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memory.  作者: 卯月極夜
1/15

01



よく知っていたはずの道が、始めて通る道のように感じる。

全く馴染みのなかった道を、慣れた様子で進む。



私は今日、祖国へ“帰る”のではない。



________________“向かう”のだ。




「エステル」



耳元で囁かれた声と、自身の手に重ねられた何者かの手の温もりによって意識が戻る。未だ視界のはっきりしない目を擦りながら隣を見ると、ある男性が私を見てくすくすと笑っていた。


ガクト・リーフィル・ローザ。

“炎の国”、アウトゲルムの第一王子である。


無造作に伸ばされたブリックレッドの髪をくしゃりと押さえつける彼の仕草は洗練されており、生まれながらにして備えているそのオーラは紛れもなく王族のもの。本来なら接点がないレベルに高貴なその人は、たしかに私だけを見つめながら再び口を開いた。



「よく眠ってたな、良い夢見れたか?」

「覚えておりません…けれど、穏やかな夢ではなかった気がしますわ」



一定のリズムで揺れる馬車で一緒に揺れていたうちに寝ていたらしい。眠るつもりなどなかった私は慌てて身体を起こすが、それは彼に止められた。



「だろうな、なんてったってお前うなされてたし」

「……殿下、からかったのですか?」



言外にまだ眠っていてもいいと促されるところを見ると、目的地まではまだ距離があるのだろう。まだ寝起きで頭もはっきりしないために彼の言葉に甘えて壁にもたれると、聞き捨てならない言葉が聞こえた。



「エステル、違うぞ」

「……失礼致しました、リーフ兄様」

「それでいい。ほら、茶でもどうだ?落ち着くぞ」



私の抗議を軽く受け流してしまったこの人に、どうやらからかわれたらしい。初めから私の夢が良いものではなかったと知っていながらあの質問をよこしたというのだから性格が悪いと思うが、どうも憎むことが出来ないのは彼のその真っ直ぐな性根ゆえかもしれない。第一王子は持ち前の明るさと誰にでも分け隔てなく接する性格から国民からも慕われているのだから。

その噂に違わず私の訂正に嬉しそうに笑みを浮かべた彼はやがて何の夢を見ていたのかと問いかけてきた。その瞳には、打って変わってうなされていた私への心配がありありと浮かんでいて、大切にされているなと実感できる。


彼から渡されたお茶から上る、白くて温かい湯気を目で追いながら呟いた。その先に夢の内容が浮かぶかのように遠くを見つめながら。



「……昔の、夢です」



視線を窓の外へと向ける。

義兄からの返事はなかった。




私は別名“炎の国”とも呼ばれるアウトゲルムの唯一の王女、エステル・フィリア・ローザ。

しかしそう名乗り始めたのは数年前からだと言えば、何となく私の経歴が面倒くさいことは誰でも察しがつくと思う。

かつて私はフェルミリア・アスタラーレといい、“光の国”シャリオットでは有数の伯爵家の長女だった。先祖から受け継がれてきたとある能力を買われて伯爵家でありながら公爵家に勝るとも劣らない待遇を受ける我が家で、優しい父母の愛を受け、使用人たちにも慕われて育った。幼少期より定められた婚約者との仲も良好で、学院での成績もトップクラス、まさに令嬢の鏡と呼ばれたあの日々のことは今でも鮮明に覚えている。


誰もが私を認めてくれていた。

誰もが私を愛してくれた。


それをあの女が、あっさりと壊した。



我が国が誇る学術・魔法専門機関、アムスール学院の高等部に進学した私や婚約者、友人達の前に現れた男爵家の一人娘。


アイリーン・ノーヴェ男爵令嬢。


それが、彼女の名だ。

私が馬車の中で見た夢は、アイリーンが現れてから私がフェルミリアではなくなるまでの波乱に満ちた目まぐるしい日々だった。


この日々を回想する上で、決して忘れることできない存在がジークフリード・ロイエル、私の元婚約者だ。彼は私と将来を約束していたと同時にシャリオットの未来の国王の座を約束されている。入念に手入れされて整えられた漆黒の髪と、夜に浮かぶ月のように煌めく黄金の瞳。均衡のとれた身体にすらりとした体躯で見る者を魅了してやまなかった、通称“完全無欠の王太子”。


国の要人とされていた父親、アスタラーレ伯爵との結びつきを強固とするために私と王子の婚約は決められた。いわゆる政略結婚ではあったが、幼少期から共に過ごしていく中で私が優しい彼に惹かれていくのは当然のこと。

“ジーク” 、“フェル” と互いに愛称で呼び合う仲だったのだから、多分王子も私のことは大切にして下さっていたのだろう。私とジーク共通の友人であったレジナス公爵家の長男であるアーガイル曰く、私といる時の彼の表情は緩みきっていたらしいから。


そんなジークが、気付けばアイリーンに心奪われていた。 私が何を言っても、どんな姿をしても、腕を強く掴んでも、彼は私を一度も見なくなった。

彼の目にはアイリーンしか映ってなくて。彼女がいないと彼の瞳は自然とあの姿を探していて。


“ジーク”


私にだけ許されていた彼の愛称をあの女が口にしたその瞬間、私は認めざるを得なかった。私は、彼女に愛してやまない婚約者を奪われてしまったのだと。私とジークの十数年間はあの女と彼の数ヶ月に負けたのだと。



『フェル…お前との婚約を、解消する』



アイリーンをそばに置いて、そう凛とした声で告げた彼は私をまっすぐ見つめていて、その瞳が無性に懐かしくて。彼が久しぶりにその瞳に私を映してくれたことがただ幸せで、もうこれ以上何も望まなかった。



『…殿下の御心のままに。お幸せに、なって下さいませ』



あなたが幸せになるのなら、私がこの身を引くこともいいと思えた。それはやはり、ジークという人間を愛していたから。政略より情勢より、彼自身の気持ちを優先したかったから。



__________そう、思っていた矢先だった。

乙女ゲーム転生作品大好きです。


2018.4.25 ジークフリートの通称を王子から王太子に変更しました。

2018.5.19 アイリーンの家柄、アムスール学院の説明に今後の展開との矛盾があったため変更しました。申し訳ございません。

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