1話
神は二物を与える。
硬い石床に這いつくばりながら、アイザック・パートリッジは痛感した。
体が動かない。
意思は立ち上がる気力に満ちているのだが、いくら力を入れても、腕も足もピクピクと痙攣するだけで言うことを聞かない。
せめて顔だけでもと頭上を見上げると、自分をこんな状態に追い込んだ張本人が油断なく剣を構えてこちらを睥睨していた。
「終わりか?アイザック」
ロビン・ファルセット。
新進気鋭の騎士見習いであり、家柄も考えると将来の騎士団長に最も有力視されている男だ。
一応、幼馴染でもある。
サラサラの金髪から始まり、ぱっちり二重、男ですらドキリとするような中性的で端正な容姿。
それでいて体格は細すぎず太すぎず、背も平均よりは高い。
試合が始まる前から全ての声援はロビンに向けられていた。
今も続くロビンへの黄色い悲鳴を言い訳にはできないが、あまりにもアウェイ感ありすぎな状況に気勢を削がれたのは事実。
もっとも、観客なしでこの相手に勝てたかというと、100回やって100回負けるだろうなというのがアイザックの正直な気持ちだったが。
それほどまでにロビンとの実力差は離れていた。
試合開始からアイザックが床を舐めるまでの所要時間、およそ1秒。
冗談でもなんでもなく、ただの一撃でアイザックは瞬殺されていた。
試合開始位置はお互いが3メートルほど離れた場所から始まる。
審判の掛け声とともに銅鑼が鳴り、いざ木剣を構えて駆け出そうとした瞬間にはすでに倒れていた。
何を言っているのかわからねーと思うが、アイザックにもよくわかっていなかった。
ロビンが消えた。
なんか衝撃があった。
なんか寝てる。
なんのことはない、凄まじい速度でロビンはアイザックとの距離を詰め、一撃のもとに叩き伏せた。
ただそれだけのことだった。
両者の間に天と地よりもかけ離れた実力差があるのは歴然だった。
「あいつ弱すぎね・・・?」
「だっさ。カエルみたい」
観客も試合のあまりのあっけなさに若干引いている。
「ま、だ、に決まって・・・!」
羞恥を原動力にして全身に力を込める。
「ワアァーン!トゥウウー!」
歓声に負けないぐらいの大音声でジャッジのカウントが始まった。
これが10カウントされるまでに立ち上がって剣を構えなければ俺の負けが決定する。
立ち上がったところで勝ち目があるのかといえば、万に一つもないだろう。しかしアイザックもこのまま負けるわけにはいかなかった。
過去に幾度もこの大会を見てきた。
何人もの剣士たちが死闘を繰り広げ、いつか自分もあの舞台に立つのだと願った場所。
剣士たちの勇猛な闘いぶりは今でも鮮明に思い起こせる。
その記憶中で、開始1秒で倒された無様な剣士はいない。
もしここで自分があっさり負ければ、歴史に名を残すことになる。
開始1秒で負けたアイザックと!
秒殺のアイザック(負)
そんな不名誉な二つ名を授与される未来は何としても避けなければならない。
それに、この闘技大会は王国市民の殆どが仕事を休んでまで見にくる一大イベント。
老若男女を問わず、王国市民なら大体見ている。
そう。つまりあの人も。
あの人に無様な姿は見せられない。
アイザックは子鹿のように手足をぶるぶる震わせながら立ち上がろうともがきつつ、一瞬だけ視線を観客席の一角に向けた。
事前に仕入れた情報では、その辺りに彼女がいるはず。
ーーいた。
まだ話したことすらないが、遠くからでも一目で分かる。
有象無象の庶民の中に咲く一輪の花。
アレッタ。
愛しの君。
まるで見つけてくれと言わんばかりに目立つ長い赤毛を振り乱し、こちらに凄まじい勢いで手を振っていた。
「ロビンさまーー!!!!!!!!こっち向いてええええええ!!!!」
目がハートマークだ。
聞いたことがある。ロビンを熱狂的に支持する女性ばかりの集団がいると。
急速に気力が萎んでいくのを感じた。
秒殺だとか羞恥ももう大体どうでもよくなってくる。
「アイザック、こんなものじゃないだろう、お前は」
ロビンが叱咤してくる。
お前俺の何を知ってるんだよと叫びたくなるが、この金髪の貴公子との付き合いはそれなりに長いので、彼の中ではアイザックの評価は高いのかもしれない。
「ロビンさまー!!!!愛してますううううう!!!!」
「うるっせえええええ!!!!!」
「えっ!なに!?」
突然叫ぶアイザックと若干狼狽えるロビン。
色々とどうでもよくなる中で、審判のカウントが無情に響き渡っている。
「ナアアーーインッ、テンッッッ!!!」
一際大きくなる声援を浴びながら、アイザックの意識は遠のいていった。
ーー勝者、ロビン・ファルセットー!!!