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飯代、酒代、靴磨き代

 川沿いの町からの山越えは、かなり短縮される。

 まさか魔物に襲撃されるとは思っていなかったが、奨めに従って良かった、とアンシャルは思った。

 それに何より助かるのは、ここが軍需物資を扱う商会だという事で、どうやらアンシャルとダンカーは装備を調えてから出立する事ができそうなのだった。

 商会に隣接している食堂は、街道を通って荷物を運ぶ車力や馬借で混雑していた。

 見回すと、ダンカーは片隅に陣取って、がつがつと煮込みを頬張っている。

 どうやら兵舎で出るものとそう大差はないようで、鉢の中には芋などの根菜がごろごろとしているのが見えた。

 近づいてきた給仕に同じものを注文すると、アンシャルはダンカーの前に座った。

 それにしてもダンカーの食べ方は豪快だ。

 前階級が銀狼佐ジルバーボルゲンノベールだと聞いたからか、ダンカーの食事風景が狼のそれに見えてならない。

 よくもこれだけ詰め込めるものだ……。

 それでいて、ダンカーの体に贅肉はひとtもついていない。

「へい、お待ち」

 給仕がアンシャルの前に鉢を据えた。

 上品な店ではないから、パンは無造作に煮込みの鉢につっこまれている。

 どうやら厚切りのパンが二枚あるようで、これが片端に漬かっているように見えるくらい鉢はでかい。

 こういう店は前払いだ。

 給仕はアンシャルが卓の端に置いていた飯代を、さっとつかみ取っていった。

 アンシャルは匙を手に取りながら、静かに言った。

「ダンカー。後ほど商会の窓口で装備を受領しておけ」

「了解」

 アンシャルは薄く笑った。

 装備に小銃や弾薬が含まれるのは勿論だが、新しい軍衣も頼んである。

 ダンカーの軍衣は階級章をはぎとったせいであちこちほつれていただけでなく、ここまでの旅でかなり汚れていた。

 しかしこの機会にまともな格好をしてもらうぞ。

 アンシャル自身、商会の手代とかけあって、命中精度のいい長銃を一挺もらう事になっている。

 後ほど試し射ちをするつもりだ。

 軍馬は山道に適したやつだそうだ。

 ロサミナには騾馬をもらえるようだが、騾馬なら歩き方が静かだ。それでも藁の座布団は必要かもしれない。


 飯はうまかった。

 俺は何年も軍隊暮らしをしているおかげで、気取った飯屋よりこういう場所の方が居心地よく感じる。

 士官(オフィツィア)だったんじゃないのかって?

 冗談はよせ。

 確かにその通りだが、アンシャルみたいな後方支援とは違う。実戦部隊だ。

 士官(オフィツィア)だろうとなんだろうと、兵士(ゾルダル)と一緒に野営し、同じものを食べるのだ。

 すっかり腹がくちくなって、良い気分で商会の窓口に出向いてみると、そこで俺を待ち受けていたのは標準的な歩兵(ゾルダル)の装備一式だ。

 小銃、これはありがたい。

 弾薬もたっぷりある。

 小銃だから、銃剣もきちんとついている。

 剣以外に予備の刃物があるのは心強い事だ。

 しかし。

 汚れひとつない軍衣をみると、なんとも言えない気持ちになった。

 あ~そうか、俺、今はただの兵士(ゾルダル)なんだよな。

 軍衣の階級章を見るとそれがひしひしと感じられる。

 まあいいさ。

 肉体労働をする点では変わらない。

 変わるのは……俸給の額だ。それだけだ。

 その場で着替えさせてもらうと、商会の婢が、出立までに古い軍衣の手入れをしてくれるという。

 ありがたく頼む事にした。

 軍衣といえど、着替えを持っているかいないかはいざという時に大きいんだ。

 軍靴はそのままだが、せっかくなんで、靴磨きが店を出しているところを尋ねて、磨いてもらう事にした。

 でないと、軍衣が新品なのに軍靴は汚れているという、実にちぐはぐな事になる。

 こいつは落ち着かない。

 俺が口笛を吹きながら靴磨きのところへ向かう途中で、ロサミナが上階から下りてくるのに出くわした。

「飯ならとなりだぞ。間抜け」

「……ロサミナだったら」

 旅を始めてまだ数日だ。

 なのにロサミナはずいぶんとやつれていた。

 食べ物が喉を通らない日が続いたからだろう。

 いや、尻が痛いせいか?

「汁だけでもいいから飲んどけよ。あと食えないならパンはもらってけ」

「お弁当を頼めという事かしら」

「間抜け。違う。食糧は荷物にちゃんと入ってる。行軍中、もとい、旅の間にちょっとかじるためにもらっていけというんだ。さもなや腹におさめてけ」

 ロサミナは俺から顔をそむけると、それでも感心に、食堂へと入って行った。

 あそこにはまだアンシャルがいる。

 ロサミナの事はあんばいしてくれるだろう。

 俺は靴磨きを頼みながら、すぐ先にパン屋があるのを見つけておいた。

 持っていくならうまいパン。

 古強者はそういうところに目をつけるもんだ。

 あとは水の他に少々気付け薬になるものがほしいな。

「おい」

 俺は靴磨きに声をかけた。

 まだ少年といってもいいような、若い靴磨きだ。

「この近くに酒屋はあるか?」

「あるよ、旦那。あっちの角をまがればすぐのところにある。それがめんどくさけりゃ、食堂でも水筒に入れてくれるぜ。ただ、自前の水筒が必要だけど」

 それは酒屋でも同じだろう。

「ありがとよ」

 俺は靴磨き代をはずむことにした。

 情報にだってちゃんと対価が必要だからな。


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