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雨とともに奴らが来る

 のどかな山道だった。

 このあたりは山地の裾の方にあたるから、山道もそれほど険しくないのだ。

 さもなければ、荷車が通れるはずもない。

 アンシャルは安堵していた。

 俗人がこれだけ馬や荷車を使って輸送にあたっているのだ。それは、危険ではない、という事を示唆している。

 そうでなければ彼らは一隊にまとまり、護衛をつけているはずだし、その護衛はしばしば聖咒兵団の小隊であるはずだ。

 上り坂なので馬の歩みもゆったりとしていて、ロサミナもおかげでものを食べたりする余裕があるようだ。

 ダンカーなどは平然と、パンの後に林檎を三個も平らげて、芯を馬にほうってやっているほどだ。

 その都度、馬は器用に空中で芯を受け止めて、噛み砕いていた。

 だいていの動物は、甘いものを好むようだが、馬は特にそうだ。麦よりも人参を、人参よりも林檎を、林檎よりも角砂糖が好きなのだ。

 しかし、山道というのは必ずしも全てが地図に記載されてはいないものだ。

 獣道や、麓の村人が山仕事のために使う小道は記されておらず、それらの道なき道が、普通の道に発展する事もあるし、逆に街道がそんな小道に縮小してしまう事もあるのだ。

 普段山歩きなどしないアンシャルは、そういう事を失念していた。

 最初は袖が触れあうほど、行き交う俗人が多かったのに、ふと気付いてみると、もはや車力の姿はなく、多少、道の上に馬借の姿がぽつりぽつりと見えるほどだ。

「そろそろ山頂だと思うか?」

「そうですな。あとちょっと。あのあたりが尾根の稜線でしょう」

 ダンカーが指さした。

 アンシャルは頷いた。

 魔物の姿はない。気配もない。

 大丈夫だろう。

 だがどうしたことだ。

 なんとなく不安な気分になってくる。

 だが、それを表に出してはいけない。

 いけない、のだが……。

 アンシャルは少しの間、目を閉じた。

 そうした心得はわかっているが、アンシャルは野戦の指揮官ではなく、そういう経験もない。

 むしろそういう経験はダンカーの方がはるかに豊富だ。

 今は兵士(ゾルダル)に降等されている身だが、ダンカーに頼る?

 いや、士官(オフィツィア)として、それはあまりに情けない話じゃないのか?

 アンシャルは思わず溜息をついた。

「やばいな。雲が出てきた」

 ダンカーの言葉で、アンシャルは我に返った。

「降りそうか」

「降る。雨宿りできるところを見つけた方が良いかもしれない」

「なら急ごう」

 ダンカーがかぶりを振る。

「ここは山道だ。急ぐのは馬が足を滑らせたりつまづいたりする原因になる」

 用心しろという事だ。

 アンシャルは硬い表情で頷いた。

 やはり、表情を隠すのは苦手だった。


 魔物との戦いはいつ頃から続いているのだろうか。

 少なくとも、奴らを押し戻すため、教会に所属する兵団が編成されるようになったのは三百年ほど前からだ。

 修道会が幾つも、武装するようになったのが始めで、聖咒兵団もまさにそういう歴史を持っている。

 魔物の出自についてはいろいろな説があった。

 ただひとつ確かなのは、奴らがどこからともなく湧いてきて、人間の住む地域をじわじわと(おか)してくるという事だ。

 彼らを滅ぼすには、法力を込めた金属の弾を叩き込むか、法力をこめた刃で貫くのが最も速い。

 肝要なのは、金属と法力の組み合わせだ。

 実際に魔物を滅ぼすのは法力なのだが、それを魔物の体に送り込む……伝道するには金属が最も効率的な霊媒なのだ。

 そうこうするうちに、さあああっと雨音がして、湿った風が吹き付けてきた。

 見ればとなりの尾根のあたりから、黒い雨雲が近づいており、雨があたかも壁のようにくっきりとした線をなしてこちらへ近づいてくるのだった。

「急ごう」

 ダンカーがまず短銃を点検し、ついで背に負っていた小銃の動作を確認した。

 先端には銃剣をつける。

 アンシャルも長銃を前に回して、操作棹を引き、きちんと卵めされているかを確認した。

 たとえ普段どれほど手入れしていたとしても、戦闘前にはこうした確認をした方がいい。

「ロサミナ。いつでも馬を走らせる用意を。峠を越えたらまっすぐ下りていけばいい。脇道には決して入らないように」

 アンシャルが注意すると、ロサミナは顔色を青くしながらも頷いた。

 両手でしっかりと手綱を握っている。

「間抜け」

 ダンカーが言った。

 勿論相手はロサミナだ。

「手綱じゃない。両膝で馬の腹をしっかり締めてろ」

 たとえ騾馬でもな。

 ロサミナは言い返さなかった。

「来たぞ!」

 ダンカーの警告に、アンシャルは思わずあたりを見回した。

 このあたりは峠近くで、あたりには何もない。そして何も見えない。

 見えない事がかえって不気味に感じられる。

 ダンカーがかすかな目配せで、雨の線をさした。

 いた!

 魔物の群が雨と一緒に接近しつつある。

「馬を早足にさせろ、まだ走らなくてもいい」

 こちらが気付いたとわかれば、魔物は一気に来襲するかもしれなかった。

「ロサミナ。先に行け。まだ走るな」

「いつ、走ったらいいの」

「俺が怒鳴ったらだ、間抜け」

 ダンカーが唸るように言った。

 ロサミナはむすっとしたが、それでもアンシャルの前に騾馬を出した。

 アンシャルは魔物を長銃で狙った。

「支持架はなくていいのか」

「必要ない」

 距離は二哩余か。狙撃なら充分いける。

 激しい炎が先端から噴き、僅かに後から発射音がする。

 かすかな衝撃波があたりに広がるのが、熱い空気として感じられる。

 肩には心地良い反動を受けてアンシャルは薄く笑った。

 続けてもう一発、そしてもう一発。

 遮るもののない山頂近くだ。

 音は遠くまで伝わっただろう。

「今だ。走れ!」

 ダンカーが怒鳴った。

 ロサミナの背がびくっと震えるのが見えた。

 けれど、ロサミナは騾馬の馬腹を蹴って、走らせ始めた。

 そして、雨の線がアンシャルたちのいるところに到達した。


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