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俺に炙り肉をくれ!

 ロサミナの様子があまり思い詰めているようなので、かえってアンシャルの方が落ち着かなくなってしまった。

 そこで、アンシャルは矛先を替えた。

「おまえが宮廷の人間だという事はわかっている。ロサミナは本名なのか?」

「……そうよ」

 一瞬の間があった。

 嘘をついているな、とアンシャルは思った。

「身分は?」

「言いたくない」

 しかし、実際に密使であるのなら(そうであるに違いない、とアンシャルは睨んでいるが)、そんなに低い身分とも思えない。

「何かを運んでいるんだろう?」

 ロサミナは応えない。

 アンシャルはロサミナの表情をじっと観察し続けながら言った。

「王妃陛下にお仕えしているのではないか?」

「言いたくない、と言ったでしょう」

 それは白状したも同じ事だ。

 現在の国王は即位して五年もたっていない。

 王妃も昨年めとったばかりだ。

 とすると……。

 アンシャルは他に聞こえないような低い声で囁いた。

「ご懐妊なさったのだろう」

 ロサミナは口をつぐんだままだった。

 ふむ、そういうことなのか。

 実は、魔物がこの世に現れた原因のひとつとして、高貴な血筋の人間をあげている一派があるのだ。

 説そのものはいささか荒唐無稽なのだが、王家の者が魔物に狙われやすいというのは、実は実証されている。

 それゆえ、王族は滅多に王都から出ようとしないし、まわりが出さないのだ。

 けれども今年は聖都で盛大な式典があり、各国の王だけが、厳重な警備のもと、聖都に滞在している。この国の王も、聖咒兵団が護衛して聖都までお連れしたという経緯があるのだ。

 だが、懐妊の使者だという理由では、新型の魔物が出るだろうか。

 アンシャルはじっとロサミナを見つめた。

 窓から入る陽光が、ちょうどロサミナの横顔にあたっている。

 よく見なければわからないが、どことなく、この国の王族の特徴が見られるような気がするが、明確ではない。遠縁というあたりだろうか。

 ならばおそらく、ロサミナは身分の高い、王妃の侍女なのだろう。それならば懐妊の使者としてはふさわしい。しかし……遠縁という事で安心したのかもしれないが、若い女は魔物の好物だ。王族の血を引いているならなおのこと。

 懐妊の使者ならば、身分を示すために王妃のものを何か携えているだろう。

 なるほどな……。

 そういう事だったんだな。

「あたく……あたしは何も言わないわよ」

 そしてその決意を示すかのように、ロサミナは針を動かし始めた。


「頼むから、本物の飯をくれ」

 俺は呻いた。

 全身が痛いし、まだ熱をもって腫れている部分もずいぶんとある。

 はっきり言うと、どこもかしこも痛え。

 だが、薄いスープと粥だけじゃあ、体力がつかねえじゃないか。

「いけません」

 きっぱりとロサミナが言った。

 あーあ。

 この間抜け、俺の枕元から動きやがらねえんだ。

 ……これじゃあ眠れないじゃないか。

 だって考えてもみろよ。

 若いおなごの匂いがぷんぷんしている中で落ち着いて寝られるか?

 でもって、粥で我慢できるか?

 無理だ。無理、無理。

「何がほしいの?」

「炙り肉だ。分厚くて血が滴るような」

「……魔物にそれだけかじられてよくもそんなものを食べたいと思えるわね」

「思えるんだよ。つか思う。あと林檎の一個か二個か三個か四個もありゃあ御の字だ」

「四個。それは食べ過ぎだわ」

「うるせえ」

 その時医者が入ってきた。

 ロサミナが立ち上がった後に腰を据えると、俺の体のあちこちを診察した。

 そして薬膏を塗ったり、湿布をかえたり、繃帯をかえたりした。

 ロサミナがそれを手伝っている。

 頼むから。勘弁してくれよ。

 俺は女の手で世話される事に慣れてねえんだよ。

「先生。この人はしきりに炙り肉を食べたがっています」

「ほう?」

 おまけにこの女、告げ口しやがった!

「吐き気がしたり、胃腸が痛んだりは?」

「全然しない」

「喉のあたりが焼けるような感じがしたことは」

「ない」

「熱はどうですかな」

「熱はありますわ」

 この野郎っ。

「前より下がっていると思う」

 医者は腕組みして俺を見下ろした。

「では、少しならいいでしょう。但し今要ったような症状が少しでも感じられたらそこでやめること」

 やったぜ。この医者は割合に話がわかる。

 ロサミナが非難するように医者を見た。

 全く女ってやつは!

 なんだってこう、男を寝台に押し込めておきたがるんだ。

 その時、アンシャルが部屋に入って来た。

「先生。その男が旅に出られるのはいつの事です」

「一ヶ月は様子を見たいと申し上げたいですな」

 一ヶ月だと……。ふざけるなっ。

「黙れ、ダンカー」

 あれ? 俺はなんか言ったか?

「静かにしていろ」

「どうどう。良い子ね。兵隊さん」

 くそぅっ。アンシャルもアンシャルだがロサミナもロサミナだ。なんだとぉっ。

「しかし、さすがに鍛え方が違いますね。もう、普通の食事を希望されているようです。まあ、食べてみて、それが胃の腑に落ち着いているようならば、いいでしょう。それでもあと三日は安静にして、ゆっくりと歩くところから始める事です」

「馬は」

「丸一日乗り続けたりしないのならば……まあ、いいでしょう。但し具合が悪くなったらすぐに休むように」

 いやあ。ほんと、この医者は話がわかるじゃないか。この中で一番話がわかるかもしれねえ。

「食事の用意を頼んできます」

 ロサミナが言った。お? 風向きが変わってきたか?

「でかくて分厚いのを一枚頼むぜ姉ちゃん!」

「だめです」

 振り向いたロサミナがきっぱりと言った。

 おいおいおい……。

「駄々をこねるとお粥にしますからね」

 勘弁してくれよ。


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