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彼女らが笑っている間に印刷は終わった。現在執務室のソファに座り説明を終えたところだ。
「なるほど。じゃあ、雲はこれらの問題を解決することで解消されるんだね?」
「おそらくそうなるね」
「解消していく問題の順番ってどうします?」
「それは、食料から手を付けようかなと」
「賛成です。ではその後のことなんですが、個人的にはこの金属資源の問題を推薦します」
「なるほど。生産・修理施設が停止したままだと消耗品が心もとない・・・か」
金属資源の問題を解消して解放されるのは完全自動化工場だ。これは武器、弾薬のほか小型の機械が製造できる工場になっている。
ゲーム時代、課金せずに設置できる工場には6つの種類があった。普通と軍需の二種類に、大きさが三通りの組み合わせだ。(小型普通工場、普通工場、大型普通工場、小型軍需工場、軍需工場、大型軍需工場。)普通は民生品を製造する工場で、領民生活の質を高める事ができる。軍需は名前の通り軍事にかかわる品を専門に作る工場だ。大きさはそれぞれ製造できる製品の大きさを示している。
課金して設置する工場には4種類ある。完全自動化工場、大型完全自動化工場、完全自動化植物工場、特殊完全自動化工場だ。完全自動化工場と大型完全自動化工場は民生・軍需どちらの製品でも製造でき、この二つで小型から大型までの製品をカバーする。完全自動植物工場はその名の通り野菜類を生産する工場だ。特殊完全自動化工場は製鉄・精油・化学合成などいわゆる「B to B」製品(企業間でやり取りされる素材・部品など。一市民にとって身近な取引、企業と消費者での取引はB to Cと表現される)を製造する工場だ。
この領地には普通の工場は設置されていない。というのは無課金の工場の設置には土地以外にも制約があったためだ。工場を維持するのに一定数の領民が必要となる。領民5万人に対して一つの大型普通工場という具合だ。そして領民を増やすには時間がかかる。課金することで領民を必要としない完全自動化工場を設置したのだった。
「ちょっと待ってくれるかな?食料問題を解決すると陸軍兵舎・施設科倉庫周辺が解放される。施設科の装備は一緒に解放されるけどその他の科が装備が解放されない。遊兵を作ることになるよ」
「陸軍の武器庫・兵器庫・弾薬庫はそれぞれ異なる要因によって制約を受けています。それらをそれぞれ解放するより、製造してしまった方が早いと考えます」
「そうだけど、製造するだけじゃすまないよ。管理する必要が生じる。保管施設や整備道具までそろえることを考えると少なくない量の資源を消費してしまうよ」
京藤さんと古井さんの二人で議論が進んでいく。
(食料確保後のことか・・・。正直考えてないんだよなぁ。さっきまで異世界転移であるかどうかすら悩んでたところなのに)
そう、先の執務室の件を受けて彼女らをNPCとして扱う・・・つまりこの世界がゲームや夢であると考えることをやめた。
(現在、私はなぜかわからないけど異世界転移してしまったらしい。ここはかつてプレイした箱庭ゲームの世界だ。そして今起こっている問題は他のプレイヤーの箱庭領(世界?)との接続が断たれたことによって起こっている。・・・・・・ちょっと待てよ?そう、他領との接続が断たれたんだ。じゃあ、再び探しに行けばいいんだが・・・どうすれば探せる?ここからほかの地域への移動は・・・思い出してみるとチュートリアルで所属する王国の戦争に駆り出される時に使った転送施設があったな)
「司令官?」
考え事に集中して彼女らの会話が聞こえていなかった。一人会話に参加しない石田を不審に思ったのだろう。
「ごめん。ちょっとほかに気になることがあって、考え事してた」
「何考えてたの?」
「うーん・・・この領を出るための手段と、物資を運び込む手段。それと、ここを出た先はどんな状況にあるのだろうか・・・ってところ。これまで登録していた他領とは取引できない状態だけど、もしかして・・・って」
「「あ・・・」」
二人は驚いた顔をする。
「・・・?どうかした?」
「いや、そのことに考えが至ってなかったよ。単純に、以前と同じようにどこかと取引を開始したらいいと考えてたんだ」
「・・・私も同じくです。ということは一つ転送施設の確認。二つ転送機能の調査。三つ転送先の状況調査・・・」
古井さんが資料の裏、白紙部分にメモを取りながら情報をまとめてくれていたのだが、一度言葉が止まる。顔を輝かせながら石田の方を向き・・・
「そう!調査です!地形・戦力配置などの調査ですよね!ぜひお任せください!」
「マホロの得意分野だね」
「・・・お・・・おう。そのときはお願いします」
「とりあえずの方針も決まったし、転送施設に行ってみようか」
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転送施設は領主の館の西側に隣接している。形状は倉庫に似た形をしている。かまぼこ型の建物で、大型の扉が手前と奥の二か所に用意され、その隣には人間が出入りするための小型の出入口がある。ただ倉庫と異なり外壁はコンクリートで作られ塗装もきちんと施されている。
「転送施設の外観に異常はないな」
「そうだね。あとは内部の転送装置に異常がなければいいんだけど」
「建物の中に雲が充満してたらどうしましょう?」
「・・・さすがにそれはないと信じたいな・・・」
三人で小型の出入口に近づく。扉はオート扉になっていて、近づくと自動で開いた。内部に雲が立ち込めている様子はない。京藤さんが扉をくぐり中に入り、壁につけられたスイッチを操作し照明を点けた。
「雲で覆われてないな。よかった」
「制御コンピューターを確認してくるね」
「では転送装置の確認をします。司令はそのまま少々お待ちください」
「了解」
建物内は広大な一部屋という簡単な構造をしていた。端にコンテナハウスが設置されており、その扉に制御室とか書かれた札がかけられている。コンテナハウスは倉庫内が見渡せるようその側面には大型のガラス窓がつけられている。小型扉の脇からでも機器を操作する京藤さんが見える。中央の床は一部が金属製になっている。その床には二重に正方形が描かれている。内側の正方形は赤色のラインで外側は黄色のラインとなっている。黄色のラインで描かれた正方形の四隅には四角柱の装置が固定されている。おそらくあれが転送装置なのだろう。
古井さんが制御室からバインダーを持って出てきて、転送装置をいじりだした。転送装置の外装を開け中身をチェックしてはバインダーに何やら書き込んでいる。おそらくあのバインダーにチェック項目がのっているのだろう。
いろいろ建物内を観察していると扉脇に操作パネルがあった。そのパネルの脇には「大型扉開閉操作パネル」と札がかけてある。札の下には操作手順を指示するプレートが固定されていた。
①パネルに電源を入れ、安全を確認(カメラ映像で扉付近に人がいないことを確認)
②扉の開閉を知らせる警告装置を作動させる(オレンジのパトランプが回り、ブザーが鳴る)
③10秒ほど数える(←チョー重要!!ご安全に!)
④再び安全を確認し開閉ボタンを押す(映像を見て指さし&声出し確認!)
⑤開閉中は映像で監視(人が近づいたら緊急停止ボタン!迷うな!)
⑥完全に開閉が終わったら警告装置を止める(うるさいから、「なるはや」で)
⑦パネルの電源を切る(←節電にご協力を!)
(・・・どこの工場だよッ!・・・まぁ、大切だけどな。でもそうなるとあのヘルメットが欲しいよな)
そう、安全第一と書かれたあれだ。京藤さんがロケットランチャーを取り出したことを思い出して、ヘルメットをかぶる動作をしてみる。驚いたことにヘルメットが現れた。ヘルメットを外し手に取ってみると、書き込まれた文字は「ご安全に!」だった。
(・・・なんだろう・・・。領地管理モードではこんなもんまで再現してたんだろうか・・・?)
ヘルメットを脱ぐ動作で収納する。ふと振り向くと京藤さんがすぐそこまで来ていた。その顔はすこし笑っていた。
「うん。それを操作するときは被った方がいいけど、今それをかぶる必要はなかったね」
「あ、はい」
「制御装置、転移装置ともに問題はなかったよ。あとは実際に転送してみて異常がないかを確認しよう」
「はい。了解です」
「まずボクの工兵キットから有線式地雷除去ロボットを転送してみようと思う」
「ああ。なるほど。それなら転送先の状況も確認できるし、いいね」
「じゃあ、はじめようか」
ということでさっそく実験が始まった。