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ロサミナを隠す手立て

 アンシャルは部屋の中を歩き回りながら考えていた。

 魔物が追っているのがロサミナ自身と、ロサミナが携えている何かだとする。

 それはおそらく、臍の緒だろう、とアンシャルは睨んでいた。

 王妃が懐妊したのはだいぶ前であるはずだ。

 なぜなら、聖都へ王が赴いたのが既に一年近く前で、それ以来ふたりは会っていない。

 勿論王妃が不義をはたらいたと考えられない事もないが、それなら知らせるわけがない。

 つまり、無事出産したのだ。

 それを証明するのに最も良いものは臍の緒だ。

 要するに、王家の血を魔物は追いかけている事になる。

 さあ、どうする?

 ……血は、血でごまかす事はできないだろうか。

 アンシャルはようやく一案を思いつくと、階下におりて商会の者に情報を求めに行った。


「なんですって。肉を運ぶ用はないかですって」

「ああ、そうだ。あるいはそういう便を知らないか?」

 アンシャルがものを尋ねたのは商会の番頭で、帳簿から目をあげると、眼鏡越しにアンシャルをまじまじと見つめた。

「そうですねえ、ないこともないですが、塩漬肉ですよ」

「それでかまわない」

「それならば、駐屯地に納入しなけりゃなりませんから。便乗されたいんですか?」

「そうだ」

「あまりお勧めはできませんよ。いくら塩漬たって、そんなに古漬けじゃないんですから、たくさん積み込んである場所はなんとなく腥いもんです」

「我々は軍人だ。慣れている」

「あのお嬢さんはどうです」

「我慢させる」

 番頭は呆れたように、上を向いた。

 これだから軍人は、とでも思っているのだろう。

「それで……どこまで行かれたいのですか」

「ここから北東に向かう便はないか?」

「北東……北東ねえ……」

 番頭になるには相当の経験が必要だ。

 番頭の頭をのぞいてみれば、このあたりの地域情報がぎっしりと詰まっているに違いない。

 やがて番頭は大きく頷いた。

熊岩(ベヨルシュテイン)行きならどうです」

 熊岩(ベヨルシュタイン)か。それはちょうど荊森市(ローザンヴァルブール)の西にあたる地域だ。

 中くらいの規模の駐屯地があったはずだ。

「そこでかまわない。あるんだな」

「列車の便がありますよ。でもねえ、貨車に乗っていくのは……」

「大丈夫だ」

「いやいや、鉄道会社にとっては大丈夫じゃないんです。貨車は封印されますからね」

 同じ車内に同乗したいのだが、それは出来ないのか?

「貨物管理人は貨車に隣接した一番後ろの客車に乗る事になっていますが、それではだめですか」

「それならいいかもしれない」

「それじゃあ、あなた方を貨物の管理人扱いで切符をとっておきますよ。実際に管理にあたる者はひとりおつけしますから心配ありません」

「頼む」

 賭けだった。

 はたして大量の肉はロサミナとロサミナが運んでいるものを隠す役にたつだろうか。それでも魔物が襲ってきたら、乗客に被害がないように、魔物を追い払わなくてはならない。

「いつになる?」

「明後日積み込みを行う予定ですよ」

「わかった」

「それで……」

 番頭が小さく咳払いした。

「お連れの怪我人はどうなさいます」

 ダンカーか。

 果たして起き上がる事はできるだろうか?

 道中の事を考えると部下はほしいが、それが足手まといになるようならここへ置いていくしかない。

「念のため、あいつの分も頼む」

「承知しました」

 ひとつ、ダンカーの様子を確かめておこうか。

 アンシャルが病室に向かって歩いていくと、せつなげに吠えるダンカーの声が聞こえてきた。

「肉だ、肉が足りねえ~っ」

 まるで狼の遠吠えだ。

 アンシャルは一瞬、口もとに笑みを浮かべた。

 さっと扉を開けて中に入ると、寝台の上に半身を起き上がらせているダンカーと、盆をかかえたロサミナが目に入った。

 盆の上には、シチューでも入っていたとおぼしき深鉢がひとつ、パンが載っていたであろう小さめの皿がひとつ、飲物が入っていたはずの碗杯(マグ)がひとつ乗せられていた。

 いずれも舐めたように綺麗だ。

 アンシャルの視線を受けてロサミナが応えた。

「お粥じゃないわ。煮込み料理よ」

「嘘をつくな、粥だったじゃねえか」

 ダンカーの声があまりにも切なそうで、アンシャルは思わず笑いを噛み殺した。

「何を食べさせたんだ?」

肉粥(カーシャ)

「粥じゃねえか~っ」

 またしても切なそうな声。

 肉粥(カーシャ)は蕎麦の実に細かくした肉をたくさん加えて煮込んだ料理だ。うまいこと考えたものだ。確かにそれは肉料理かもしれないが、粥に近いものでもある。

「黙れダンカー」

 手負いの部下を黙らせておいてから、アンシャルは続けた。

「かまわんから、犬に餌をやると思って、生の肉でも与えておけ。その方が回復の役にたつ」

「……本気で言っているの?」

 勿論、半ば冗談だ。

 血の滴るような炙り肉なんか、生肉も同然だろう。それをぺろりと平らげるダンカーを想像するのはあまりにもたやすい。

「私は本気だ」

「それは体に良くないのよ」

「軍人の体はつくりが違う。大丈夫だろう」

「呆れた!」

 おやおや。これで今日はふたりの人間に呆れられてしまったな。

 怒りを示すように、さっさと歩いていくロサミナの後ろ姿は、女性らしく尻が振れている。

 アンシャルはダンカーに向き直った。

「炙り肉を食べれば回復が早まると考えているのか」

「当然だ」

「ならば炙り肉を食べさせてやる。だから、三日以内に回復しろ」

 じろり、とダンカーを睨んだ」

「了解、上官どの」

 殊勝に応えはしたものの、ダンカーの眸は期待に輝いている。

 ダンカー。

 いったいどちらに期待しているんだ?

 炙り肉を食う事か。

 それとも病床を離れることか?



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