事象を操る影魔
005
唯一にして有限にして無限の影魔サイミルト・フューレ・アルタイル。そう彼女は名乗ったのだった。
「はっ。何を腑抜けた顔をしておる。こんなに華奢な美女が出てきたのじゃぞ?何か感想は無いのかのう。」
いきなりの事で驚いたが美女というよりただの幼女だろ。盛ってるんじゃねえ、ってそれよりも!
「あの、そんな事よりもここはどこですか?夢見矢はどこにいるんですか。あなたは何者なんですか?」
「質問が多いのう。まあいいわい、感想は今度にでも聞くとするかの。」
とそんなことを言いながらコホンとわざとらしく咳払いをしてから
「ここは影の中じゃよ。あの廃墟とお前さんのな。」
影?どういうことだ。仮にそうだとしてもコイツは何故僕の影の中にいる。
「コイツじゃない。ちゃんとサイミルト・フューレ・アルタイルという立派な名前があるじゃろ。」
長いんだよその名前。何かあだ名みたいのがあれば、
「ミル。ミルでどうだ?」
「別に構わんがなんでミルなんじゃ?」
「サイミルトのミルの部分をとったんだ。いいだろ?」正直適当だが。で、本題だ。
「仮にここが影の中だとして夢見矢はどこに居るんだ?」そう、あの穴に飲み込まれたのなら夢見矢も居ないとおかしい。
「あの小娘は小娘自身の影の中じゃろうよ。」
なるほど、僕が僕の影の中にいる様に夢見矢も夢見矢の影の中にいるのか。
そもそも影の中って何だよ。
「そして我が何者かという質問じゃが、我は影魔じゃ。」
だからそれが分からないんだって。
「じゃあ質問を変える、影魔とは何だ。」
「そう来るだろうとは思っていたわい。影魔とは要するに悪魔じゃな。ただし、普通の悪魔とは違う。影魔はある特定の人間の影を依り代にして存在しておる。また、依り代にされた人間は自分の影が出ている状態であれば通常の身体能力の向上、さらに影魔自身の特徴的な能力を使えるようになるんじゃ。」
質問したのは僕の方だが、それにしてもコイツまるでどっかの解説王並みに話すな。石油王かよ。
「え、じゃあこの場合お前が僕の影の中に住むのか?」
「うむ、そう言う事じゃな。これから宜しく頼むぞ我が主よ。」
ミルが僕の影に存在することで僕自身の身体能力が上昇するのか…
なら僕にとってもメリットはあるわけだな。じゃあしばらくはこのままでも良いだろう。
「よし分かった。いいぜ、僕の影に住まわせてやる。依り代にでも何でもすればいいさ。」
「じゃあ、早速契約術式を展開するかの。」
契約術式?何だそれは、そんなものが必要なのか。
彼女は大きく息を吸い目を閉じながらこう述べた。
「全ての事象を操る影魔、サイミルト・フューレ・アルタイルが命ずる。かの人間と我を血と魂の結界で包み込み、時の流れの終焉を共にすることをここに誓う!」
そう彼女が告げた瞬間、僕達の足下に結界が張られた。よくゲームとかで見る感じのやつ。
そしてその結界は紅く輝き出し、同時に僕の左腕が千切れた。
「!?!?ッ」
訳がわからない。理解が追いつかない。
激しい痛みに襲われながら僕は自分の左腕があった場所を見た。
千切れた際に吹き出した血が結界に向かって吸い込まれていく、先程まで紅く輝いていた結界は今では紅を通り越して紅黒くなっていた。
「ぐああああァァァァァッッッ!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
「そう叫ぶでないわ我が主よ。大したことでは無かろう?」
大したことじゃないだと…!?
「ふざけんな…!お前、僕に何をしやがった!」
「術式を展開しただけのことじゃ、それにお前さんは死なないぞ?」
...は?コイツは何を言ってるんだ。
こんなに血が出てるのに死なない訳がない。
くそっ、たった一度の人生もっと充実したものを送りたかった…
「お前さん、我が何の影魔か忘れたのかのう?」
何の影魔か...?
ーー全ての事象を操る者。唯一にして有限にして無限の影魔。
そうだった、コイツは...ミルは仮にも全ての事象を操る影魔。ならばこの大怪我さえも治せる。つまりはそういう事だった。
「慌てるでないわ。今治してやる。」
そう言ってミルは僕の左腕があった場所に手をかざした、すると傷口から白い光が漏れ出し、徐々に腕の形状になっていく。
そして数秒後には僕の左腕が治っていた。
「どうじゃ?元通りに動くじゃろ?」
そう言われて僕は左腕を動かしてみた、確かにいつも通りに動く。
「あ、あぁ...だがそもそも何で僕の左腕が千切れたんだ?」
「術式を展開するということはそれなりの代償が必要なんじゃ。仮にも我は悪魔だしのう。今回は契約術式の代償として人間の血液が大量に必要だったのじゃ。」
...なるほど、正直許したくないがこればっかりは仕方がないだろう。
というかそんな危ない術式なら最初から言え。
「じゃが、これで契約は結ばれた。その証拠としてお前さんは事象を操る能力を使えると思うぞ?」
「いや、使い方が分からないのだけれど。」
「頭の中で念じるんじゃ、我がさっきお前さんの怪我が治れと念じたように。」
「分かったよ...。」
そう言って僕は頭の中で火の玉を連想した。
イメージが掴みずらいな、いつになったら出てくるんだ?そう思った瞬間
ボッ!という音と共に目の前に火の玉が現れた、めっちゃ小さいけど。
「メラ!」
「お前さんは何処ぞの勇者か。」
とミルに突っ込まれた。コイツ以外に世間を知っていやがる、この場合の世間とは僕の中での基準だが。
「とにかく、どうじゃ?使えたじゃろ。」
「あ、あぁ。だけどこのメラかなり小さいけど。」
「練習あるのみじゃな。まぁ能力の一部を使えるだけじゃから我の事象を操る能力とは規模が違うがの。」
でも、すげえ。もしかしたら僕はこの世界の支配者になれるのでは⁉︎ 支配者になったら何しようかなぁ。
「支配者になどなれんよ、お前さんがどれだけ頑張っても精々出来るのは骨折を治したり放火出来るぐらいの能力だけじゃ。無論、火だけとは限らんがのう。」
十分すげえよ。まぁ放火はしないが。
「じゃ、能力も確認したところで元の廃墟に戻るかの。」
ミルはそう言って手を上にかざしてドヤ顔をしながら拳を握りしめた。
その瞬間僕達を包み込んでいた暗闇はガラスを割るかのように砕け散った。