憩したがったが、アンシャルは無視した。
いちいち休憩していたら、いつ目的地に着くかもわからない。
ロサミナはぶつぶつと文句を言っていたが、あまり大きな声にはならない。
たぶん、ダンカーが怖ろしいのだろう。
ダンカーの方はロサミナを叱り飛ばした事などなかったかのように、平然としている。
アンシャルは時々、ロサミナの様子を見るついでにダンカーの様子も見守ったが、ダンカーはその後黙々と馬を進めている。
アンシャルは溜息をついて、頭の中でこのあたりの地図を確認した。
初日にできる限り距離を稼ぎたい。
そのために馬の体力も勘案して進む速度などを決めるのだが、言わぬ事ではない。
何時間かたつと、ロサミナが遅れ始めた。
「どうした?」
振り向いたアンシャルが問いかけても、今度は頑固に顔をそらせる。
どうやら、何かを我慢しているらしい。
「具合でも悪いのか」
「少し休憩したいのです」
「お願いしますと言え」
いきなりダンカーが言った。
「忘れたのか。おまえはぽっと出の村娘だ。話しかけてるのは聖咒兵団の将校様だと何度言えばわかるんだ、間抜け」
今度は、ロサミナは口答えをしなかった。
「お願い……少し止まって下さい」
ロサミナがそう言ったのに驚いて、アンシャルはまじまじとロサミナを見つめた。
「まあ、良かろう。五分程度なら」
懐からアンシャルが懐中時計を出すや否や、ロサミナは鞍から滑り下り、あたりを素早く見回した。
「ついてこないで」
切羽詰まった口調でそう言うなり、よろよろと木立の後ろへ歩いて行った。
本当は走りたかったようだが、何時間も馬上に揺られていれば、素人は走る事などできない。
「いったいどうしたんだ。あれは」
「察するに、厠でしょうな」
淡々とダンカーが応えた。
「それは! ……しかし……」
「そろそろ尻も股も痛み始めているはずだ」
ロサミナの真っ白な大腿を思い出して、アンシャルは赤くなりそうになった。
赤くなったのはロサミナの大腿の方だろう。
馬には自信があったようだが、所詮は素人なのだ。
けれどそんな事までは考えに入れてなかった。
くそ、どうすればいいんだ。
ダンカーが黙って馬を下りた。
アンシャルも続いて下りかけたが、ダンカーが制止する。そしてダンカーは黙々と野営用の毛布を畳んでロサミナの鞍の上に敷いた。
余分の革紐できっちりとそれを留める。
ロサミナはよろめき戻ってくると、それを見て明らかにほっとしたようだった。
ダンカーが腰に手を添えると、ロサミナは慌てたように言った。
「やめて。触らないで……」
「安心しろ。尻には触らん」
ダンカーのあけすけな言葉にロサミナはぱっと頬を赤らめたが、おとなしく鞍上に座るのにそのまま手を借りた。
そしてそろそろと尻を持ち上げ、再びそうっと毛布の上におろす。
ようやくアンシャルはロサミナの不審な様子が腑に落ちた。
遠乗りでもこれほど長く馬に乗り続ける事はなかったのだろうし、今着用しているのは乗馬服ではない。剥き出しの大腿が鞍や場服に当たるのだ。
足に履いているのも粗末な靴で、乗馬靴とは違う。
困ったな……。
「仕方がない。次の村で宿を取ろう」
予定よりはだいぶ早い宿泊になる。
しかしこれ以上ロサミナを馬に乗らせ続ける事は、できそうもなかった。
「医者がいれば良いのだが」
「手当できる者が誰かいるでしょう」
と、ダンカー。
「宿で聞いてみればいい」
その時、いきなり白い光が前方で閃き、轟音とともに地面が震動した。
ダンカーの馬が竿立ちになりかける。
「馬を下りて身を」
「突っ切るんだ馬鹿野郎っ」
ダンカーがいきなり、平手でロサミナの馬を打った。
アンシャルは問いかけるようにダンカーを見た。
「敵襲だっ」
こんなところでか!
しかし考えている暇はなかった。
またしても白い光が閃き、轟音とともに足下の地面が揺れる。
アンシャルは歯を食いしばった。
戦場に出た事は勿論ある。
だが前線に立ったことはないのだ。
ダンカーは馬を駆り立てながら、馬上に身を伏せ、銃に片手をかけている。
そして、アンシャルとロサミナの前に馬を急きたてた。
慌てて、アンシャルは自分も身を伏せた。
「あんたもこうするんだ」
ロサミナが少し歪んだ顔で小さく頷き、ぎこちなく上半身を倒した。
そのままぴたりと馬首に伏せて、手綱を握った両腕を馬の首に回した。
よし。それでいいだろう。
ロサミナに並んだアンシャルは、片手をのばして、ロサミナの馬の轡近くを取った。
またも轟音と白い光。
一体これはなんだ?
わけもわからず、アンシャルは自分も銃を抜いた。
えいくそ。
なんでこんなところに罠がしかけてありやがる?
このあたりは奪還した土地だ。
魔物はいないはずなのに。
だが、これはいやというほど良く知っている。
聖咒兵団の屍体を……時には瀕死の奴を使い、どのようにしてか、法力を暴走させるのだ。
すると、屍体は爆発する。
被害の程度は様々だが、仲間の屍体を利用されているという心の負担が大きい罠だ。
けれども、爆発した法力は魔物をも傷つける。
だから、少なくとも魔物に襲われる事はない。
しかし油断はできない。
あの若いのと女はどちらも戦力にならないだろうな。
つまり俺が、罠を仕掛けた奴を始末しなきゃならねえ。
右を、左を、疾走しながら確認する。
いやがった!
あちこちで爆発する屍体の影に、黒いものが見えた。
腕を伸ばし、狙いを定める。
といっても走る馬の背だ。
ほとんどは勘だ。
わかるだろ?
俺は自分の法力を励起し、薬室の弾を捉えた。
ぶっ放すと、銃口が白い閃光を噴き、銃弾を撃ち出した。
掌い重い衝撃が連続して跳ね返る。
俺は全弾を射ち尽くした。
目を細めているのは、爆発する屍体の放つ衝風と邪気から身を守るためだ。
外側に輪胴を振り出す。
そのまま薬莢を落とし、素早く弾込めをした。
始末したとは思うが、残弾がないのは不安だからな。