銃身は燃えているか
たん、たん、たん、たん、たん、たんっ!
短銃の発射音は甲高い。
もう砲兵隊はだいぶ後ろになった。
重い方の轟きの中に、鋭く切り裂くような、長銃の発射音が混じる。
俺のは、盲射ちだ。
あいつらを近づけさえしなければそれでいいんだ。
銃身からは湯気があがっていた。
触れば火傷をするだろう。
そこに落ちた雨が湯気になっているんだ。
ロサミナは、と見れば堅く目をつぶって馬の首に伏せている。
きゃあきゃあわめかれるよりずっといい。
あとは落ちずにいてくれと願うばかりだ。
また、長銃の音が聞こえた。
それも次第に遠ざかっていく。
悪いこっちゃねえ。
その分、城市の門が近くなっているという事だからだ。
そうだ、もう向こうに見えてきているのは城壁だ。
あそこまで行けばいい。
いや。
俺はとんだ間抜けだ。
俺は行き着かなくてもいいんだ。
ロサミナさえ行き着けば。
「おい、いいか、落ちるんじゃねえぞ、つかまってろよ」
俺はロサミナの馬の手綱を放すと、平手で思いきり馬の尻を打った。
馬の体も熱い。
高くいななき、馬は速度を増した。
そうだ。走って行け。
俺は馬首を返した。
薬莢を振り落とすと、とたんにしゅうっと金属の灼ける音がした。
弾を詰める指先がとびあがるほど熱い。
畜生。
もしかすると、短銃で撃つのはこれが最後かもしれねえ。
俺は魔物が来るのを待った。
鮫みたいな禍々しい口を大きく開き、一体が俺に向かって急降下してくる。
その口の中をめざして俺は一気に射ち尽くした。
革鞘に短銃を戻すと、革を通してすら銃身が灼け尽くしているのがわかる。
熱いってことだ。
俺は顔をしかめながら、剣を抜いた。
刃はほの白く輝いている。
法力を流し込んでいると、こんな光を帯びるんだ。
そしてこいつがなけりゃ、どんな刃だって役にはたたねえ。
飛来する魔物に向かって薙ぐように斬りつける。
魔物を切り裂く手応えはなんともいえず気味が悪い。
血肉を備えた人や獣とは違う。
そうだな。
泥だ。
泥に棒でも突き刺して動かした時のあの、妙に抵抗のある、ぬちゃっとした、液体でも固体でもないあの感じ。
あれにかなり近い。
剣を振り抜くと、血のかわりに火花のようなものが噴き出す。
こいつに触れたからといって火がつくわけじゃないが、長く触れていると火傷のようになる。
一体を落とすと、すぐさま次が襲ってきた。
くそ。
砲兵隊はどうしたんだ?
アンシャルは無事なのか?
そう思って耳を澄ますと、砲声が腹の底に響いてくる。
長銃の谺をひく音も健在だった。
なんだ。
じゃあ……じゃあ、魔物が増えてるってことか?
畜生。
俺は小銃を肩から外した。
思いきり振り回しながら、近くにやってきたやつは剣で切り裂く。
これじゃほとんど、あの峠の再現だ。
くそ、そう思うとあの時の傷がまだ痛む。
ロサミナはまだたどりつかないのか。
いや……待てよ。
ロサミナがたどりついた事をどうやって知ったらいいんだ。
俺の背中に冷汗が流れた。
二体が折り重なるようにして俺に襲いかかってきた。
俺は思いきり、銃剣でそいつを突いた。
後ろにもう一体、そこまでは刃が届かない。
だが、こいつは銃剣だ。
槍じゃねえんだ。
俺はにやりと笑って、小銃の引き金を引いた。
アンシャルは飛来する魔物の数が格段に減った事に気付いていた。
馬首を返し、今度は前方に飛んでいく魔物を狙い撃ちにする。
そう、魔物はアンシャルに襲いかかってくるわけではない。
眼中にないのだ。
今も、アンシャルの頭上をそのまま通り過ぎて、城市へと向かっていく。
もう、荊森市は目の前にある。
ダンカーが小銃を振り回して魔物と戦っているのが見えた。
ロサミナは……?
姿が見えない。
アンシャルは小銃を背に回すと、馬を一気に走らせた。
「ダンカーっ。ロサミナは!」
「先へやった!」
こいつ、またこうして魔物がロサミナに追いすがるのを防いでいたのか。
「行くぞ」
「でも」
「魔物はおまえを襲ってきているわけじゃないんだ」
ダンカーをひと睨みすると、アンシャルは馬腹を蹴った。
ロサミナは。
無事だろうか。
あとからダンカーが追ってくるのが馬蹄の音でわかった。
ロサミナの姿は見えない。
城門はすぐそこだ。
もう到着したのだろうか?
アンシャルは馬を駆り立てながら、左右を何度も確認した。
それらしい姿はない。
頼む。
無事に着いていてくれ。
アンシャルはすがるような思いで神に祈った。




