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それは見ていた。自らを誇示するかのように轟音を立て、羽ばたくことなく高速で飛び回る何かを。もともと目が弱いため詳しく観察することはできなかったが、それの常識をことごとく覆し飛び回る何かに心奪われてしまった。
それはこの世界の食物連鎖において頂点の階層に位置する存在だった。ゆえにそれの周辺で音を立てることは死を意味していた。たとえ地中を移動しようと、空を飛ぼうと逃れることはかなわなかった。だがそんなことは知らんと言わんばかりに、体を震わすほどの騒音を立て何かは飛んでいた。
それはアースドラゴンと呼ばれる種族の一匹だった。ブレス能力がある事や各種魔法適正&耐性が高いなどはまさにドラゴンなのだが、その見た目から最も格下のドラゴンだと考えられていた。通常の西洋型のドラゴンを想像してほしい。そのドラゴンの首を太く短くし、手足を大型化し、翼を4枚に増やしてそれを分厚くするとこのアースドラゴンの形になる。
アースドラゴンの特徴は空を飛ばないこと、地中を潜るように移動することであった。地中を移動するため目が悪く(近視)、その代わり聴覚がいい。空を飛ばないため翼はいらないように思えるが、地中を移動するときは前後の足だけでなくこの翼を利用している。そのため手足とこの四枚の翼は分厚く頑強になっており、硬い岩石が地中にあろうとお構いなしに突き進むことができる。だが同時に強度の高い翼は重たく、空を飛ぶ能力を失っていた。しかしそのデメリットを補って余りある価値がこの手足と四枚の翼にはあった。単純に地中を高速で移動できるだけでも十分な脅威だが、加えて攻撃&防御の手段としても非常に役に立っていたのだ。それらは岩盤すら砕く。そういった威力のものをたたきつけられて耐えられるものはまずいない。加えて岩盤にも負けない硬度を持つそれは、ドラゴンのブレスでさえ無傷で耐えるほどであった。
圧倒的な攻撃力、防御力、移動能力(地中限定)を持つアースドラゴンはドラゴン種の中でも最強の部類に入るのだが、ドラゴン種の中で最も格下と考えられているのには理由があった。
まず人間がそう考える理由は、最も弱いドラゴンであるワイバーンを仕留めそこなったという目撃報告が原因だった。滞空する存在への攻撃手段は魔法かブレスである。最弱とはいえドラゴン種であるワイバーンに魔法は効きにくい。このため攻撃手段にはブレスが用いられるのだが、ブレスはその性質から顔の向いている方向にしか飛ばせない。通常のドラゴンなら長い首を利用して標的を逃すことなく追尾できるのだが、アースドラゴンの首は短く追尾可能な角度が狭い。このことを利用されたのだ。
目撃された戦闘はこうだ。日光浴をしていたアースドラゴンにワイバーンがちょっかいを仕掛け戦闘になった。ワイバーンはアースドラゴンに後方から接近しブレスを放った。ブレスは日光を浴びるため大きく広げていた4枚の翼の隙間を縫って胴体に着弾する。(しかしアースドラゴンの防御力を前にワイバーンの一撃では傷一つつけられなかった。)攻撃を受けたアースドラゴンは翼で体の上側を覆い防御体制を整えつつ迎撃のために向きを変える。背後から近づいていたワイバーンはアースドラゴンの直上で水平移動から上昇移動へと行動を変え、そのまま一気に高度を上げ距離を取った。距離を取られたアースドラゴンは近視の影響もあって対象を正確にとらえられずブレスを外してしまう。数発のブレスが放たれたが、すべて当たらずワイバーンが逃げ切ることに成功し戦闘は終了した。
さてこの件からわかると思うが実は、ドラゴン種達の中でもアースドラゴンは低くみられる傾向があった。本来ドラゴンたちの間では知能と翼で格が決まる。ワイバーンがドラゴン種の中で最下位に位置するのは低い知能と、前足が変化してできた翼で飛行専用の翼ではないからだ。ゆえに前足とは別に飛行翼をもつドラゴンのほうが格上だと考えられている。そして飛行翼を持つドラゴンの中では大きさや飛行能力、翼の枚数でもって格が決まる。
アースドラゴンは四枚の翼をもち、大きさも申し分ない。さらに地中を高速で移動する際には複数の魔法を並列して発動し続ける必要があり知能も高く、魔力量はずば抜けて多い(加えてドラゴンの中であっても高い攻撃力と防御力をそろえている)。このことを知る四枚以上の翼をもつドラゴンたちには一目置かれる存在なのだ。しかし、ドラゴン種の個体数の中で四枚以上の翼をもつ個体は5%にも満たなかった。ゆえにそのことを知るドラゴンは少なく、二枚翼のドラゴンたちは飛行能力を持たないアースドラゴンをワイバーンと同程度か、それ以下の存在だと考えていたのだ。
そして空気を切り裂き轟音を上げて飛ぶそれを見つめるこの個体は、飛行能力がないことがコンプレックスになっていた。ほかのアースドラゴンたちはあきらめがついているのか、異なる種のドラゴンたちにちょっかいをかけられたり馬鹿にされてもされるがままだった。だが、この個体はあきらめていなかった。「いつか空を飛んでやる。そして見返してやる」と夢を持っていた。
地中において最も移動しやすい砂砂漠で、地中で勢いをつけて砂丘てっぺんから谷に向かって飛び出し翼を広げ落下する。そんな奇行をこの個体は繰り返していた。
今日も食事を終え飛行練習を始めようとしていたその矢先、突如として何かが現れたのだ。轟音を上げ空を飛び、飛ぶことを楽しんでいるかのように動き回るそれを見つめてやはり空を飛びたいと決意を新たにするのであった。
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目を覚ますと見慣れた布団で、いつも目にしていた白い天井があった。
(あぁ、なんということだ・・・。夢を見ていたのか・・・)
悲しい気持ちになり、布団に潜る。
(は・・・はは・・・ゲームの世界に入り込むとか・・・俺もまだまだガキだな・・・)
ふと思い出し枕元に置いてある目覚まし時計で時間を確認する。時刻は08:33。
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「寝坊したぁぁぁぁぁぁぁっ!」
勢いよく上体を起こした。すると・・・
「うわぁっ!」
「きゃっ!」
京藤さんと古井さんが体の右側で驚いてしりもちをついていた。残念。二人ともスカートじゃないんだな。
「・・・?あれ?ここは・・・玄関?」
周囲を見渡すと領主の館の玄関だった。窓から外を見ると日はすでに暮れているのか真っ暗だった。玄関内は電灯がつけられていて明るい。意識を失ったその場所から動いていないらしい。
「司令大丈夫かい?」
心配そうな顔で京藤さんが声をかけてきた。少し体を動かして確認する。かたく冷たい床の上で眠ったからか体がだるい。
「ああ、大丈夫でぇっ!?」
「!?どうしたの?」
「大丈夫ですか?」
古井さんの手にはAEDが握られていた。
「・・・古井さん、それで何するつもりだったの?」
「へ?いや、司令が倒れたってマホロから聞いたから蘇生する必要があるかなって・・・」
「・・・・・・」
そうゲームの中では倒されてから一定の時間以内ならAEDで蘇生が可能だったのだ。でも、同時に確か最大チャージで生きている相手(敵)にゼロ距離で放てば確殺のウェポンでもありましたよね?そしていま私生きてますよね?
「・・・まぁ、それは生きている相手には使わないでね」
「・・・?・・・はっ!・・・ごめん、気が動転していた」
どうやら気づいてくれたようだ。
「司令、それよりお体大丈夫なんですか?」
「えっと、少し重たいけど大丈夫だ。魔力不足で少し倒れただけだよ」
「・・・それは大丈夫なんでしょうか?」
「あー。うん。大丈夫です。寝たからだいぶ魔力?も回復したみたいだし」
「そうですか・・・。今日の調査で得られた情報を報告しようとこちらに来てみたら、玄関で倒れてたので焦りましたよ」
「ごめん。迷惑かけました」
立ち上がり肩を回す。背中が凝っているようで、腕を回すとき背中に少し張るような感覚があった。
「えっと、報告があるんですよね?」
「はい。そうですね、問題ないようでしたらこのまま会議室へよろしいですか?」
「了解。じゃあ行こうか」