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ロサミナ、おまえの使命はなんだ?

 銃剣を振り回し、短銃を撃ち、そうはいっても、だんだんと魔物の群は近づいてくる。本来こういうのを留めるには、せめて一小隊いないとムリなんだ。

 まあ、俺の受けた任務は、ロサミナとアンシャルを守れという事だ。ならば、ここは俺が食い止めておくしかない。なんなら、俺の体を餌にしてでもな。

 残りの道中はアンシャルがロサミナを守ってやれるだろう。

 後方支援隊なんてなんぼのもんじゃと思っていたが、射撃の腕は確かなようだし。

 それに、旅路の半分は来ているはずだ。

 俺はもともと実戦部隊だから、アンシャルほど地図は頭に入ってないが、一応は士官(オフィツィア)だったんだから、それなりの情報は知っている。

 いや、自慢するつもりはない。だいたいの地図は憶えてるってだけで、詳報は知らねえからな。

 その間も魔物の数はますます増えてくるようだった。

 くそ、いったいどうなっているんだ。

 だいたい飛ぶやつってのはずるいだろう!

 今までそんな奴らはいなかったぞ。

 文句を言っても仕方がないがな。

 短銃が弾切れになっちまった。

 俺は再び剣を抜いた。但し左手でだ。

 右手の銃剣を振り回して、これ以上接近されないようにしながら、左手の剣で食いついてくるやつを払い落とす。

 こういう時は突き刺したらだめだ。

 すぐに次のやつと戦えなくなるからな。

 ……アンシャルの長銃の音がしたのはその時だった。

 おい、いったいどこから射ってやがるんだよ?

 補助の遠視鏡を使ってやがるんだろうが、たちまち三体が打ち落とされ、群が引き気味になった。

 ふん、魔物のくせに死ぬのが怖いのか?

 どうなんだっ。

 俺はその時、吼えたんだと思う。


 しばらく遠視鏡で見守っていたが、それ以上の事をするには立ち戻るしかなかった。

 だから、やむなくアンシャルはダンカーをおいて山を下りたのだ。

 麓につく前にロミナに追いつくと、不安と恐怖で青ざめた顔がアンシャルを迎え、そのまま気絶しそうな雰囲気だったので、アンシャルは焦った。

「大丈夫か?」

 がくがくとロサミナが頷く。

 どう見てもあまり大丈夫そうではない。

 アンシャルはロサミナを自分の前か後ろに載せる事を考えたが、思い直した。

 あの魔物の群が、こちらを追って来ないとも限らない。

 その時はまた、ロサミナを先に逃がさねば。

 アンシャルは唇を噛んだ。

 何もできないのか?

 こんな気持ちを、原隊の部下に抱いたことはない。

 勿論、こんな命懸けの任務についたのも初めてだったが。

 ロサミナの騾馬に馬をよせ、ロサミナの様子に気を遣いながらも、後ろが気になって仕方がなかった。

 魔物の群が追いついてこないか。

 いや、できることなら、ダンカーが追いついてこないだろうか。

 けれども、ついに山道を下りきり、山向こうの商会の支店にたどりついた時も、アンシャルとロサミナはふたりきりだった。

「いったいどうしたんですか! ずぶ濡れで、おまけにおふたりとも……真っ青じゃないですか!」

 出迎えてくれた商会の者が驚愕して言った。

「山頂近くで魔物の群に襲われたんだ」

「なんですって。もう十年以上、ここらは安全だったんですよ」

「そうなのだろうな。それは疑わない。だが事情が少し変わったのかもしれない」

「……しれないって……」

「この状況が、地域に因るものか、あるいは……私たちに原因があるのかはまだわからないからだ」

 アンシャルは、ちらりとロサミナを見た。

 この女はなぜ、前線に近い地域をひとり旅しようとしているのだろう。そして聖咒兵団はなぜ自分とダンカーをこの女につけたのだろう?

 どす黒い疑いが胸のなかに湧き起こってくるのを、アンシャルは抑えられなかった。

 自分が上官にうとまれていたのは知っている。

 そしてダンカーは降等されたばかりだ。

 それも、銀狼佐ジルバボルゲンノベールという地位から一兵卒(ゾルダル)まで。こんな降等は滅多にあるものではない……。

 あとで落ち着いたらロサミナには問いたださねばならない事がある。

「その女を休ませてやってくれ。私は来た道を戻る」

「えっ。そんな? 危ないのでは」

「部下をひとり、置いて来ているんだ」

 商会の者が息を飲んだ。

 アンシャルは黙って馬首を返した。


 雨は次第にあがりつつあった。

 雨勢が弱まり、馬蹄がはねかえす水や泥も少なくなった。

 アンシャルは馬を山道に入れると、来た道を戻り始めた。

 馬上のまま長銃に弾を込め直す。

 馬はいかにも気が進まないというように頭を下げ、しきりに耳を動かしている。

 尾も揺らしているようだ。

 山道は左右から藪や木々が枝をのばしていたり、頭上を覆っていたりして、何かの拍子に、貯まった雨水がざあっと落ちてくる。

 アンシャルはかまわなかった。

 一歩一歩、山頂へと向かっていく。

 やがて、前方から人影が近づいてきた。

 頭上の枝が揺れ、陽光が射し込んだ瞬間、人影の顔を照らし出した。

 アンシャルは目をみひらいた。

 血や得体の知れぬものに汚れてぼろぼろになってはいたが、それは……

「ダンカー!」

 アンシャルが馬を急がせて近寄ると、ダンカーはにやりと笑った。

「なんだ。ひどい顔をしてるじゃないか。真っ青だ」

 どれだけ心配したと思っているのだ!

 そう言いかけてアンシャルは言葉に詰まった。

 ダンカーは自分とロサミナを逃がしてくれたのだ。

 そのために死んでいたかもしれない。

「……ばかもん」

 アンシャルは自分の声が、驚くほど静かなのに驚きながら、続けた。

「貴様は今晩、飯抜きだ」

「勘弁してくれよ」

 ダンカーがひきつった笑みを浮かべる。

 よく見れば、ダンカーの傷は明らかに食いちぎられたりしたものが含まれている。

 単純な切り傷などは数え切れない。

 アンシャルはぞっとした。

 ダンカーは、生きながら喰われるところだったのだろうか。

「俺は腹ぺこなんだよ」

「だめだ」

 アンシャルはにべもなく言った。

 晩飯だと?

 とんでもない。

 医者にかかる方が先に、決まっている。


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