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昨日の夜、夕飯は普通においしかった。領主の館食堂にはカウンターで仕切られた隣に調理室があった。食堂に到着するとまず調理室に向かい、積み上げてある箱から缶詰を取り出し、それを熱湯でゆでること30分。まぁ、自衛隊の戦闘糧食Ⅰ型みたいな感じだった。彼女らが疲れた目をするほどひどい料理ではなかった。
問題は別にあった。今朝も同じ料理だった。次の昼も夜も、明日以降も同じ料理の予定だ。数種類ほどはバリエーションがあるが、逆に数種類のバリエーションを永遠と繰り返さなくてはならない。京藤さんたちは、この領で生活するようになってから永遠とこの戦闘糧食Ⅰ型を食べ続けてきたそうだ。すでに飽きてしまっているらしい。何としても例の街にたどり着き「おいしい料理が食べたい!」とのことだった。
そして、73式大型トラックの検証を今朝行った。検証は簡単、転移装置を起動させ73式大型トラックをバックで向こうの世界へ侵入させる。安全に脱出できるようするため、運転席だけはこちらの世界に残す。そうしてエンジンをかけたまま1時間ほど放置した。トラックは襲われることなく検証を終えた。
このことから「匂い」か「音」かどちらかはわからないが73式大型トラックにはあれら怪物を除ける効果があることが分かった。
トラックを完全に砂漠へと送り出し、転移門を閉める。転移門の操作はテントを召喚しそこにあるPCから行うことが可能だった。テントを召喚したついでに京藤さんと古井さんは召喚を経由して砂漠へ呼び出し、安全のためのフィールドを二人に付与した。3人そろって街を目指し移動を開始したのだった。
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そして現在、73式大型トラックで砂漠を走っている。 このトラックは車両前方に二輪、後方に四輪の合計六輪が装着されている。全輪駆動での走行が可能で、悪路を行くこともできる。
「マホロ、そっちは大丈夫?」
隣の助手席には京藤さんが座ってる。彼女は座席のわきに89式小銃を置き、タブレットを操作している。装備選択では偵察兵を選択していた。現在、助手席に座りながらV/SUAVを操作して周囲を警戒してくれている。ゲーム時代は運転席以外の座席では何もできなかったのだが、仕様が変わった・・・というか、現実になってしまったんだなぁ・・・と感じる。
『こちらは大丈夫です』
車両後部のカーゴスペースは幌(布)でおおわれていて、座席が車両左右の両側に中央を向く向きで設置されている。その最も後ろの位置に古井さんが座っている。ベルトスリングをかけたMP7のグリップを握りいつでも構えられるような状態を保ち、後方を警戒している。空軍のパイロットである彼女は、一応火器の取り扱いも知っているが、脱出装置に備え付けられているPDW(小型のマシンガン:*1)しか使ったことがないとのことだった。
『なんか、陸軍になった気分です』
「あはは、ごめんね、マホロ。今は動ける人員が少ないからね」
『ふふ、分かってますよ。でも、なんだか新鮮です』
「どんなふうに?」
『そうですねぇ・・・視界が違うっていうのもありますけど、いつも操縦する側なんで、誰かが運転していて自分が周囲を眺めるっていうのが。あと警戒ってことでついついモニターを探してしまう自分がいます』
「はは。モニターで確認したい何かが・・・!っと司令!10時方向距離およそ800m先で砂煙が連続して上がってる!停止して!」
何かに気づいたのか京藤さんが声を上げた。彼女の指示通り車両を停止させる。
「今からUAVを確認に向かわせる。マホロ、警戒を厳にして」
『了解』
車の真上、80mほどの高さの位置を滞空していたV/SUAVが車両真上を離れて移動していく。運転席から10時方向を眺めると砂丘があるためその先で何が起きているのかわからない。一通り周囲の地面が変に動いていないかを確認して、京藤さんのタブレットをのぞき込む。
「どう?何かわかった?」
「うーん・・・どうも人?が例の怪物に襲われて?・・・いるみたい」
「・・・?歯切れが悪いけど、何かあった?」
「これをちょっと見て」
そういって渡されたタブレットの画面を見ると、確かに戦闘が行われていた。画像は砂煙を映さないようするためだろう白黒のサーマル映像だった。
少し奇妙なことに戦闘の行われている場所から少し離れたところに8人ほど座っていた。音を出さないようにするためだろうか?その人たちはほとんど動かない。戦闘している人は6人。武装が見当たらないな・・・。座っている人たちとは逆に戦闘している人たちは激しく動き回っている。驚いたことに彼らは飛び出してくる場所がわかるようだった。彼らは走っていたかとおもうと突然左右にステップを踏む。するとその一歩先で見事に怪物が飛び出してきた。
「すごいな・・・」
「・・・えっ・・・これ見て!」
そういって彼女が指さしたところでは、不思議な光景が繰り広げられていた。先ほど同様に人が走り回っている。その人物が横に避け怪物が飛び出すと、その人物の手からゆらゆらと揺らめく熱源が発生したのだ。そしてその熱源を怪物に向かって投げている。その熱源は怪物に直撃するとはじけ散った。直撃を受けた怪物はそのまま倒れ、動かなくなった。
安定して戦闘が繰り広げられると思ったが、すぐに走っていた人たちに疲れが見え始めた。走りが悪くなり一人、怪物に足を食われてしまった。地面から伸びてきた怪物に足を噛まれそのまま持ち上げられてしまう。かなり噛みつく力が強いのか持ち上げられたのち、足がちぎれその人物は吹き飛ばされてしまう。
「まずいね・・・押されている」
「救助に向かう」
「了解」
アクセルを踏み込み73式を走らせる。隣では京藤さんが古井さんに状況を説明している。
「マホロ。10時方向で戦闘が発生していた。どうも非戦闘員を一緒に連れているらしく、あの怪物と戦闘している」
『救助に行くのですか?』
「うん。状況が悪い。戦闘員に疲れがみられて、このままだと非戦闘員まで餌食になる危険がある」
『了解です』
「あと偵察の映像から、彼らはあの怪物の飛び出す位置がわかるみたいだ。つまりこの怪物たちについて何か知っているんだと思う。助ければ情報が得られるかもしれない」
『なるほど。それは魅力的ですね』
「二人とも、そろそろ到着する。古井さん、戦闘地域は車両左側だ」
「『了解』」
京藤さんは窓を開け小銃の先を窓から出す。ルームミラーを見ると古井さんは荷台床に座り、後アオリ(荷台の後方に立っている高さ30~40cm程度の板)で体を支えながら上体を車両から乗り出していた。
最後の砂丘を乗り越えて戦闘を視認する。
「見えた!」
負傷者が2人に増えていた。左右の違いはあるが足を食われている。悲惨な状況だ。突如大きな音を立てながら現れたこちらに驚いたのだろう、彼らの顔が一様にこちらを向いて・・・
「あれ?・・・あの耳・・・?」
その頭には狐のような大きな耳が立っていた。疑問に思ったがそれを追求する時間はなかった。
こちらに注意を向けてしまったのがあだになってしまったのだろう。足を止めてしまった戦闘員の一人が足を食われて持ち上げられてしまった。
「撃てっ!」
同じものを見ていたのだろう。古井さんの号令で二人が食いついた怪物に銃弾を撃ち込む。食いつかれた人にあてないよう、怪物の頭ではなく胴体(?)の地面から出たすぐの部分を攻撃している。銃弾の当たったところから怪物の体液が噴出している。一弾倉打ち切らないうちにその怪物は倒れた。動いている車両からあてて見せたなかなかの腕前・・・。
車を戦闘地域に近づける。とはいえ先に戦闘していた人たちを刺激しない程度の距離を置き、かつ流れ弾が非戦闘員に当たらない位置で車両を止める。怪物たちは1体(先に倒されたものを含めると2体)倒されたことからか、トラックが近づいたことに気づいたからかわからないが地上に顔を出さなくなった。何も起こらないまま少し時間が経過したところで・・・
―ポーン!・・・
突然音が響いた。何事かと思って周りを見てみるがよくわからない。こんな音を立てそうなもの・・・タブレットだ。急いでタブレットを確認すると、新しいウィンドウが開き次の文章が表示されていた。
『「敵性生物の戦闘区域離脱を確認」状況終了
戦闘結果:勝利
次へ→』
(・・・?これは・・・奴らが撤退して戦闘が終わったってことか?)
次へと表示が出ているが、砂漠にはけがをした人(?)もいるのだ。確認は後にして急ぎ手当てをしなくてはならない。
「状況終了!負傷者の手当てをします」
『「了解」』
トラックを運転し負傷した人・・・人でいいよね?・・・に近づく。改めて正面から見るけど彼らの頭には一様に狐のような三角で大きめの耳がついている。最も近いところに倒れていたその人物は男性で40代ぐらいの見た目だった。左足を噛まれたのだろう、足がふくらはぎから下がなくなっている。意識はなく出血がひどい。
トラックを停車させ、降りる。倒れている男性に駆け寄ろうとすると後ろから京藤さんが来た。
「この男性はボクが、あっちの負傷者はマホロが手当てする。司令は彼らと話をつけてきて」
「了解」
「あ・・・その前にあれ出せる?治療キット」
「ん?」
「いや、今偵察兵装備だからさ。ボクはそれを呼び出せないんだ」
(いや、先の「ん?」は事情を聴きたくての疑問じゃなくて、兵科選択をしていない状態の私にそれはできるのか・・・という疑問なんだけどなぁ・・・。ええと・・・)
ゲーム時代を思い出し、バスケットボールをチェストパスするような動作をする。しかし、何も現れない・・・。
「あ、司令その動作は治療キットと弾薬箱で共通だから音声入力も一緒に行わないと」
「・・・マジで?」
「ほら、急いで」
少し恥ずかしいが、けが人がいる。我慢して先ほどと同じ動作を繰り返し・・・
「・・・ほら、こいつで自分を治療しろ」
そうするとチェストパスの動作で手が描いた軌道上に、赤い十字マークが表示された救急バッグが現れてそのまま前方へ飛ぶ。およそ1m先にきれいに着地した。
「ありがとう。あっちは任せたよ」
そういって彼女はその箱を持ち上げ、けが人のもとへ走っていった。
(ゲームの時は投げられた後地面と接触したら、そこから動かすことはできなかったはずなんだけどなぁ・・・。いや、だとしたらあの箱の中は何が入っているんだろう・・・)
気になるが、彼女に頼まれた通り非戦闘員や、けがをしていない戦闘員たちのもとへ向かう。非戦闘員の8人は・・・いや、正しくは9人だった。乳児を抱えた母親が一人いた。その9人は下は乳児から上は60代の中年までさまざまだった。皆茶色のマントを羽織り、フードをかぶっていた。戦闘員は20代半ばの女性が2人、男性が2人だった。それぞれマントを羽織り、フードは下ろしていた。マントの下の服はそれぞれ異なっているが、皆ズボンと半袖だった。
戦闘員の4人は、突然現れたこちらを警戒していた。地面に座り込んだ9人とトラックの間に、4人が陣取っている。こちらを警戒し中腰でこぶしを握り、拳闘の姿勢でこちらをにらんでいた。
「止まれっ!・・・お前たちは何者だ!」
大きな声で制止してきたのは20代半ばの女性だった。白に少し黄色が混じった髪色で長さは肩にどかない程度にそろえられている。ヨーロッパ系というより西アジア系のなかなか整った顔立ちをしている。しかし、髪は手入れできていないのかバサバサで、頬にも砂がついて汚れている。
とりあえず、制止に従い歩みを止める。ついでに両手を頭の高さまで上げて降参のポーズをとる。
「すまない。戦闘が見えたので急いで駆け付けた」
「お前たちが乗っていたあのモンスターはなんだ!」
「・・・モンスター?」
「あそこで吠えているあれだ!」
そういって彼女が指さした先には73式大型トラックが停まっていた。
(トラックを見てモンスターとは・・・こういったものを見たことがないのだろうか?)
「あれは私たちの乗り物でトラックという。生物ではなく機械・・・道具だ」
機械といって通じないかもと思い直し、道具と言い直した。
「そうか・・・うるさくてかなわない。黙らせられないのか?」
「黙らせると、先ほどの怪物が襲ってくるかもしれないが・・・いいか?」
「・・・!・・・サンドワームを除ける効果があるのか?!」
(あ、やっぱりあれはサンドワームっていうんだ)
「あぁ。確証はないが、あれに乗っているとサンドワームに襲われずに済む」
「本当かっ!?」
―ザワザワ・・・
会話を見守っていたほかの人たちがざわつく。彼らの顔を見てみると皆、疲れた顔をしている。
(今更だが、年齢もバラバラ、装備も不十分、そんな状態でこんな危険なところを集団で移動しているこの人たちは何があったんだろう?)
制止してきた女性が、少し言いにくそうな顔をして話した。
「その・・・疑ってかかってしまい、すまない。厚かましいとは思うのだが、砂漠を抜けるまで同行させてもらえないだろうか」
「あぁ。それは大丈夫だ。ただ、少し話を・・・」
この辺の地理や、街、サンドワームについてなどいろいろ話を聞かせてほしいと伝えようとしたところ、京藤さんの大声が遮った。
「司令ッ!心肺停止!AEDっ!!」
後ろを振り返ると、京藤さんは古井さんのところへ居た。古井さんは男性の体の左側に座っている。体を前かがみにし、右耳を男性の口に耳を近づけ呼吸を聞いている。そして左手は男性の左手首にそえて脈をとっている状態だった。京藤さんがこちらに向かって声を上げた後、心臓マッサージを開始した。
心停止が起こった場合、心停止発生から1分おきに7~10%救命率が低下する。約10分ほど放置されると救命率はほぼ0%となり、蘇生は絶望的となる。また10分といわずとも、心停止から3分ほどで後遺症発生のリスクがぐっと高まる。つまり後遺症のない蘇生を望むなら、心停止が発生してから(「確認されてから」でなく「発生してから」)CPR(心肺蘇生法)の処置開始まで180秒(3分)しか残っていないのだ。そして致死率や後遺症発生のリスクは心停止発生からぐんぐん増加することを考えると一切の猶予はないのだ。
「ごめん!話はまた後で!」
女性との会話を打ち切り、要救助者(負傷者)のもとへ走る。走りながら、後ろに回したウェストポーチからものを取り出す動作をする。するとそれぞれの手にAEDの電極が握られている。ゲームではこの二つの電極をすり合わせながらチャージしていた。(普通、電極同士を接触させると通電して電圧は下がりそうだが・・・)なのでゲームに倣って、電極同士をこすり合わせながら走る。
―ピピッ
どうやらチャージが完了したようだ。しかし、走りながらいろいろしたためまだ要救助者まで到着していない・・・。
(よし・・・あと8歩、7、6、5・・・・)
と到着の直前だった。石田は砂に足を取られこけてしまう。そしてその際に電極が離れて・・・
―パチン
放電してしまった。要救助者まであと50cmという至近距離まで接近しておきながら無駄撃ちしてしまったのだ。
(チクショウ!またチャージのやり直しだ!)
急いで起き上がり再びチャージを開始すると。
「ゴホゴホッ!」
「・・・脈拍戻りました!呼吸も再開しています!成功です!」
「フ―・・・ナイスファイト。司令。いい飛び込みAEDだったよ」
(・・・えぇ・・・?飛び込みAEDって何?ってか、この感じから言うとゲーム時代のようにAEDは少し離れた距離からでも効果があるってこと?)
通常AEDは要救助者の右胸の肩近くと胴体の左脇に電極を当て放電する。二つの電極の間に心臓が位置するように放電するのだ。しかし、今回は要救助者の体にすら触れてない。なのに効果を発揮したのだ・・・。
(ま・・・まぁ、結果オーライってことで)
AEDを片付け、要救助者を観察する。この人は右足を失っている。くるぶしのあたりから下が噛み千切られていた。そして、ふくらはぎあたりを止血帯で縛ってあった。そして傷口のあたりには水をかけたのだろう。血以外で地面が濡れているところがある。ここで処置できないので、砂や雑菌が入るのを防ぐため傷口にはラップがまかれている。
(すごいな・・・。きちんと処置されている。ゲームの時は治療キットの側で待機していれば自動回復していたけど、やっぱこれが普通だよね)
とそこまで考えてふと気づいた。
(いや、待てよ?さっきの感じから言うとAEDはゲームと同じような使い方・効果だった。ならこの治療キットも同じ使い方・効果が表れるものなんじゃないだろうか?試してみるか・・・?いや、治療キットは専門の技能を選択していないと一度に二つ呼び出すことはできなかったはず・・・今処置してある止血帯とかがなくなると大変だ。・・・・・・同じ治療効果を持つファーストエイドは・・・呼び出せないよな?)
と変なことを一人考えてダメもとで行動に移す。右手を下げて腰より後ろに引きアンダースローの要領で前に物を投げる動作をする。
「ほら、ファーストエイドだぞ」
すると、なぜか右手が描いた軌道にファーストエイドキットが現れて飛んでいった。
「ブフっ・・・」
「?・・・司令、何してるんだい?」
「い・・・いや、ちょっと実験をね」
「「?」」
二人に怪訝な目で見られた。ゲーム時代、FPSモードで戦場に持っていけるのはメインウェポン、サブウェポン、ガジェット2個の合計4つの装備だった。(あと特殊技能を選択できるが)そこから言うとAEDと治療キットはどちらもガジェットに分類され、この二つを取り出せたということはガジェット枠はすでに埋まっているってことだった。なのにさらに一つガジェットを取り出せてしまったのだ。
(なんでだ・・・って、いやいや、今目の前で苦しんでいる人がいて、その助けになりそうなものが呼び出せたんだ。だったら、考えるのは後にして試してみるのが先だろ)
ということで先ほど呼び出したファーストエイドキットを持ち上げて負傷者の胸のあたりに置いた。
「ちょっ、司令官!何するんですか!」
負傷者の上に物を置く・・・いや、そもそも人の上に物を置くことは無礼な行動だろう。古井さんがとがめるのも無理はない。だが、不思議なことに置いてみるとそのファーストエイドキットは負傷者に吸い込まれるように消えた。
「「「えッ?」」」
これには3人全員驚いた。
みるみるうちに負傷者の顔に生気が戻っていった。さらに驚いたことに失われた右足の部分に白い光が集まり、足の形になった。そして数秒たつと光が消えて、そこには元通りの足が存在していた・・・。
「「「えぇぇぇぇぇぇ!?」」」
*1 ざっくりというと小さくて威力のあるマシンガンです。PDWの定義はWikipediaなどご覧ください。