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結果から言えば、ユリシア様のお咎めは軽いものだった。
というのも、あの後アイリーン様が自ら自分の声掛けが良くなかったとジークに直訴したのだという。
「あのままなら遅かれ早かれスコットが試験管を落とした理由にまで調査は伸びる。万が一王太子妃を狙った何者かの工作だったら困るからな。それから遠因が王太子妃本人にあったなんて分かるより、余程良い」
「…当時発言出来なかったことも、姫が言うようにまだ話せる状況じゃなかったと見るからに分かっていたのならそこまで評判も落ちない」
「その通り。ま、結局のところ注意と反省文、それから数日の謹慎ってとこだ。以上、感想は?エル」
学年が違う兄様とレオ様から私も知らない収束の仕方を懇切丁寧に説明された食堂の一角。
ちなみに、あの日あの時ジークが実験室にやって来た理由はアイリーン様に迎えに来てと頼まれていたかららしい。どうもその後ドレス選びがあって一緒に選んで欲しかったからとか。
「…正直、お二人の情報収集の早さに言葉が出ません…」
昼食のサンドイッチを頬張りながら、それしか言えなかった。最後の情報のせいで、やや喉が詰まったような不快感を覚えてはいたけれど。
食堂でそんな会話をと思ったが、一角に他国王族の留学生が集まって話していて近寄れる人間なんてなかなかいない。事実、私たちのスペースから半径二m以内に入ってこようとする人はいない。
(バリアがあるわけでもないでしょうに…)
兄様もレオ様も必要以上に他生徒と関わりを持っていないらしいので、個人に声が掛かる可能性も低い。悲しいことに、それは私も同じことで。
そんな三人が何を話したところでこの喧騒の中では生徒のところまで聞こえることは無かった。
「姫、怪我の方はどうだ?」
「大したものでは。ほんの少し掠って赤くなった程度ですから」
「それは良かった。いくら手袋をするといっても、我らがお姫様の手に傷があるとあれば、パーティーどころではないからな」
そう、二ヶ月後に高等部全体でのパーティーがある。
最上級生が卒業後は社交界デビューも本格化するということで、その練習も兼ねたもの。
そしてその日が、私たちの留学最後の日だった。
「その頃には綺麗さっぱり治ってます、兄様。問題ありません」
「だな」
「お前と姫も服を調達しなければならない。俺が適当にアウトゲルムから送って貰ってもいいが……」
「そんなの面白くねぇから、こっちで買おうぜ。な、エル」
「……そう言うと思ったから、店は手配しておいた。次の休日は空けておいてくれ」
相変わらずのコンビネーションにくすりと笑う。
しかし、この学院でのパーティーと言えば否が応でも思い出してしまう…あの日のことを。
もう、終わってしまったことを。
「……あら、?」
ふと視界を揺らすと、見覚えのある女生徒がいた。
「…ユリシア様?」
「エステル様、あの…少しで良いのです。私にお時間を頂けませんか?」
目が合ったことで、彼女がおずおずと半径二m以内に踏み込んで来る。
特に境界線があるわけでもないのに、やたら緊張した足取りだった。
「スコットか。行っておいで、エル」
兄様を見ると、構わないと手をひらひらされる。
頷いて立ち上がり、人がいない庭へと連れ出した。
「…聞きました、謹慎なのですって?」
「あ、はい、明日から。でも、数日ですから」
ユリシア様は謹慎だというのにそこまで落ち込んだ様子はない。むしろ、実験前のどこか気の弱そうな態度が嘘のように背筋が伸びていた。
「改めて、お礼を言いたくて参りました。…エステル様、先日は私をお庇い下さり、本当にありがとうございました」
「顔を上げて下さい、ユリシア様。あの場でその発言が出来たのは私だけでした、それだけのことです」
「…いえ、いいえ。たとえそれだけのことでも、するには勇気がいることです。誰にでも出来たことではないと、思います」
彼女の認識を改めなければいけない、と思った。
つい昨日まで、頼まれたら断れなさそうな女生徒だったが、今の彼女は違う。
自らの意思を自分の言葉で話せる、芯を持った女性だ。
「…でしたら、私もお礼を言わなければ」
「え?」
「私を助けてくれたでしょう?自分のせいだと名乗り出て、私の名誉回復に努めてくれたのだから」
「そ、そんな…!私のは、その場にいた全員が分かっていた真実をお伝えしただけですから。誰にでも、出来たことです」
「……たとえ誰にでも出来ることでも、するには勇気がいることでしょう?あの場で真実を伝えられたのは、貴女だけ。…だから、ありがとう」
ユリシア様がぱちくりと瞬く。
やがておあいこね、と私が笑うと彼女もつられて微笑んだ。
あぁ、この方ならばいい関係が築けるかもしれない。
作るつもりなどなかった、友にさえ。もしかしたら。




