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高速道路の灯りが、流れていく。
どうしようもない高速渋滞に巻き込まれ、途中でサービスエリアで何度か休憩を取りながら漸く流れが速くなってきたのは、すっかり日が暮れて夜遅くになってから。
「・・・」
振動で目が覚める。最初に目に入ったのは猫の縞模様。首筋と顔がくすぐったい。
運転手のシートを斜め下から見上げれば、運転している父の横顔が目に入る。
「音、大きかったか?」
運転しながら流れてくるラジオのニュースに耳を傾けながら、身体を起こせばハーネスとリードを身につけたままゴン太が欠伸をしながら自分の首筋から膝の上に移動して体を丸めてまた寝てしまう。
助手席で眠っていた事を思い出す。肩や腰が僅かに傷むのを我慢しながら、倒していたシートを座りやすい位置に戻した。
「大丈夫、ここどこ?」
「中央道に入ったけど、まだ当分かかるな。今夜中に着けばいいと思ってたんだが」
眠気覚ましの粒ガムをまとめて数個口に放り込みながら、大雅は欠伸をかみ殺す。
高速道路に乗る前に店に寄りおそらくは必要になるであろう物を買い揃えて後部座席に置いてある。ついでとばかりに買っていた菓子もあるにはあるが、手を出す気にはならないしそろそろ本格的に腹も減ってきたし、少し仮眠もとっておきたい。
ちらりと横目で見れば、2時間程眠っていた筈の葉月の顔にも疲労の色が見える。
中央分離帯越しに流れていく反対車線の車を見ながら、口を開いたのは娘からだった。
「ねえ、お父さん」
「ん?」
どうした?という無言の問いかけに、ややあってから葉月は口を開く。
「お母さん、なんで家出ちゃったの?」
「・・・」
「お母さん、私やお父さんの事、嫌いに・・・」
「それは違う」
声が震わす娘に、父は言い切る。
どう説明すべきか。どこまで伝えるか。
大雅はずっと考えていた。
メールと、娘が眠っている間に息子の炎景には電話でも簡単に事情は説明はした。何かを察したのか深くは聞かずにただ「母さんをよろしく」とだけ返した息子にも、申し訳なく思う。
「だって・・・」
「葉月、いろいろ事情があるけどな。風花は葉月達や俺が嫌になったわけじゃない」
「じゃあ、どうして・・・」
「だから、迎えに行くんだ。あとな・・・」
言い切った後、考え込むような表情をしている父の横顔を娘はじっと見る。
あまり悩んでいるといった様子を見せた事がないのに、珍しい。
「お前さ、ラノベってよく読んでるよな?」
「え?まぁ、読んでるけど?」
こんな時に、何を言っているんだ?と言わんばかりの娘の視線が痛い。
唐突に、こんな事を言わなければならない自分の告白も痛い。
「お母さんは、家出したんじゃない」
「・・・」
「連れて行かれたんだ」
「 はぁぁぁぁぁっ?!」
沈黙の後、非難と怒りが混ざり合った素っ頓狂な声を上げる娘に睨まれるが、今は運転中だ。
「じゃあ、なんで警察に連絡しないわけ?そりゃお父さん警察嫌いだけど、それって誘拐じゃないわけ?」
「こっちの警察にはどうしようもないんだよ。海外の警察にもどうしようもないぞ」
「だからって、何も言わないままでいいわけ?」
「仕方ないだろ、風花は元の世界の連中にだな」
「 はい?」
今度こそ、本当に娘の視線が痛い。痛いのを通り越して、可哀想なものを見るような眼差しに変化していくのが手に取るようにわかる。
「正直に言うとだな、お前をジジィのとこに預けて俺一人で行くつもりだったんだよ。何が起こるかわかったもんじゃないし、何よりお前にどんな影響が出るのかもさっぱりだしな」
「だからって、何?どういう事?ラノベがどうしてここで出てくんのよ?それ以前に元の世界とかってなに?お母さんいった何してたの?というかお父さんほんとに頭大丈夫?」
「うわ、お前酷い!」
「酷いのはお父さんじゃない!いいから、どういう事かちゃんと説明してよ!」
「わかった!わかったから!その前にだな、そこのサービスエリアに寄って飯食って・・・あ、トイレ行きたい。漏れそう・・・」
「お父さん!」
かなり誤魔化された事を読み取って怒鳴りつけられても、生理現象はどうしようもない。
車の数も随分と減った高速から車は煌々と明るいサービスエリアへと入っていった。