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トロッコから魔物を狙う

 もしかしたらここでトロッコが止まってしまうのではないか。

 悪くすると、止まったままどんどん水に流されて、地下で迷ってしまうのではないか。

 アンシャルはそう危惧していた。

 そうなったらどうする?

 どうすればいいのだろう。

 だが今は自分が最高指揮官であり(たとえ兵員が一名であるとしても)、決して弱さを見せてはならないのだ。

 後方支援隊の将校といえども、それくらいは心得ている。

 だが、こんな立場に立つのは初めての事で、それがうまくいっているかどうか、自信がなかった。

 正直、あたりがひどく薄暗い事に、ほっと安堵していた。

 がたんっ。

 トロッコが揺れた。

 がたがたがたがたっ。

 揺れが続く。

 波に揺られているのとは全く違う揺れだ。

 アンシャルは咄嗟に、ロサミナの腰に腕をまわして支えた。

 がたがたっがたんっがたんっ。

 アンシャルとダンカーの視線が合う。

 どうやらトロッコは再び線路に乗ったらしい。

 なんという幸運だ。

 何者かに押し揚げられているかのように動いていたトロッコの速度が落ちた。

 まずい!

 また水の中に落ちてしまう。

 だが、このトロッコを動かす術はないのだ。

 ……本当に何もないのか?

 アンシャルは考え込んだ。

 ほんの数分ほど。

 いや、何十秒かだったろうか。

「ダンカー、足を踏みならせ」

「なんだって?」

 アンシャルは足先でトロッコの床の、一番前のあたりを軽く蹴った。

 ダンカーも理解してくれたようだ。

 素晴らしい力で、どん、と踏みならす。

 アンシャルも同じように足を振り下ろした。

 なんどかそれを繰り返すと、ついにトロッコは前後に揺れ始めた。そして、じりじりと前に進んだ。

 トロッコが、僅かな傾斜だが、競り上がっていく。

 そして今度は前方が少し下がった。

 もう足を踏みならしてトロッコを揺らさなくても、自重で動いていく。また下りにさしかかったのだ。

 すぐに、トロッコはどんどんと速度を上げた。

 しばらくは暗いままだったが、やがて再び、等間隔で吊されている角燈の光が現れた。

 往来する鉱夫もいる。

 別の坑道へ往来しているトロッコも見えた。

 おそらく、このトロッコに設定された道筋は、おそらく滅多に使われないものだったのだろう。

 あんな風に、線路の一部が水没している事は、気付かれていないのだ。後で言ってやらなくては。

 最初の頃と同じように、トロッコは時々平坦なところをぐるっと大回りしてスピードを殺しながらも、全体でいうと、どんどん鉱山の麓へ向かって下りつつあった。

 多少は慣れたせいか、ロサミナでさえも、体が緊張を解いている。

 その方がいい。

 万が一の事故に接した時も、体が強張っていない方が生存率は上がるからだ。

 下りながらもかなりトロッコは揺れる。

 だから、舌を噛まずにしゃべるのは難しく、勢い三人とも無口になった。

 その時、なぜか背中のあたりがちりちりした。

 ダンカーがアンシャルの袖を引っ張る。

 なんだ? と振り返ると、無言のままダンカーが長銃を手渡して寄越した。

 ダンカーも何かを予感しているのだ。

 アンシャルは手早く長銃の動作を確認した。

「右だ」

 ダンカーが短く言った。

 アンシャルは銃身をトロッコの右に突きだした。

 幸い対抗して進んでくるトロッコはない。

 ぶつける心配はさほどなかった。

 照準鏡を覗く。

「右のやや後方」

 アンシャルはダンカーが誘導する方に銃口を動かす。

 みつけた!

 だんっ。

 アンシャルは発砲した。

 気持ちの良い反動を右肩に感じる。

 やや後ろへ体を向けているので、吹き付ける風に目がやられる心配もない。

 そして照準鏡にはなお三つ四つ、魔物が追いすがってくるのが見える。

 飛ぶ魔物ではなかった。

 これまでにも多数報告のあった、蜥蜴を大きくしたかのような奴だ。

 幸いこいつらは、言ってみれば尖兵の歩兵で、たやすく倒す事ができる。銃弾が一発当たればいいのだ。

 そういうことなら任せてほしい。

 アンシャルはトロッコの揺れを読み、近づいてくる魔物を捉えた。

 引きつける。

 引きつけて引き金を絞る。

 射撃は、弓射と同じ事だ。

 焦らず、的を良く見て、弦も引き金もゆっくりと絞り込む事が肝要なのだ。

 射ち尽くすと棹を引いて薬莢を排出する。

 ロサミナが小さく悲鳴をあげた。

 薬莢が当たったのか?

 だとしたら、ひどく熱かったはずだ。

「すまん」

 アンシャルは一言そう言ったものの、振り返ったりはしなかった。

 幸い魔物の数は多くない。

「ダンカー。そちら側はどうか」

「異常なし」

 良し。

 きっとこの鉱山内にも魔物が少し潜んでいたのだろう。

 そいつらがロサミナと、ロサミナが運んでいるものの臭いを嗅ぎつけたのだ。

 だから、追ってくる魔物さえ倒してしまえばいい。

 アンシャルは再び引き金を引いた。

 横目で見ると、ロサミナが身をかがめて両耳を押さえているのが見えた。

 そうだ、それでいい。


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