15
トラックのエンジンを止め運転席から降りる。怒鳴り声は助手席の方向からしていた。トラックの前方を回り、声のしていた方向をみる。そこにいたのは人間でも人に類する存在でもなく、なんとドラゴンだった。
「うん?お主・・・人間じゃったのか・・・!」
相手はドラゴンなので表情はわからないが、その話しぶりからはどうやら驚いているようだった。
(しかし、このドラゴンでかい・・・。全長で20m近くあるんじゃないか?体高も3~4mあるようだし・・・。サンドワームが存在する時点で、もしやとは思ったけど・・・。どうしよう・・・正面から戦うなら戦車でも持ってこなきゃ勝てる気しないぞ?でも、現状戦車は動かせないし・・・何とか穏便に済ませないとなぁ・・・)
「はっはっはっはっは。人族と会話しようとはの。フフフ、古今東西聞いたことがないのじゃ!」
つい先ほどまでトラックに対して怒っていたのが嘘のように上機嫌になった。ドラゴンは気持ちが翼と尻尾に出るのか・・・その背中についている4枚のごつい翼を小さく羽ばたかせ尾が左右に揺れていた。
「あはは・・・」
「しかし・・・そうか。ほれ、お主何か話してみるのじゃ」
「え・・・えー・・・何かですか・・・?」
「うむうむ。なんでもいい。・・・そうじゃの、お主らはなぜこんなところへ来たのじゃ?」
転移してきた先がここで・・・とは言えずやはりガパティ達に話したのと同じような話をする。
「えーと、私たちは旅してたんです。で、この砂砂漠っていうのをはじめてみたんで好奇心で入ってみたら出られなくなってしまって」
「あっはっはっは!それは災難じゃのう。しかし道もわからんのによう入る気になったのぉ」
やはり笑うと翼と尾の動きが大きくなった。
「ははは・・・はぁ。まったくあの時は何考えていたのやら・・・」
「うむ。だが、好奇心に引かれる気持ち分らんではないのじゃ」
「あれ?ドラゴンさんもそういった経験がおありで?」
少し気分が下がったのかドラゴンの動きが小さくなる。
「ああ、ある。・・・ところで、ドラゴンさんと呼ばれるのは何やら気持ち悪い。ファティじゃ」
「ファティですか?」
「あぁ。仲間からはそう呼ばれておるの」
「了解です。私はイシダです」
「おお。イシダじゃの。わかった」
「はい。よろしくお願いします。ところで、ファティさんは・・・」
「ファティ=サン?余計なものをつけるでない。ファティじゃ」
機嫌が悪くなったのか、左右に揺れていた尻尾が地面を一度たたいた。
「あ、はい!ファティはこのあたりで暮らしているんですか?」
「うむ。今はそうじゃの。わしの生まれた集団はもっと北の方の岩石地帯に暮らしておるんじゃが、少し用事があったここへきておるの」
「用事ってなんです?」
小さく動いていた翼と尾が止まる。こちらを向いていた頭が少し逸れる。
「・・・うむ。それはいいのじゃ。あまり聞くでない」
「あ、はい」
(まずい!あまり聞いちゃまずい内容?完全に機嫌を損なってしまったか!?)
内心、非常に焦っているとドラゴンが顔をトラックのほうに向けた。
「ところで、あのうるさかったあれは何なのじゃ?」
「あれですか?あれはトラックといいます」
「ほう。何やら人らが荷物を運ぶのに使う荷車に似ているようだが・・・」
「ええ。ぶっちゃけ荷車です」
「ほう?しかし、それならば引っ張る動物が見えんのぅ?もしやあの中に押し込んでおって、先ほどはそれが暴れておったのか?」
「あぁ・・・いえ・・・なんといえばいいんでしょうね・・・エンジンってご存知です?」
「なんじゃそれは?」
(まぁ、そりゃドラゴンだし。前の世界でもトカゲや蛇がエンジンを知っていたら驚きだわな・・・)
説明しよう!
気体は加熱すれば膨張する。これを1か所だけ開放されているシリンダー内で行うことにより気体は開放部に向かって膨張していく。開放部にピストンをあらかじめ用意しておき膨張する気体を受ける。ピストンが膨張する気体に押され、気体の膨張を直線運動の動力へと変換する。この動力をクランクという部品に導入することで回転運動へと変化させる。クランクで生まれた回転運動を・・・・
「うん?おーい。何かしゃべらぬか」
シリンダー内の気体を加熱するのに外部から熱を伝えるようでは効率が悪く、また膨張する速度も遅い。そのためシリンダー内に直接熱を発生させるものを導入することでこの問題を解決する。燃料はエンジンの仕様に応じて適切に選択する必要があるが、いずれの場合でも液体燃料を用いるのが一般的である。これは霧状にして気体と混ぜ合わせることで熱を効率よく・・・・
「どうした?」
(いや、そんな詳しい解説いらねーから!)
「・・・えーとエンジンはですね、力を秘めた水を流し込んでやると回転する力を生み出す装置のことです」
「ほう」
「そのエンジンで生み出された力であの車輪を回します。するとこの荷車は前方に動くという仕組みになっているのです」
「ほほぉ!荷車を引いて車輪を回すのではなく、車輪が回ることで荷車を押すのか!」
独特な理解をするドラゴンであった。少しテンションが上がったのか、翼が再び小さく動き始める。
「ええ。まぁおおむねそうです」
「ふむ。力を秘めた水・・・それはあれか?リポデーの実と関係がありそうじゃの?どうじゃ?」
(なんだそのファイトー!○ッパーツ!してしまいそうな実は)
「その、リポデーの実ってなんです?」
「うん?お主は知らんのか。リポデーの実はな、食すと体の底から力が湧いてきてな、一時的に攻撃力を高めることのできる実なのじゃ」
「・・・なるほど・・・それで『力を秘めた』に関りがあると考えたんですね」
「うむ。しかし、おぬしの口ぶりからは違っておったようじゃの」
「えぇ。そうですね。むしろあの液体を口にしたら死にますよ・・・」
「ほぉー。そんなものをエンジン?は飲んでおるのか・・・」
「あれ?・・・もしかしてエンジンって生き物だと思ったりしてます?」
「うん?・・・あぁ・・・そういえば装置だと言っておったな。そうじゃった、そうじゃった」
「えぇ。あれには生き物は入ってないですよ」
「そうか・・・。しかし、面白いものを思いつくのぉ、人間は」
「えぇ。私たちは非力なことを知ってます。だから、自分でできないことを代わりに行ってくれるものを作り出すんだと思います」
ファティの小さく動いていた翼が止まる。少し声量が小さくなる。
「・・・・・・できないから・・・他にそれを代わりにやらせる・・・」
「えぇ」
視点が石田から外れ、下を向く。ファティは何か考え込んでいるのか、しゃべらなくなった。何度か顔を上げてはまた下を向くという動作を繰り返した後、ゆっくりと頭を上げ話し出した。
「お主らは・・・いや、お主はそれでいいのか?その成したかったことは自分の力でなしたかったのではないのか?」
「うーん・・・ファティが何を想定しているのかわからないから何とも言えないんだけど・・・」
ファティを見ると翼も尻尾も動いていない。口も閉じていて話す様子もなく、その眼はまっすぐこちらを見ている。
「う~ん・・・これは私の意見だけど・・・道具を動かすのは結局自分の力だし、それは自分でできるようになったと考えていいんじゃないかな?それに複雑な・・・難しいことをなしてくれる道具は、やっぱり操作も複雑だったりする。だから逆にその道具を使えるってだけで尊敬されたりもするしね」
(航空機パイロットなんかは本当にすごいしね)
「・・・そうか・・・これは少し考える時間がいるのじゃ。ありがとう。参考になったぞ」
ファティの中で何かに一区切りついたのか再び翼が小さく動きだす。
「いえいえ、参考になれたなら幸いです」
「うむ。ところで、おぬしらは人の住む場所を目指しておるのかの?」
「ええ」
「よし。なら案内してやるのじゃ」
「え・・・」
「なんじゃ?砂漠で迷っておるのじゃろう?」
(いや、まぁ地図あるしどうにかなると思うんだけど・・・)
「え、あー・・・そうなんですけど・・・」
「あぁ、安心せい。人らには出会わぬところまでにするつもりじゃ」
「・・・」
(いや、そういうことではなく、あなたトラックうるさいって言ってたじゃん?並走したら絶対不機嫌になるって・・・)
どう穏便に断ろうかと思って悩むと、ファティは地面から生えて倒れているワームのほうを向いていった。
「それに、吾輩がおればあのワームどもも近づいてこんから安全じゃぞ?」
「・・・え・・・えーと」
「・・・なんじゃ、嫌か?」
ファティが首を縮め、動いていた翼が止まる。翼を胴体に沿わせ、キュッと体た小さくなったように見える。軽い防御姿勢?をとったみたいだ。
(はは・・・表情は読めないけど、感情が行動に出るんだな)
「あぁ。ごめんごめん。そういう意味じゃないんです。正直に聞くんですけど、トラックうるさいって言ってましたよね?案内してもらうなら並走することになると思うけど、大丈夫です?」
ファティの翼が胴体を離れ、翼と胴体の間に隙間ができる。ファティは上を見上げた。
「あー・・・その問題があったのじゃ。・・・いや、ちょっと待つのじゃ。それはおそらく吾輩の魔法で何とかできるやもしれん」
上げた頭を下げ石田に視線を向ける。
「どんなことするんですか?」
「いや、なに。吾輩が狩りをするときに使う隠密の魔法で、名は『サイレント』じゃ。ほれ、この通り大きな体をしておるからの、動くと音がたってしまうのじゃ。この魔法は効果対象の発生させる音を小さくする効果があるのじゃ」
「生物でないものを相手にかけられます?」
「わからん。吾輩たちの周りにはなかったからの。まぁ、何はともあれ試してみるのじゃ。ほれ、トラック?を鳴らしてみい」
トラックの運転席に移動すると、ファティも運転席の横まで移動してきた。運転席に乗り込みドアを閉め、窓を開ける。窓の外にはファティ・・・ドラゴンの顔がある。
(なんか「クラシック・パーク」のワンシーンみたいだな・・・そういえば、このシーンの後は食べられるシーンだったっけ?・・・・・・って待て)
「あの、今更なんだけど・・・私食べられたりしないよね?」
「・・・なんじゃ突然・・・食べるわけなかろう。お主は言葉が通じ意思疎通の測れる相手を食べようと思うのかの?」
「え・・・いえ、それは嫌ですね」
(仮にしゃべる豚とかがいて、その豚をお前は食べれるのか・・・といわれると無理だね・・・)
「じゃろう?確かにおぬしは種族が違う。じゃが、それは・・・食べた後、絶対後味悪いじゃろう?」
「なるほど。ごめん。変なこと聞ききました」
「いや、まぁいいのじゃ。それよりはよう鳴らすのじゃ」
「りょーかい」
エンジンを始動させる。
―キュルキュル、ドロドロドロドロ・・・・
「よし。ではやるぞ」
ファティの体がうっすらと青く光った。
(!おおっ!エンジン音が小さくなった!)
意識して聞いていても、5mも離れれば聞こえなくなってしまう程に小さくなった。
(これは意識していない相手に近づくなら1m程度まで近づけてしまうんじゃないか?)
「フッフッフ。どうじゃ!」
「*******!******!」(←おぉぉぉぉ!すげぇぇぇ!)
「「・・・・・・・・・」」
お互い無言のまま見つめ合う。
「お主の声も小さくなってしまっておるのぉ・・・」
「**?***???*******!?」(←あれ?なんだ???どうなってんだ!?)
「聞こえぬ。お主の声を聴こうとするとそのトラックの音に紛れてしまってようつかまんのじゃ」
「*******?!」(←[叫びながら]どうなってんの?!)
「すまぬ。とりあえず一度そのトラックを降りてみてほしいのじゃ」
ファティの指示に従いトラックを降りる。するとどういうことだろう、トラックの音が元に戻った。
「あー・・・やはりそうなったかのぉ・・・・」
「*?******?」(←何?原因分かった?)
「何を言っておるかわからぬが、大体わかる。お主が下りたとたんトラックの音が大きくなったのがなぜか聞きたいのじゃな?」
―コクコク
言葉が通じないのでうなずくことで伝える。
「まぁ、そうじゃの。またトラックに乗ってみるのじゃ。そしたらお主でもわかる」
「?」
とりあえず言われるままに運転席に戻る。すると今度はトラックのエンジン音が小さくなった。
「やはり、魔法がかかったのはおぬしらしいのぅ。以前、この魔法を使う人間に出会ったことがあるんじゃ。あ奴ら阿保でな。カチャカチャうるさい音を立てながら近づいてきたのじゃ。で、吾輩まであと少しという距離になってこの魔法をかけ始めたのじゃ。バレバレじゃってのに攻撃して来おったわ。・・・つまりなんじゃ?・・・そう、その時の奴らを思い出してみると、装備が出す音も小さくするようになっているようなのじゃ」
ものすごい魔法であった。運転席に座るものにこの魔法をかけると移動音が減少するというのだ。利用方法なんていくらでも思いついてしまう。ただ・・・
「***********?」(←コミュニケーションをとる魔法はない?)
「すまぬ。聞こえぬ。今魔法を解除するのじゃ」
今度は緑色だった。ファティの体がうっすらと光った。
―ドロドロドロ・・・
トラックのエンジン音が元に戻った。エンジンを止める。
「あーあー・・・。よし。声も戻った」
「うむ。しかし、これでは会話ができんのぉ・・・」
「ですね・・・」
「うむむむむ・・・」
運転席を出てトラックを降りる。
―ピピッ
『こちら京藤。司令、ナイチンゲールと合流できたよ』
タブレットに通信が入った。