第88話 全員で
早いところ三章終わらせなければ……
「はぁ〜……なんでこう次から次へと」
遊里の話を聞いたリンは深いため息とともに思わず頭を抱えたくなった。
「そいつは何者なんだ? こちらの事を知っているところを見ると今回の一件に噛んでる可能性もあるぞ」
リンの言葉にメグミが口を開いた。
「彼は僕と同じ研究者だよ、と言っても研究しているものは違うけれどね」
そう話すメグミの眉間に皺が寄る。
まるで口にするのも嫌だと言わんばかりだ。
「君たちの話を聞いて確信したよ。 話にあった奴隷の件に彼も一枚噛んでいる、買い手としてね…」
メグミはそこで言葉を一旦区切った。
そして小さく息を吐くと躊躇いがちに続きを口にした。
「彼は……彼は魔導具の研究者だよ。 だがその研究内容は非道な物が多いんだ」
生物が持つ特殊な能力を魔導具として誰でも利用出来る様にする研究らしい。
それだけ聞くとすごい研究者なのだが、その研究方法が問題だった。
魔物の生体実験は当然ながら、時には人体実験すら平然と行うらしいのだ。
その結果、以前勤めていた王国直属の研究所を追い出された。
原因は周りの反対を押し切り行った実験の結果、被験者を死に至らしめた。
「そんな事があったにも関わらず、彼は自らの行いを正す事は無かった、にも関わらず、決して罰せられる事も無い」
「え、なんで?!」
遊里が疑問の声を上げた。
確かにそれだけ問題が多ければなんらかの罰が下っても不思議では無い。
「一つは研究過程以上に結果を出すからなんだ、死に至らしめる程の実験も、被験者の同意があれば罰する事は難しい」
非常な研究者でありながら、多くの実績で評価を受けているという事だった。
だが、今のリンにとってそんな事実はどうでもいい事だった。
「ウェインの報告に買い手が何処かの研究者って話があった。 そのカプトと言う男が買い手だとしたらやばいぞ」
まず間違いなく人体実験の材料にされる。
だが、今の状況では確証も無く動ける余裕はない。
その男が買い手で無いことを祈る事しか出来ない。
しかし、そんなリンの祈りは遊里の一言で無情にも打ち砕かれた。
「……凛、残念だけどあの男が買い手なのは間違い無いと思う」
「はぁ……遊里、今だけはお前の異能が外れる事を祈るよ」
そう口にしたが、内心は既に諦めに近い思いでいっぱいだった。
「だからリン、あの男の所へは私が行く」
「駄目だ」
リンは食い気味に遊里の言葉をはねつけた。
「なんで!? 時間が無いんでしょ? 分担した方がいいよ!」
確かに遊里の言うことはもっともだ。
だが、そうする事が出来ない理由があった。
「確かに遊里の言う通りだ。だが、遊里には他に頼みたい事がある」
カプトは明日ドールを離れると言った。
そして、イーリスとセーラに強い関心もある様だった。
だとすれば、奴がどういう行動に出るか、考えたくは無いがそういう可能性を考えなければならなかった。
「--ッ! でも、攫われた人達は--」
「分かってるッ!」
遊里の言葉はリンの叫びで遮られた。
その表情は平静を装っていたが、悔しさと怒りが滲んでいた。
「……救えるかもしれないのに、何もしないなんて私には出来ない!」
だが、遊里も決して譲ろうとはしない。
なんとしてもリンに認めさせる腹づもりだった。
「なぁ遊里、奴がセーラやイーリスを攫いにくる可能性はどのくらいだと思う?」
その質問に遊里は面食らってしまった。
てっきり言い合いになると思って構えていた事もあるが、正直今一番されたく無い質問だったからだ。
遊里は口を出かけた言葉を呑み込むと、そのまま口を噤んでしまった。
「答えたく無いか……そうだろうな、遊里の様な異能が無くたってそんな気がするんだ、まず来るだろうさ」
実際のところは分からない。
カプトが思わせぶりな事を言っただけで何もしてこない可能性だってあるはずだった。
だが、リンには一連の騒動が一本の線で繋がっている気がしてならなかった。
だとすれば、決してリン達に都合のいい展開にはならないと確信めいた予感を感じていた。
「だから、遊里にはセーラとイーリスさんを守って欲しい。 こうしている間に奴が現れてくれれば良いが、俺がここを離れている間は誰かが守らなきゃいけないんだ」
出来る事ならそんな方法は取りたく無い。
言ってしまえば、セーラやイーリスを餌に向こうからやってくるのを待つという事だ。
だが、現状最善と思えるのはこの方法しか無いとリンは考えていた。
リンは二人に深く頭を下げる。
二人を利用する事と自身の不甲斐なさを詫びることしか出来なかった。
「俺はどこか甘く考えていた、この世界に来てから何だかんだ上手くいっていたから今回も大丈夫だとタカを括っていたんだ」
ドラゴンの平原でも帝国との戦争も色々無茶をしたが、殆ど思い通りに事が運んだ。
だから油断した。
リンの頭の中はそんな思いで一杯だった。
「それは、違うんじゃ無いかな?」
それは意外なところからかけられた言葉だった。
「君が動いたからこそ、セーラやイーリスを守れるかもしれないんだ、それに攫われた人達だって今から君が助けるんだろう? 僕には出来ない事だが、君にはその力がある、そしてその力を誰かの為に使うんだ、それを誇るべきだと僕は思うよ」
メグミはいつもと変わらず優しい笑顔でそうリンに言った。
「リンさん、貴方は一つ勘違いをしているわ。 確かに貴方はたった一人で戦争を収めるほどの力があるかもしれない、けれどだからと言って何でも一人で出来る訳じゃ無いのよ? だから一人で出来ない事を恥じるべきでは無いわ」
イーリスもまた、普段と変わらない慈愛に満ちた表情でリンに優しく語りかける。
「そうだね、もし君が本気で自分が悪いと思っているなら、それこそ思い上がりだよ」
メグミは言葉こそ厳しいが、それは決して責める様な物言いでは無かった。
むしろ、どこか言い聞かせる様な、そんな言葉だった。
『私も--』
それまで、一切口を挟むことのなかったセーラまでもがリンに語りかける。
『ユーリさんに助けて貰って、今もリンさんが助けようとしてくれています』
セーラは必死に言葉を紡ぐ。
『でも、私もいつかは守られるだけじゃなくって、一緒に戦いたい。 今は戦えないけど、出来る事があるなら私も頑張りたい』
セーラの言葉にリンは衝撃を受けた。
この子は自分が狙われている事も、それを利用して敵を誘い出そうとするリンの意図も理解した上ではありそう言っているのだと分かったからだ。
「そういう事だから、何度も言う様だけど凛はもう少し周りを頼るべきだよ」
最早、リンに反論する余裕は無かった。
メグミとイーリスの純粋な優しさが、セーラの志がリンの胸に突き刺さったから--
胸の内に込み上げる何かに耐える為、リンは目を閉じた。
「リンくんの負けね」
「うるさい」
ルナの言葉に一言だけ悪態をつくと、リンは大きく息を吸ってから、たっぷり間を置いて口を開いた。
「全員でクソ野郎どもに目にもの見せてやるぞ」
リンの宣言に全員が力強く頷いた。
「うん、いい感じにまとまったところで--」
遊里が満足気に頷きながらリンに向き直ると--
「戦争を収めたってどう言う事?」
笑顔で薄っすらと青筋を浮かべる遊里に、リンは冷や汗が止まらなかった。