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memory.  作者: 卯月極夜
3/15

03

広大な大地、クルスナ大陸。

その中央にあり、最も広い土地を有しているのが“光の国”シャリオットである。


全部で九つの国にわかれ、国名より、各国の特色が通称として用いられた。例えばシャリオットは大陸の中心地でもあり、最も栄える国であるから“光の国”、アウトゲルムは火に親しみある国で、かなりの産業を火で支えていることから“炎の国”といった風に。

現在目立った国同士の戦争はないが、決して平和であるとは言えない。小さな国境付近での小競り合いは日常茶飯事で、各国それぞれが互いに侵略する機会を今か今かと待ち望んでいた。


シャリオットにおいても戦争の準備は勿論されていた。そのうちの一つ、兵士の養育を目的として設立されたのがアムスール学院である。小等部から大学院まで幅広い年代の学生が集うこの学院は学費はほぼ国負担、寮もあり設備や教師は一流という熱の入りっぷり。


身分の制限なく入学が許されるアムスール学院。

入学条件は唯一つ。


“魔法”が使えること、それだけだ。


古来人類が精霊と契約して得たとされる人智を超えた力。血を交えて結ばれた契りは当然その血によって受け継がれる。そのため扱える魔法は大体その血筋で統一されていた。転移魔法が扱える親から草木を育てる魔法を扱える子供は生まれないのである。しかし、魔法の遺伝は絶対ではない。使える能力は固定化されていてもそれが覚醒するかは運任せ。そこに法則性も明確な理由も見つけられてはいない。だから名も無き一市民の息子が突然未来を予見できる魔法に覚醒して身分の壁を駆け上って飛び越えた例や、逆に重宝されてきた魔法の家の跡継ぎが覚醒せず、没落した例などは決して珍しくない。


結局のところ、現在人類が理解しているのは“魔法は選ばれた人間に与えられた神からの祝福”であるということだけなのだ。 “祝福”を得た人間、それ即ち神に選ばれた特別な存在。そんな彼らを国が粗末に扱うはずもなく、覚醒した者は等しく明るい将来を約束された。


その第一歩として用意されたのがアムスール学院である。


さて、このアムスール学院の第一の目的は前述の通り戦争のための兵士の育成だが、魔法研究も非常に重要な目的の一つに設定されている。強力とはいえ未知のものだ。どんなしっぺ返しを食うか分からないものに頼る以上、理解を深めようとするのは当然だった。

加えて学院にはありとあらゆる種類の魔法を使える人間が在籍する。ここほど理想的な研究所もないだろう。生徒同士を戦わせて威力の違いを見たり、健康診断と称して隅々まで検査したり、とにかく様々な実験を授業と称して行えるのだから。



「…と、まぁこんなところか。学院については」

「兄様、かなり個人的主観が入っておりませんか?」

「気のせいだ、エル」



二度寝から目覚めた私はこれから向かう学院の説明を改めて兄様から受けていた。もちろんかつてはその国の民であり“祝福”を受けていた一人であるため魔法の定義も学院の意義も知っている私だが、隣国から見た学院というものも知っておいて損はなかった。下手に動いてアウトゲルムの人間でないと知られてしまっては困る。

流石一国の王子、リーフ兄様の説明は情報量が多いながらも理路整然と纏められていて分かりやすい。同時に敢えて国民には開示されなかったと思われる情報も彼は入手していたために、初耳のことも多かった。…………情報と同じくらい兄様のシャリオット及びアムスール学院批判が含まれていたことは否定しない。



「ご教授頂きありがとうございます」

「俺も確認になったしな、このくらい構わねぇよ。元はレオの説明だし」

「お前の感想以外はそのままだったな」

「全く同じだとつまらねぇだろ?」



悪びれもなく言ってのける兄様と呆れるレオ様の掛け合いにくすくすと笑いがこぼれる。そんな私を見た兄様は突然何かを思い出したかのように指を鳴らした。



「レオ、エルにあの話してもいいか?」

「……話すなと言っても話すのだろう。良いさ、姫なら」



そんな二人の会話から始まったのは、まだ限られた人間しか知らない驚愕の事実。



「弱点?」

「あぁ、近年の研究で分かったらしい。魔法は恩恵をもたらすだけじゃない、リターンにはリターンに見合ったリスクがある」

「……そのリスクまでは分からないのですか?」

「操る魔法が人それぞれなように、かかるリスクも個々で違う。全員分把握するのは流石に無理だ。おそらく今後そこに関しての研究は国にとって重要な奴から始まるだろう」



“祝福”である魔法に、弱点がある。ともすれば使用者の命に関わるリスクさえ存在するなんて情報、おそらく国民には知らされないと兄様は予想した。人々は魔法なしでは生きられない訳では無い。あるとちょっと便利程度の認識しか実際はされてないのが現実だ。リスクがあるなんて知ったら余程権力を得たい人間以外、魔法が使えることを報告して学院に入学したりはしないだろう。



「重要人物、と言いますと…まず王太子様?」

「まだ一度も発動させてないから効果も何も分かってねぇけどな、まぁ最初はあいつだろう…次が、その婚約者」



兄様が言葉を濁らせる。私に気を使ってのことだろう。その優しさは素直に嬉しいが、彼にそこまで気にかけてもらうことでもないのだ。私はもう、その過去と決別しようとしているのだから。そう伝えるように兄様に微笑みかけると、彼は少し鋭くさせていた眼光を和らげた。

ふと視線を外に向けると、そこにはもう見知った街並みが広がっている。いつの間にやらこの馬車はシャリオットの首都にまで来ていたようだ。もう目的地はすくそこである。



「レオ、俺たちは明日学院に向かう。お前は、」

「心得ている。先に学院の寮で準備をしておくさ、安心して行ってこい」

「…助かる」



私とリーフ兄様はシャリオット王家主催の晩餐会に招かれている。今日はこのまま王宮へ向かい、明日王太子らと共にアムスール学院に向かうことになっていた。残念ながら同席することが出来ないレオ様はこのままアムスール学院に行って手続きやら様々な手配をしてくれるらしい。



「姫君、心配ないとは思うが振る舞いには気をつけろよ。お前はそうでなくても注目を集めることになるからな」

「承知致しましたわ。レオ様もお気をつけて」

「…あぁ」



レオ様の忠告は、決して私が義兄と共に国を背負って国王と対面するからではない。そんなマナー云々の話で私に不安要素があるなら彼らは私を連れて行ったりはしないだろう。懸念すべきは別の一点。私が無意識のうちにシャリオットの人間として振る舞わないかどうかだった。

実はシャリオットとアウトゲルムではかなり文化が違っている。というよりこの二国の国境で大陸の文明が二分されているのだ。例えばミドルネーム、例えば主要言語、例えばお辞儀の仕方。大きな違いから細かい違いまで様々だが、違うことは明白に分かる。そこの違いを私が間違えれば私の素性を怪しまれることは当然だった。

加えて私は自らの容姿に手を加えていない。整形も変身魔法も施していないから、数年成長したとはいえ見た目はフェルミリア・アスタラーレ。他人の空似と押し切れる程度に髪型や服のデザインを敢えて変えたが、それも振る舞いで間違えれば疑いの材料にしかならない。



「安心しろ、何を言われても俺が守ってやる。お前は堂々としてればいい」

「頼りになるリーフ兄様がいれば、怖いものなどございません」



正直怖くて仕方が無い状況だけど、不思議と怖くはなかった。それはきっと、この義兄とその友がいるから。必要な知識はレオ様が教えてくれた、そして現場では兄様が共にいてくれる、それが今強い力となって私の背中を押す。


騙し抜いてみせる。祖国の人々を、友を、元婚約者を。


「お手をどうぞ、我が愛しの義妹姫」なんておどけて緊張を解そうとしてくれる兄様のエスコートで馬車を降りた。光り輝く白い王宮が目の前に広がる。大きく息を吸って、迎えの従者に微笑みかけた。

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