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前回同様フェーネ視点です。
彼らはいろいろと常識外れだった。
まず彼らが乗っていた箱(?)はトラックというらしい。かつての街では動物に引かれた荷車を見かけることはあった。でも、このトラックは何か動物が引っ張っている感じはしない。いったいどういう原理で動いているんだろう・・・。
次に、彼らの治癒力が桁外れだった。かつて冒険者をしていたころに聞いた話だと、身体欠損を負った場合その治療法は二通りある。まず国に数人ほどしかいない高度な回復魔法の使い手に治療してもらうのが1つ。もう1つは超高価な回復薬を使用すること。どちらも高価すぎて庶民がそうそう簡単に実行できる方法ではなかった。そんな奇跡のような出来事を2回も目の当たりにした。それも軽い動作で、特に悩む様子もなく・・・。
さらに驚いたのが彼が作り出した天幕だった(そう見えた)。きらびやかさはなかったが、十分な広さと驚きの設備があった。そこにはいくら水を注ごうと減らない水瓶(?)が設置されていた。そしてその水瓶から出てきた水がまた驚きの効果を持っていた。なんと気力回復薬と同じ効果を持っていた。気力回復薬はとても安価なので冒険者時代お世話になった。名前の通り気力を回復させてくれる。気力(PP)は生命力(HP)や魔力(MP)とは異なるものだ。このPPが高いとHPとMPの自然回復力が高まる。PPの回復は食事や睡眠によって行われる。だから通常の水でもある程度PPは回復するのだが、この水の回復量は回復薬のそれを凌駕していた。そして驚いたことに自然回復力とは別にHP回復を感じた。まるでこの天幕内は聖域だとでもいうかのようだった。
様々な常識から外れた出来事に疑問を覚えた私は、彼が天幕の外に出るのを見つけて追いかけた。そしてさらに驚かされることとなった。天幕を出ると彼の目の前の空間がゆがんでいたのだ。何かと問うとこれは「ゲート」だと彼は何気なく答えた。ゲート・・・つまりあのゆがんだ空間はどこかに通じているのだ。その先はいったいどこなんだろう。そう思った瞬間だった。突如の美女と美少女が現れた。そのゆがんだ空間は確かにどこかに通じている。驚きの出来事にしばらく停止してしまった。ふと周りを見てみると彼らは天幕に戻っていったみたいだった。誰もいない。だから私はこっそりそのゲートをくぐってみようとした。でも、何も起こらなかった。どうやら凡俗の者では入ることができない・・・そんな場所につながっているような気がした。
少し悲しい気持ちになりながら天幕に戻るとそこでは食料が配られようとしていた。ここまでの驚きから更なる未知を期待して列に並ぶと、案の定だった。なんとみな寸分たがわない形の金属容器に入った食事だった。金属製の容器なんて・・・。金属の加工は街で見た。鍛冶師の人たちが金属をたたいて伸ばし、いろいろなものを作っていた。金属は人の手で加工するためどうしてもゆがんでしまうものだ。なのにこの容器はすべてが寸分たがわず同じに作られているし、触ってみると叩いた跡が一切わからなかった。これらのことから非常に高度な技術を持つ者が作ったに違いなかった。とするとその単価が恐ろしいものになりそうなのだが、それを人数分揃えたうえで特に気にすることなく配っている。ありえない光景だ。
さらに妹に用意された食事が驚きだった。不思議な容器に包まれた飲み物(?)のようなものだった。お願いしたら一本だけもらえた。これを飲んだ次の瞬間、私のHP・MPは全回復してしまった。これはこの世界的におかしい。HPを回復させるならHP回復薬、MPを回復させるならMP回復薬・・・といったようにそれぞれ回復させたい対象に合わせた薬を利用するのが一般的だ。一つの薬で二つの効果・・・というのは相当高価な薬や、伝説の回復薬エリクサーなどでないと得られない。でも、それほどの効果を持つものをこの人たちは食事だと言って渡したのだ。しかも妹には3つ、特に必要のない私にも1つを与えた。(さらに驚いたことにあの美女・美少女もそれぞれ3つずつ飲んでいた)
奇跡のようなことを事も無げに実行し、大勢を軽く救ってしまう。この世の常識を破る様々なものを所有し、それを惜しみなく与えられる。こんなことができる存在が果たして商人だといえるだろうか。いや、そもそも商人だと話したとき彼からはうそをつくような気配を感じた。真実の姿を隠したがっているのだろう。でも、奴隷商人のような卑劣なにおいはなかった。むしろああいうお金にがめついタイプの存在はこんなに貴重なものをたやすく与えたりはしない・・・。なら・・・。
その考えにたどり着き、驚きに目を白黒させていると、その3人は天幕を出ていった。
「ガパティ族長。あの3人について話があります」
「聞こう」
「あの3人は神か・・・それに準じる何かだと思います」
「フェーネ、お前もそう思うか・・・」
族長をはじめほかのみんなも同じような考えだったらしい。族長に話しかけたつもりだったのに周りのみんなもこちらを向いていた。そして私の話を聞いて疑問を投げかけてくる仲間は一人もいなかった。
「はい。あの不思議な箱・・・トラック・・・でしたか?・・・あれは私が知る限り人族の街でも見かけたことがありません」
「そうか」
「さらにあの尽きることなく水を吐き出すあの水瓶や、そこから出た水・・・どれも信じられないものです」
「うむ」
「そして私はあの言葉の通じない美女たちが、突如として現れるのを見ました」
「突如として?」
「はい。食事が配られる前にイシダが天幕の外に出たのです。気になってあとを追いかけたんです。天幕の外に出ると石田の前の空間がゆがんでいました。眺めているとあの2人の美女が現れたんです」
「・・・何かの魔法か?」
「転移の魔法というのは聞いたことがあります。しかし、あの魔法は大きな魔法陣と大勢の魔術師が協力することでようやく実現できると聞きました。つまりこのような環境では無理です」
「転移する魔法陣も魔術師も向こう側にいたのでは?」
「こちらに来るだけならそれでもいいと思います。でもその2人はこちらで治療をした2人です。それがこちらに現れたということは・・・一度あちらに移動する必要があります。こちらから向こうへ転移するための魔法陣も魔術師も存在しません・・・」
「なるほど・・・確かに・・・だが、なぜ正体を隠し商人・・・と・・・?」
「それは・・・わかりません・・・」
「・・・あの方々が超常の存在だというのは納得がいく・・・だがそうすると、なぜその存在をお隠しになるのだろうか・・・?」
全員が黙考し始める。そんな中においてフィルがあることに気付いた。
「・・・ティットが起きてる」
フィルの赤ちゃんは名前をティットという。男の子だ。
フィルのほうを向くと確かに先ほどまでぐったりしていたティッツが今は腕を前に伸ばし、グニグニと動かしていた。
「あ・・・!」
さらに小さくフィルは声を上げ、自身の胸をつついた。
「出るようになってる・・・っ!」
そういってフィルはティットを抱えて天幕の隅に移動しこちらに背を向ける。あの娘はティットに母乳を与えようとしている。急いで彼女のもとにかけつけ、私が着ている外套を脱いで広げ男の視線を遮った。
ティッツはお腹がすいたと泣いていたわけじゃない。だから飲むのか疑問だったけど杞憂だった。
「・・・グス・・・よかったぁ・・・」
「うん。よかった・・・よかったね・・・これで一安心ね」
息子を抱きながらフィルは泣いた。すごく心細かったんだったんだろう。しばらく、静かな天幕にフィルの嗚咽が響き続けた。
嗚咽が小さくなってきたころ突如天幕を揺るがす大きな咆哮が鳴り響いた。慌てて天幕を飛び出すと、トラックに向かって巨大なアースドラゴンが吠えていた。
最悪だ。冒険者だったころ何度かワイバーンの狩りを手伝った。ドラゴン種の中で最も弱いとされるワイバーンだがそれでも1体に対して10人がかりでようやく勝利できるかできないか・・・という相手だった。
同行した冒険者が教えてくれたがドラゴンは肢の数で強さが決まるのだと。ワイバーンは2枚の羽と後ろ足2本で4肢と数える。これに対し上位のドラゴンは2枚の羽と足4本で6肢だ。6肢のドラゴンともなるとその討伐は国を挙げての大事で、かつては軍隊を投入し敗北したという事件もあったのだそうだ。
では目の前のドラゴンは・・・というと、前足と後ろ足がきちんと存在し、さらに羽は2対で計4枚も存在している。つまり8肢のドラゴンだ・・・。大きさもトラックの倍はある。軍隊を投入したところで勝ち目すらないだろう・・・。
「あ・・・あぁ・・・」
あまりの絶望感に、足の力が抜け尻もちをついてしまう。
呆然と眺めていると、ドラゴンの咆哮が少しやわらぐ。トラックの荷台からイシダが飛び降りてきた。透明な板がつけられた場所へと移動して何か操作をしている。するとトラックが鳴くのをやめた。
この日私たちはさらなる奇跡を目の当たりにした。
――イシダがドラゴンと交渉を始めたのだった。
*追記(2018/02/15 23:53)
肢(し/てあし)は読みからわかる通り本来手足を指します。なので・・・胴体から生えたモノを数えるこの使い方は明らかな誤りなんですよね・・・。そこらへんはご愛敬ってことで堪忍!
投降後10分せずに追記したのにどなたか読んでくださったみたいで、うれしいっす!ありがとう!