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揺れる列車のその中で

 列車が停まる駅までは、商会の馬車で送ってもらう事ができた。

 アンシャルはそれについては、ほっとしていた。

 しかし、この先の不安材料は山ほどある。

 貨車の中にいるのでなくて、どの程度、王族の血を隠す効果が得られるだろうか。

 魔物がこの列車を襲ってきた時にはどうする。

 銃が二挺だけで撃退できるだろうか。

 それに、ダンカーは本当に大丈夫か。

 今もあちこちに繃帯が巻いてあったり、湿布をしてあったりするのだ。起き上がらせて良かったのかも疑問だ。

 本人がどうしても置いていかれるのはいやだ、馬にも乗れるし走る事だってできるというからつい連れてきてしまったが……。

 アンシャルはダンカーを睨んで口をつぐませてから、ポーターを雇って、荷物を客席まで運ばせた。

 ロサミナの鞄と、三つの雑嚢を網棚に上げると、向かい合った座席の片側にアンシャルとダンカーが座り、もう片側にロサミナが座った。

 ロサミナが託されているものは、肌身離さず身につけているに違いない。

 アンシャルはそう睨んでいた。

 だからいざとなったら、荷物など捨てて逃げればいい。

 自分たちが列車から降りる事が、無辜の乗客らに被害を及ぼさない一番の道だ。

 話ははずまなかった。

 それどころか、誰も一言も、口をきかなかった。

 このあたりは二等車だ。

 従って、あたりにいるのは紳士淑女ではなく、そのあたりの村や町に住む庶民だ。

 何事もなければいい。

 何事もなく過ぎさえすれば、これが一番早いし、楽なのだ。

 ダンカーはまるですねた兵隊(ゾルダル)よろしく、真横を向いて窓の外を見ている。

 アンシャルは顔をまっすぐ前に向けていたが、視線はやはり窓の外に向けていた。

 ダンカーが真横を見ているのに対して、アンシャルが見張っているのは、列車の進行方向だ。

 乗客の立場としては、これが見張りには最適だった。

 ロサミナに、進行方向へ背を向ける形で座らせているのは、万が一列車が休廷ししても、アンシャルがロサミナを受け止められるからだ。

 銃は二挺とも、ロサミナの傍らに立てかけてある。

 検札に来た車掌は、それを見ても何も言わなかった。

 アンシャルとダンカーの軍衣を見たからだろう。

 何も言われずに銃を持ち込む最善の方法は、軍衣で乗り込む事だ。

「本当に……安全、なの?」

「そう望んでいるのだがな」

 アンシャルはロサミナの疑問に、静かに応えた。

「馬で行く方が時間がかかるし、襲われる危険も高まる。行き来も多い街道だから、誰かを巻き込む危険は大して変わらない」

「そう……」

 今も、ロサミナの尻の下には、あの藁布団が敷かれている。

 まだ、震動が尻にひびくのかもしれない。

「上官どの。あれを」

 ダンカーが指で後方を指した。

 生憎、アンシャルの座っている位置からでは、ほとんど見えない。

「来たか?」

「そのようです」

 アンシャルは小さく舌打ちした。

「ロサミナ」

「なにかしら」

「頼みがある。このまままっすぐ、先頭の客車へ行き、機関車に乗り込んで、運転士にもっと速力を上げるように言え」

 ロサミナが青ざめた。

「言う事をきかないなら、魔物に襲われると言うんだ。停止するより、全速力でつっきった方が、生き残れる確率は高い。今、書き付けを渡す」

 女の言う事を、運転士は聞かないかもしれない。しかし、聖咒兵団の将校(オフィツィア)の書き付けがあれば、多少は助けになるだろう。

 手帖から引き裂いた紙片にそのむね走り書きすると、アンシャルは署名し、鴉尉(グラ-ベンロナン)の印章指環を使って署名の下に押印した。

「さあ。これだ」

 青ざめたままロサミナはそれを受け取ると、しっかりと胸に抱いた。そして足早に先頭車両めざして歩み去った。

 ダンカーが目の前に立てかけてある小銃をとり、長銃をアンシャル経て渡した。

 その様子を見ていた、通路向こうの席に座っていた連中が、目を丸くして中腰になる。

「おいおいおい! 兵隊さんたち、何が起こるんだい」

「窓を開けたら、先頭車両に急げ」

「今から逃げた方がいいのかね」

「いや。窓を開けてからでいい」

 無駄に車内を動き回られるより、その方がいい。

 アンシャルもダンカーも、手早く銃の点検をすませた。

 同時にアンシャルは先ほどまでロサミナが座っていた側の座席に移動した。

 一瞬、小さく笑みを浮かべる。

 僅かだが、こちらの方が座席に伝わる振動が小さかった。

 貨車に近い先ほどの座席は、もっと揺れたのだ。

 だが……。

「ダンカー。こちらの方が震動が少ない。貴様がこちらから射ったらどうだ」

 その方が、多少なりと、体が楽なのではないか?

「いや。精密な射撃は、俺にはできないから、こっちからの方がいい」

 ぶっきらぼうにダンカーが応えた。

「開けろ」

「了解」

 ダンカーが窓に手をかけるやいなや、隣の席にいた男たちがまろぶようにして逃げていくのが見えた。

 ばっと風が吹き込んでくる。ついでに幾分かは煤もだ。

 これが目に入ると涙が出てくる。

 そうならないよう、アンシャルは目を細め、長銃の先を開いた窓から突き出すと、照準鏡を覗いた。

 たちまち、十字型の照準の向こうに、空飛ぶ魔物の姿が飛び込んでくる。

 三、四……少なくとも七体だ。

 射程は勿論、アンシャルの照準の方が長い。

「私が先に射つ。貴様は後だ」

「了解」

 先頭の奴が正確に十字の中心に入ってくる時を待って、アンシャルは引き金を引き絞った。


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