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次の旅程はトロッコ列車

なんとか無事に、熊岩(ベヨルンシュタイン)に到着した。ここは列車の駅から馬で数時間のところにある。地図にも記されている駐屯地だ。

 ここから目的地まではあと一息だ。

 しかし日程には少し余裕がある。

 一日休養日を設けるか?

 山の麓でも数日休んだが、何しろ魔物に襲われてばかりだった。

 ロサミナは精神的にも相当疲れているのではないか?

 アンシャルは迷っていた。

 幸いここは聖咒兵団の駐屯しだから、身分が貴族であろうと百姓であろうと、女性が将兵と同じ部屋で起居する事は許されない。

 アンシャルはほっとした。

 やはり、女と同じ部屋で眠る事はあまり有難くなかったからだ。

 ロサミナの方は、もっとそう感じていた事だろう。

 駐屯地でも、後方支援を担当している隊と、実戦部隊は分かれている。アンシャルは部屋を手配してくれた年配の鋼梟佐シュタルマグラッヘンノベールの元へ赴いた。

「どうするか決まったかね」

 鋼梟佐シュタルマグラッヘンノベールが尋ねた。

「はい。ここまで戦闘が連続しました。部下も負傷しています。数日休ませたいのですが」

「ああそうだね。ご婦人はさぞ心労が蓄積している事だろう。ここには何もないが、少なくとも休む事はできるからね」

 アンシャルは頷いた。

 自分はまだいける。だが、自分の事ばかりを考えてはいられないのだ。

「それでこの先の道なのだがね」

 鋼梟佐シュタルマグラッヘンノベールの眼鏡がぴかりと光った。

「地下を通る事に抵抗がなければだが、トロッコに乗って鉱山を抜ける手があるんだよ」

「トロッコ、ですか」

「そう、トロッコ。知っているかね」

「鉱石を運ぶための一種の貨物列車でしょう」

 鋼梟佐シュタルマグラッヘンノベールは弱い笑みを浮かべた。

「そんなに大層なものじゃない。鉱石をばら積みするための大きな箱のようなものを、列車のようにつないだものだ。上り坂は反対側に重石を吊す事で牽引し、下り坂はトロッコの重さに従って走る事になっている」

 アンシャルはその様子を思い描こうとしたが、いまひとつうまくいかなかった。

「普段人が乗るものなんですか?」

「ああ。鉱夫たちも鉱山技師も乗るよ。鉱山は広い。切羽(きりは)から切羽まで歩いていたのじゃ、日が暮れてしまうからね……いくら地の底だとはいえ」

 冗談を言ったつもりだったのか、鋼梟佐シュタルマグラッヘンノベールは引きつったような笑みを作り、アンシャルが笑わないと知ると、すぐさまそれをひっこめた。

「鉱山から掘り出されるのは銀だから、石炭のように汚れる事はないのでね。勿論貴婦人用の馬車のように綺麗とはいかないが」

「それは仕方がない事でしょう」

「そうだね。もしもこの道を選ぶなら、私に言ってくれたまえ。いつでも手配するから」

「ありがとうございます」

「なに……そういう事も我々の役割だよ」


 煤に汚れた軍衣は既にきれいに手入れされて、アンシャルの部屋に届けられていた。

 ダンカーは傷病兵扱いでアンシャルが医務室へ叩き込んでおいたが、どうしているだろう?

 のぞいてみると、寝台に座り、ちょうど軍衣の診察を受けている最中だった。

 ダンカーの軍衣も、枕元に届けられている。

 アンシャルが入って来たのを見ると、ダンカーが恨みがましい目を向けてきた。

 ちっともこたえない。

 アンシャルは薄い笑みを浮かべた。

 傷病兵扱いにしたからこそ、軍衣を自分で選択し、火熨斗(アイロン)をあてるといった雑用から解放されているのだ。

「この男の具合はどうです」

「ふむ、あちこちにまだ炎症がみられますな。魔物に囓られたのだからこれは仕方がない。相手が毒をもった奴でなくて何よりだった」

 軍医は淡々と言った。

「先を急ぐのかね? 私はせめて数日はこの兵士(ゾルダル)を安静にさせておきたいが」

 アンシャルは会心の笑みを浮かべた。

「では三日間静養にあてさせましょう」

「それは良かった。同行の婦人と君にも、栄養剤を処方しておくから、後で衛生兵から受け取っておきたまえ」

「栄養剤ですか……」

 今度は軍医の向こうでダンカーが笑みを浮かべた。

 まるで狼が笑っているようだ、とアンシャルは思った。

 狼が笑えるものとしての話だが。

「了解しました」

「この先の旅が平温であると良いがね」

「私も強く、そう願っています」

 アンシャルは応えた。


 様子を見なければならないのはロサミナもだ。

 アンシャルは言われた通りに二人分の栄養剤を受け取ると、その足でロサミナに与えられた部屋を訪ねた。

 下士官用の部屋と見えて、アンシャルが与えられた部屋よりひとまわり狭い。

「軍医からおまえにこれを渡すように、頼まれた」

 アンシャルが手渡した薬袋(やくたい)を、ロサミナは胡散臭いものを見る目で眺めた。

「なあに、これ」

「栄養剤だ。旅の疲れが出ていると判断したのだろう」

「そう」

 ロサミナはそれを枕元に置いた。

「ここにはどれくらいの間いるのかしら」

「三日だ。四日目に出発する」

「こんどはどのような手段を使うの?」

「……トロッコだ」

 ロサミナはきょとんとした。

 宮廷育ちの婦人には、全く耳新しい言葉dあったに違いない。

 アンシャルは丁寧にトロッコについて説明した。

 ありあわせの紙に、あまりうまくない絵まで描いてみせた。

 ロサミナは栄養剤よりさらに胡散臭いものを見る目でそれを眺めた。

「こんな事は言いたくないんだけど」

「なんだ」

「今までで一番ひどい旅路になるのじゃない?」

「少なくともこれは地下を通る道だ。空飛ぶ魔物は出ないと思う」

 ロサミナが考え深げに首を傾げる。

「それは大切な事よね」

「それに、地下を通れば少し近道ができる」

「日程にはまだ余裕があるわ」

「そうだな」

 商会を出発する前に、ロサミナには魔物が何を狙っているのか、アンシャルの推測を話してある。

「いいわ。あたしに選択権はないんでしょ」

「いや、そうは言っていない」

 ロサミナは何故か、小さく微笑んだ。

「いいのよ。そういう事にしておいて」


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