地底の池で立ち往生?
あたりまえだが、人間ってぇのは陸上の生き物だ。
だから水に入るってのは本能的に怖いものなんだ。
ま、見えてりゃそれは克服できる。水がなきゃ生きられないのも事実だしな。
だけどそれが闇の中であってみろよ。
う~ん。
闇ってのは言い過ぎかもしれねえが、まあだいたいそれに近い。
暗い坑道を突進していたトロッコが水中に突っ込んだ時にはそういうわけでさすがの俺も胆を冷やしたわけだ。
無論、すぐにどういう事態かはわかったぜ。
にしても、この水はどこまで続いていやがるんだろう。
鉱山の奴らはこの水の事を知ってたのかな。
……知ってたらまさかそこへ俺達を追い込むはずはねえ。
そうだ、それにこいつの深さはどれくらいあるんだろう?
最初、水中に突っ込んだ時は、ざばんと水がトロッコの中にまで降り注いできたもんだが、それはすぐにやんだ。
そのかわりに、ふわりとトロッコが富裕するような感覚があった。
こいつはまずいんじゃねえのか。
そうさ、俺には憶えがある。
馬上のまま渡河する時とかに、馬でも背が立たねえところに来ると馬が泳ぎ始める。その時みたいな感覚だ。
でもトロッコは馬じゃあねえし、小舟でもない。櫂なんざついていねえんだ。
それでもここまで凄い速さで突き進んで来たからな。
トロッコはその惰性で先へと進んでいた。
……ちっ。
これが砲兵なら、計算が得意だから、どのくらいこのまま奨めるかわかったかもしれねえ。
いや待てよ。
後方支援隊も計算は得意じゃないか?
俺は横目でアンシャルを見た。
「どれくらい、この勢いが保ちますかね」
「わからんな」
「計算とかできませんか」
「諸元がわかれば計算はできる」
「諸元……」
「そうだ、ダンカー。この水に突っ込むまでにどれくらいの速さで突き進んでいたのか、トロッコの重量はどれくらいか、そういった事だ。何もわからずに計算する事はできない」
そういうもんなのかね。
「あたしたちはどうなるの」
ロサミナのか細い声がした。
う~ん、まあ、心配だろうな。俺だsって心配なんだ。
「可能性は幾つかある。トロッコが停止する前に再び線路に乗る。あるいはその前に停止する。その場合、水がどこかへ流れていくなら、トロッコも流されていくかもしれない。あるいはトロッコに水が浸入してきて、沈んでしまうかもしれない」
おいおい。不安になるようなことばっかり言いやがって。
「流されたら外に出られるのかしら……」
「水だけは出られるだろう。いつかはな」
「トロッコはだめなの?」
「頭上の空間が、トロッコが通過できないくらい低くなるかもしれない」
「その時は……」
「鉱山の地下で迷う事になる」
一番望みがない予測じゃねえか。
見ろ。いや、暗いんでいまいち見づらいが、ロサミナが心細そうな顔をしてるぞ。しようがねえな。
「馬鹿野郎。こういう時は神を信じろ」
……待てよ。
なんで俺を見るんだよ。
俺だって聖咒兵団のひとりなんだぞ。
忘れてないよな?
聖咒兵団は軍隊だが、その前に聖職者だぞ。
俺は司祭の資格なんぞはとってないが……。
「もっともな意見だ。私が祈ろう」
「あんた……司祭の資格、取ってあるのか?」
「勿論だ。おまえはどうだ、ダンカー」
無茶を言うなよ。
「あたく……あたしも祈るわ」
……トロッコの中がいきなり静かになった。
つまりふたりとも黙祷をしているんだ。
俺が一番苦手な祈り方だ。
なぜかって?
必ず途中で寝ちまうからだよ。
その祈りが通じたのかは知らない。
だが、がたん、と異音があって、トロッコが揺れた。
水底の石にでも当たったのか。
いや。違うな。
トロッコががたがたと横揺れした。
「つかまれ!」
俺は上衣をかけて水から守っていた二挺の銃をしっかりおさえ、アンシャルはロサミナの脇腹を抱いた。
くそ、役得ってやつだ。
俺はゆっくりと歯の間から息を漏らした。
アンシャルの祈りが通じたのか(さすがは司祭さまだ)。
どうやらトロッコは、もとの線路に戻ったらしい。
あとは止まらない事を祈るのみだ。止まっちまったらそれはそれで、元も子もないからな。
今度は俺も祈った……神を罵ることは慎んだ。
いくら俺でもそういう罰当たりな事はしない。なるべくな。
トロッコはゆっくりと前方に動いていく。
がたんっ。がたんっ。がた、がた、がた、がた……。
何か厭な感じがする。
横揺れしながらトロッコは進んだ。
止まるんじゃないかこいつ。
かなりやばいんじゃないのか。
「ダンカー。思いきり前方の床を踏みならせ」
なんだって。
でもアンシャルが上官なんだからな。仕方がない。
俺は思いきり、正面の壁の、ちょうど下くらいに軍靴を振り下ろした。
みれば、アンシャルも同じようにしている。
トロッコは少しだが、前に傾いだ。
ロサミナが悲鳴をあげた。
黙れ間抜け。
悲鳴なんざ何の役にもたたねえ。
ぐうっとトロッコが反動で後ろに揺れる。
「もう一度だ」
えいくそ。
俺はやけになって、もう一度、どんっと軍靴を踏みならした。
同じ事が起こった。
「もう一度だ」
何の役にたつってんだよ。どんっ。
何度か繰り返すうちに、前後に揺れるトロッコは、そのままゆらゆらと前に進み出した。
車輪が線路と咬み合う、耳障りな音がする。
ちょうど、ゆるい上り坂の頂点を越えた、みたいな、一瞬止まったような気がして、次の瞬間トロッコはまたしても下り坂を突進し始めた。
く、く、くそっ。
でも停止しちまうよりはずっといい。
そうだよな?




