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このまま平穏にすむと思うか?

 駐屯地は町とは違う。

 飯は兵隊(ゾルダル)用の食堂で喰うしかないし、

 あ? アンシャル? あいつはロサミナ連れて将校(オフィツィア)用の食堂に行ったさ。

 飯はどっちでもそれほど変わらないんだけどな。

 降等される前も、俺はこっちで食事する方が好きだった。

 何故かって?

 飯にそう変わりはないのに、将校(オフィツィア)用の食堂は、給仕役の兵隊にいちいち給仕されながら上品に喰わなきゃいけないのさ。

 兵隊(ゾルダル)用はその点気兼ねがない。

 その時、俺の正面に誰か座った。

 俺は気にせず喰っていたが、あちらはゆっくりと食べ物を口にはこびながら俺を見つめている。

 やがてそいつは言った。

「もしかして……ダンカー銀狼佐ジルハボルゲンノベール……?」

 俺はようやく正面に座った奴の顔を見る気になった。

 うん、見覚えのある奴だ。

「おまえ、バルコ鋼曹(シュタルハウプタル)か?」

 バルコは頷いた。

「俺はもう銀狼佐ジルハボルゲンノベールじゃないんだ」

「噂は聞きました」

「そうか。まあ奇遇だな」

「今どの部隊の所属ですか」

「いや。所属部隊はない」

「ない……」

 バルコは身を乗り出して囁きかけた。

「特別任務ですか」

「なんでそんな事を聞くんだ?」

「今噂があるからですよ。俺の部隊は明日荊森市(ローザンヴァルブール)へ向かうんですが、特殊任務の三人が加わるという話で……」

 バルコは砲兵だ。

 今所属しているのも当然どこかの砲兵隊だろう。

 こいつは好都合だ。

 砲兵の援護があれば、魔物の群が襲ってきても心配はない。

 俺は思わずにやりと笑った。

「よろしくな、バルコ」

 あと少しで荊森市(ローザンヴァルブール)だ。この任務もあとちょっとで終わる。


 ロサミナは黙々と用意された馬の鞍に藁座布団を載せて、またがった。

 周囲の兵士(ゾルダル)たちがそれを見て下品な冗談を言い交わしているが、アンシャルは気にしなかった。

 専用の荷車には砲が積まれている。

 大人の腕ほどの太さの砲身が突き出た聖咒兵団式の砲は、拳大の弾を込め、それに法力をのせて魔物を引き裂く事ができる。

 これにはさすがの、アンシャルの長銃もかなわない。

 そう。つまり目的地の荊森市(ローザンヴァルブール)までは安全に行けるという事だ。

 アンシャルはほっと息を漏らした。

 ダンカーは時々、砲兵隊の兵士(ゾルダル)らと時々言葉をかわしながら馬を進めていた。

 もう魔物は出ないだろう。

 アンシャルは安堵していた。

 もう大丈夫だ。

 あと少しでこの旅が終わる。

 任務も終わるのだ。

 陽射しは柔らかくあたりを照らしていた。

 空には雲が多いが、曇天というわけではない。

 このまま天気が保ってくれよ。

 アンシャルは空を見あげて祈った。


 退屈な道中だが、むしろその方がいい。

 ダンカーは馬に揺られながらあくびを噛み殺した。

 降等されてから、昔かかわりあっった部隊と出会ったのはこれが初めてだ。

 少し気まずくはあったが、もともと将校(オフィツィア)ぶるのが嫌いなダンカーは、むしろ昔馴染みに会えた事の方が嬉しいと思っていた。

 将校(オフィツィア)連中の噂話が次々、耳に入ってくる。

 ダンカーが上官を殴り倒した事で、隊には聖咒兵団の内偵が入り、解体されたという事だ。

 隊に含まれていた中隊は全く別々のところに配置された。

「なかには、王都や聖都にまわされた隊もあるんだぜ」

 兵士(ゾルダル)がぼやく。

「それなのに俺たちは辺境に残ってまた転戦だぜ?」

荊森市(ローザンヴァルブール)が危ねえって情報でもあるのか?」

「さあなあ。後詰めだって噂だぜ」

「後詰めなあ……ああ、わかったぞ」

 ダンカーは頭の中の地図と照らし合わせた。

 アンシャルのように精緻な地図を憶えているわけではないが、主要な町はわかるのだ。

 もしも荊森市(ローザンヴァルブール)が後詰めであるなら、護るべきは……。

 ダンカーは馬の位置をさりげなくずらすと、アンシャルの斜め後ろについた。

「何をしていた、ダンカー」

「気になる事を聞いたんだ」

「なんだ?」

「この隊は荊森市(ローザンヴァルブール)に入る予定だが、そいつは後詰めだというんだ」

「ほう」

 アンシャルの眸が鋭く光った。

「では、荊森市(ローザンヴァルブール)には結構な人数が引いてきているだろうな」

「ああ~、そんなもんかな」

「そこには聖都に来ていた王族や貴族も含まれているだろう」

「だから?」

「その中の誰かに、ロサミナは用があるのあろうという事さ」

 ダンカーが肩をすくめた。

「どっちにしたって、あそこが終点だ」

 アンシャルが頷く。

「平穏に終われば良いな」

「そうだな」

 ダンカーは上を見上げた。

 心なしか、先ほどよりも雲が厚くなっている。

 太陽にも雲がかかり始めていた。

「雨が降るかもしれないぜ」

 ダンカーがそう言った途端に、湿った風が吹き抜けていった。


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