さあ、話してもらおうか
アンシャルは長卓の上に並べられていたダンカーの装備を手に取った。他人の装備に手を触れるのは少し気が引けたが、自分は上官だ。その権利がある。
操作棹を引いて中を見た。空だ。
小銃を置き、短銃を手に取る。同じように、輪銅を横へ振り出して中を覗く。こちらも空だった。
間違いなくダンカーは全弾を射ち尽くしたのだ。
魔物は血を流さないから、今ははずして傍らに並べられている銃剣に汚れはない。
剣には触れなかった。
銃剣と同じだろうからだ。
衣桁にかけられた軍衣は……いや、そこに軍衣はなかった。
寝台に寝かせられる時に着替えさせられたと思っていたが……。
アンシャルは小さな吐息をつき、意を決してロサミナの部屋の扉を叩いた。
返事がない。
少し待ってもう一度叩く。
やはり返事がない。
首を傾げながら、次にダンカーの病室に向かう。
商会は、ロサミナが見掛け通りの女ではないと見ぬいたらしく、アンシャルとは別の部屋を用意してくれ、さらにダンカーの病室も別にあつらえてくれた。
山道で魔物に襲われた、というアンシャルの話は、きっと半信半疑で聞いたのだろうが、そこへ全身血まみれのダンカーがたどりついたのだ。
ダンカーは、商会の前まで馬上の姿勢を保っていたが、下りたとたん、昏倒した。
そして、商会の奉公人たちの手で、病室に担ぎ込まれたのだった。
扉を叩くことはせず、アンシャルは静かに扉を開いた。
診察した医師の話も聞いたが、ダンカーは高熱を発しているという。傷は切り傷、打ち傷、擦り傷、そして噛み傷が無数にあったという。
アンシャルは医師の言葉を思い出した。
「生憎私は魔物にやられた傷には詳しくないのですが、この人の受けた傷の種類はあまりに多くて、まるで傷の博覧会です。しかし何かに中毒している様子はとりあえずはないようです。まず、熱がさめるまでは様子をみましょうか」
ダンカーがこのまま動かせないようなら置いていくしかない。
その場合はロサミナの護衛は自分だけとなる。
もう少し事情をきかなくては。
どうしても、だ。
「ダンカー?」
返事はなかった。
ダンカーは仰向けに横たえられたまま喘いでいるが、目ざめてはいないのがうかがえる。
そして、枕頭にはロサミナが座っていた。
「ロサミナ!」
ロサミナは手仕事を膝におろし、黙るように合図をした。
「怪我人が寝ているのだから、大きな声は出さないで」
それはその通りだ。
アンシャルはロサミナの膝の上を見た。
そこに載っているのは軍衣だ。
ロサミナがダンカーの軍衣をつくろっているのだった。
「先ほど、火熨斗からあがってきたの」
「火熨斗……?」
「ご存じないの?」
ロサミナがきっとアンシャルを睨んだが、どうやら本気ではないらしい。
「汚れがひどかったから、洗濯して、火熨斗をあててくれたのよ」
「ああ。なるほど」
ズボンの方は、どうやらつくろいを終えたのか、椅子の背に畳んでかけてある。
ダンカーは馬上にいたのだ。
上衣の方が、かぎざぎなどは多いのだろう。
ズボンは片方の大腿部が大きく裂けているだけで、それは見事な針目でつくろいされている。
「素晴らしい仕事だ。これならどこの貴族にもお針子として抱えてもらえるだろう」
アンシャルの声には少し皮肉がまじっている。
「そう。ありがとう」
応えるロサミナの声にも同じように皮肉がまじっていた。
室内にある唯一の椅子はロサミナが使っていたので、アンシャルは窓際に置かれたベンチに腰掛けた。
「ロサミナ。いったい、どんな用でこの旅をしているのか話してもらいたい」
「……それは言えないの」
「どう考えてもおかしな事が色々ある」
「……そう?」
「そうだ。そもそも、魔物から奪還したばかりの土地を通って行かねばならない旅程だ。普通、そんなところを旅する女はいない」
ロサミナは応えない。
「私はその中で、なるべく安全な旅路を選定した。それにもかかわらず、頻々と魔物に襲われている。しかも、今までにどこからも報告されたことのないような魔物にな」
ロサミナはまだ応えない。
針目に意識を集中しているかのようだ。
「繕い物を置け」
ロサミナはなお数針、軍衣に糸を通していたが、一箇所のつくろいを終えると、糸玉を作って糸を切った。
膝の上に軍衣を下ろす。
アンシャルはじっとロサミナを見つめた。
「それを聞いて、どうなさるの」
「旅程に影響があるかもしれない情報を、私はつかんでおかなくてはならない」
「鴉はどこからでも餌をあさる。たとえそれが屍体であっても」
ロサミナは皮肉っぽく言った。
それは、後方支援隊の下級士官を揶揄した言葉で、宮廷で言い習わされている。
アンシャルは自分の銅鴉徽章を意識しながら、ゆっくりと言った。
「おまえは宮廷の人間なのだな」
「聡いのね」
「そうなのだろう?」
「……そうよ」
諦めたようにロサミナは応えた。
「どういう使命を帯びているのか、話してもらいたい」
「どうしても話せないと言ったら?」
「おまえを最も近くに駐屯している隊まで送り、あとはその隊に任せる事を考えている。あるいは……宮廷へ送り返すか」
ロサミナが唇を噛むのが見えた。