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「とっても楽しそうなお話をしてるんですね!」
ユリシア様と私の間に何の躊躇いもなく入ってきた彼女は、私だけを眼中に入れながら花のような笑顔を向けてくる。
「私も混ぜてくれません?」
「…アイリーン様」
「あぁ、ユリシア様は私との接触を一応は禁じられているのでしたっけ!ごめんなさい、私ったら」
台本のようにそらぞらしく、下手な役者のように大仰に、アイリーン様は頬に手を当てる。
「で、では私はこれで失礼致します」
申し訳なさそうにその場を去るユリシア様の背を見つめながら、彼女はとてもそう思っているようにはみえなかった。その瞳にはそれが当然とでも言うべき優越感の色が見え隠れしている。
一方の私はといえば、もう少しユリシア様と話していたかったと名残惜しく思いながらも気を引き締めないわけにはいかない。
「私に、何か御用でしょうか」
「やだ、エステル様もあるでしょう?私に用事」
軽やかに、歌うように、流石ヒロインと言うべき可憐な声が、一転。
「……あなた、転生者?」
敵意を含む、棘のある声へ。
「思っていたより、直球で聞いてきますね」
「__っ、じゃあ、やっぱり…?!」
「ここがゲームと同じ世界観であり、彼らが攻略キャラであると知っていて、前世の過去がある。…それを転生者と呼ぶのなら、まさしく」
「まどろっこしい言い方なんて要らないの!知ってるならどうしてゲーム通りに動いてくれないわけ?!」
「………は?」
ゲーム通りに動いたら破滅まっしぐらなのだが。
そもそも思い出したのは留学手前で、彼女らと学友だった頃は何も分かっていない。色々と過去にゲームで語られたものと齟齬があるのなら、学生生活も変わって然るべき。
けれどアイリーン様は、全く理解して下さらなかった。
「ゲームってヒロインのためにあるんでしょう?それなら私が望むように展開してもらわないと困るのよ!どんな過去だろうと都合よく上手く進めちゃえるはずじゃない!」
「…アイリーン様、それはあくまでゲームの話。ここはたとえゲームと同じでも、私や貴女同様、皆意志を持って生きているのです」
「綺麗事ばっかり言っちゃって。まぁ結果としてジークは私のものになったし?悪役令嬢も追い出せたし、他も好感度MAXだからガクトルートの条件は満たしたと思うのだけれど、どうも反応が悪いのよね…」
どうしたら分かってくれるだろう。
そう思って巡らせていた思考が、ピタリと止まった。
聞いてはいけない、聞き捨てならない言葉を聞いてしまったからだ。
「…兄様の、ルート?貴女はジークを攻略済なんじゃ…」
「あら、エステル様ってもしかして隠しルート未プレイ?まぁそうでしょうね、でなきゃあの時あんな事__」
「答えて下さい、アイリーン様!貴女の本命って、」
薄桃の髪が風になびく。
愛しい人を思い浮かべるヒロインのこの顔は見覚えがある。そう、ヒロインが恋を自覚した時の一枚絵。
なのに何故だろう。
可愛らしい笑みの中に、黒い感情が渦巻いて見えるのは。
「あったりまえでしょ。ガクト様よ」
言葉が、出なかった。
ぷつと何かが切れそうな音がする。
「知らないなら教えてあげるけど、ガクト様のルートって攻略対象全員の好感度をMAXに上げてジークの年の瀬までのイベントを全てこなさないと分岐が開かないの。あんまり時間が無い上に通常イベントが目白押しで本当に大変なんだから」
彼女が本当に苦労したと、彼らとの過去を語る。
ジークの心の支えとなるまで、アーガイルの友への嫉妬を包み込むまで、遊び人伯爵令息の孤独を見つけるまで、俺様教師の失った夢を取り戻すまで。
彼女は年の瀬のジークのイベントだけではなく、他攻略対象の全イベントもこなしていたらしい。
たった一年足らず。普通一年かけて一人の攻略対象のイベントを解放していくのに、その中で少なくとも三人は完全攻略が終わっていることになる。
出来るはずがない。
人間の感情を、それも四人も同時期に自分一人に向けて縛り付けることなど。
________まさか。
その時に、分かってしまった。
分かりたくもなかった、アイリーン様の真実を。
「_______“魅了”を、使われたのですか?」
でなければ、説明が付かない。
長年彼らと共にいた私だから分かる。彼らはいくらアイリーン様がこのゲームのスペシャリストであろうとも、そう簡単に恋に落ちたりはしない。
それぞれの立場も未来もしっかり見据えていた、この国を背負うに相応しい若者たちだったのだ。
「使えるものは使うわ、当たり前でしょ。…あっ、ガクト様には使わないわよ?やっぱり本当に愛してもらわないとね!」
利用されたのだ、この人に。
ただ、兄様と恋をするためだけに彼らの思いはねじ曲げられ、そうして私から去っていった。
私が前世の“私”を思い出したのは、つい最近のことだ。
だから、意識はエステルでありフェルミリアとして生きてきたものの方が根強い。
それ故に、近しい人たちを侮辱された激昂は、到底止められるものではなかった。
「…貴女とも婚約破棄ということになれば、ジークの立場は?そもそも王族の婚約者に堂々と求愛している他の彼らの今後はどうなるのです?」
静かに、努めて冷静を装って問いかけた言葉に、目の前の愛らしい少女は首を傾げる。
それからクスクスと、楽しそうに笑った。
「さぁ。ゲームには何とも書いてなかったから、どうにかなったんじゃない?きっと強引に追い出した悪役令嬢も、なんとか生きてるでしょ。全年齢対象だもの」
「…考えたことは無かったのですか?」
「やだ、エステル様ってゲームの裏まで考察したいタイプのゲーマー?私そういうの興味ないのよ、だって所詮ヒロインの幸せのための踏み台じゃない?」
背後から誰かの足音がしたのと、私が手を振り上げたのはほぼ同時だった。




