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俺は兵士だ、それでいい

 川下りの船は、思ったよりもずっと揺れた。

 ロサミナと名乗っている貴婦人がどういう使命を帯びているかはわからない。

(使命があると聞いたわけではないが、そうでなくてなぜこんなきなくさい場所を旅するだろう?)

 だとは言っても、女の身には辛い旅だろう。

 自分の体で支えていてやりながら、アンシャルは耳を聾するような水音が静かになったのに気付いた。

 いや、そうではない。

 水音は相変わらずだ。

 水音と同じくらいうるさく聞こえていた、機関砲の音が途絶えたのだ。

 そしてもうひとつ気付いた事は、もうひとつの群が接近してきている事だった。

「ダンカー!」

 返事がない。

 アンシャルは声を限りに再びたったひとりの部下の名を呼んだ。

「弾切れかー!」

「弾切れだ」

 返事は思わぬ近さから聞こえた。

 どうやら、ダンカーが、揺れる甲板の上を、なんとかそこまで戻ってきていたようだ。

「よし。ならば、台になれ」

「台?」

「つべこべ言わず、私の前に立て」

 ダンカーが無言でアンシャルの前に立ちはだかった。

 実戦部隊の男らしい逞しい体だ。

 上背があるというのではない。

 がっちりとしているのだ。

 まさに好都合だ。

 アンシャルは間にロサミナをはさみつつ、短銃の銃身をダンカーの肩に載せた。

 小銃ではあるまいし、普通なら意味のない方法だ。

 けれど、前後左右に揺れ続ける船の上ならば効果的だ。

 ダンカーの肩のおかげで、銃口が揺れる事はない。

 アンシャルは焦ることなく、接近してくる魔物に狙いを定めた。

 船が揺れるだけではない。

 絶え間なく吹く風が、魔物の体を揺らしている。

 川の上は、風向きも一定しないのだ。

 ぱっとロサミナの髪が風に散り、白い手がそれを抑えた。

 照星に魔物の醜怪な姿が重なる。

 蝙蝠に似ているが、それとも違う。

 頭はもっと大きく、古代の蜥蜴にも少し似ていた。

 ただ射っては銃弾が魔物の体に突き刺さらないという事はもうわかっている。

 しかし、こいつらは飛んでいる時に限り、時々大きく口を開けた。

 もしかすると、そうしなければ息が継げないのかもしれない。

 ただ、群に属する魔物は、一体が口を開けると他の奴もほぼ一緒に口を開けるのだ。

 だから、引きつけておいて一気に片付けねばならないのだ。

 アンシャルは恐怖に耐えた。

 いつ、あの不気味な射撃を魔物が行うかわからない。

 口を開けた!

 今だ。

 乾いた銃声が響き、立て続けに三つの薬莢が弾き出された。

 水飛沫があたると、しゅうっと音がする。

 そして甲板に薬莢が落ちる澄んだ音。

「おい、もうひと群来るぞ」

「まだ四発残っている」

 それだけあれば充分だ。

 アンシャルは再び息を詰めた。


 川の流れがようやくゆるやかになり、町が見えてきた時には、アンシャルも疲れ果てていた。

 自分の短銃に装填していた弾が七発。

 ダンカーの銃に七発。

 今やどちらの銃の弾倉も空だ。

 アンシャルは一度、肩で息をつくと、銃身を握ってダンカーに短銃を差し出した。

 まだ銃身は熱い。

 持てないほどではないが、長く握っていたくない熱さだ。

「返すぞ」

 ダンカーはだまって受け取り、銃を鞘に納めた。

「凄い腕前だ」

「昨年の射撃退会では銀賞だった」

 すげえな、とダンカーがつぶやく。

 今なら聞けるだろうか。

「なあ。元の階級は何だったんだ?」

「え? ああ。そんなのどうでもいい事だ。それよりロサミナを放っておいていいのか?」

 船は繋留されて、今はおだやかな揺れ方をしているが、激しい川下りと魔物との交戦に参ってしまったのだろう。

 ロサミナは甲板にへたりこんでいた。

「ダンカー」

 アンシャルは声に力を込めた。

 まっすぐダンカーの目を覗き込む。

「なんだよ」

 アンシャルはさらに、力を込めてダンカーを見つめた。

「しようがねえな……」

 ダンカーはまだぐずぐずしている。

 そんなに教えたくないのか?

 アンシャルがなおも見つめ続けると、ダンカーは溜息をついた。

銀狼佐ジルバボルゲンノベールだった」

 アンシャルは驚いて、思わず半歩下がった。

 銀狼佐ジルバボルゲンノベールだって?

 実戦部隊と支援部隊では階級の名前が違うから一概には言えないが、それはおそらく自分よりふたつほど上の階級だ。

「今の俺は兵士(ゾルダル)だ。忘れるなよ」

 照れ隠しのようににやりと笑うと、ダンカーは先に陸へ上がってしまった。

 ロサミナの面倒はあくまで自分に押しつけるつもりなのか。

 アンシャルはへたり込んでいるロサミナに近寄ると、手を差し出した。

「着いたぞ。さあ、立て」

 ロサミナが半泣きでかぶりを振る。

 気の毒だが突き合っている暇はない。

 アンシャルはロサミナの両肩をつかむと、いささか乱暴に立ち上がらせた。

「そら、立てた。立てたなら歩けるはずだ。さっさと上陸しないと置いていくぞ」

 アンシャルは二、三歩行ってから振り返った。

「かついでいこうか?」

「い、いやよ!」

「なら歩け」

 アンシャルはもう振り返らなかったが、ロサミナを肩にかついだところを想像して、思わず笑みを浮かべた。

 まるで婦女子をさらっていく傭兵だ。

 あまりに自分に似合わない。


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