雨が俺の肩を打つ
さああああああっといきなりあたりは雨音に包まれた。
それを貫き、谺していく長銃の音。
視界の隅には、銃口から青白い炎がひらめくのが見える。
法力を込めた弾を射撃する時、銃火は青白く染まるのだ。
しかし、みとれている暇はない。
みるみるうちに、魔物が迫ってくる。
ダンカーは肩に雨を感じながら、自分も小銃を上げた。
がんっ。
引き金を絞ると頼もしい反動が肩にくる。
少し銃口がぶれる。
馬上からだと完璧に保持するのは難しい。
なのに、先ほどちらっと見たアンシャルの射撃は、あの長銃だというのに銃口が全くぶれていなかった。
さすがだ。
射撃大会入賞はだてじゃないようだ。
その点、ダンカーの場合、戦場でだいぶ癖がついている。
迫ってくる魔物の体に、雨が弾けているのが見えるようだった。
がんっ がんっ がんっ
流し打ちした弾は、百発百中とは言えない。
だが、ゆっくり狙って撃っていたら群は迎え撃てない。
もうあと五分もしないうちに奴らは……。
「先に行けっ」
「ならばおまえも来るんだっ」
「誰があれを食い止めるんだ、全員襲われるぞ」
「ダンカーっ」
「うるせえっ」
ロサミナをひとりで行かせるのか?
雨音にまぎれて、馬蹄の響きが遠ざかっていくのが聞こえてくる。
操作棹を引くと、薬莢が排出され、雨に濡れてじゅっと音をたてた。
白い煙が一筋たなびく。
俺は矢継ぎ早に弾を込めては撃った。
何度でも言うが、精確に狙ってはいない。
だいたいあたりゃいいんだ。
だからこそ聖咒兵団では三点射というのを教えるんだよ。
わかるか?
腰に巻き付けた弾帯から、すぐ手の届くところに挿しておいた弾をあらかた使い尽くす頃には、もう間近に魔物の群が迫っている。
全く。空飛ぶ魔物とはな。
大きさは幸い大した大きさじゃあない。
せいぜい、梟というところだろう。
だが、鬱陶しい。
小銃を背に回すと、肩と背筋が焼けた。
小銃の銃身が熱せられているせいだ。
でもまあ、軍衣のおかげで火傷はせずにすむ。
俺は左手で短銃を構え、右手には剣を抜いた。
来たっ!
正直言うと、生き延びられる確率はえらく低い。
ぱっと俺の頬が熱くなった。
血が飛沫いた。
頸動脈は守ったが、頬にはもらっちまった。
魔物はナイフみたいな鈎爪の他、蝙蝠みたいに翼の……いや、飛行用の被膜だな。その先端に禍々しい爪のついた指をもっているようだ。
なんとも言えない、厭な臭いが漂ってくる。
吐き気がしそうだ。
畜生、目算が外れた。
剣はもう少しのところで届かない。
俺は舌打ちしながら剣を鞘に戻した。
ぱん、ぱん、ぱんっ
短銃の音は小銃に比べると頼りない。
込めた弾を一発残して射ち尽くすと、こいつも鞘に戻す。
その隙に、俺の肩に一羽が食いついた。
鈎爪で掴んで、俺の肩を食いちぎろうとする。
魔物の頭部は、近くで見ると実に集会だった。
ワニの頭を半分くらいに縮めたみたいな形だが、歯はむしろサメに近いんじゃないのか。
俺はもう一度小銃を手にとると、思いきり振り回した。
先端には銃剣をつけたままだ。
というか、このためにつけておいたのを忘れてたんだ。
咄嗟の時なんてのは、こういうもんだ。
そこで恐慌に陥らなければそれでいい。
体の他のところにも魔物が食いついてくる。
くそっ。
痛ぇ。
めちゃくちゃ痛えじゃねえかっ。
背後で連続する銃声が起こった。
アンシャルは無意識に、その数を算えていた。
制式の小銃や短銃に何発弾が込められるかは良く知っている。
そろそろ、弾が切れるだろう。
その間も、馬はほとんど尻餅をつくような形で、急坂を下っていた。
ロサミナはまだ前方にいる。
いてくれた方がいい。
それだけアンシャルと、そしてダンカーと距離があいているという事だ。
魔物との距離が離れているという事でもある。
生憎、雨で道はひどく滑りやすかった。
馬や騾馬が足を滑らさないよう祈るしかない。
アンシャルは麓をめざしながらも、いざという時はロサミナやダンカーの援護をできるような位置取りをしようと勤めていた。
しかし、慣れぬ山だ。
なかなか思うようにはいかなかった。
しかも雨は叩きつけるように降っており、視界も悪いのだ。
前よりも軽い銃声が響く。
短銃に替えたのか。
だが、魔物はまだ一体もこちらには姿を見せていない。
確かに優秀な男だ。
孤軍奮闘して、魔物の群を山頂に釘付けにしている。
もう少しアンシャルは馬を進めた。
ようやく、稜線が少し窪んで、その向こうで銃火がひらめくのが見えた。
アンシャルは迷わず長銃を肩につけた。
これは狙撃用だ。
そのため、小銃には備わっていない照準用のレンズがある。
それを除くと、小さな影が上下しているのがわかった。
魔物だ。
アンシャルは迷わず、引き金を引き絞った。