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(異)世界家族旅行  作者: 歩々
第一章 そして、誰もいなくなった(兄以外)
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2

「ただいまぁー。あ、ゴン太~」


 普段から施錠は絶対な掟である自宅の玄関の鍵を開けて中に入れば、リビングからニャアという鳴き声と共に扉のくぐり戸からするっと出て葉月を迎えてくれたのは、キジトラの猫であった。

 オカエリ!とでも言ってくれているのだろうか、喉を鳴らしながらすり寄る猫を彼女は抱き上げれば頬擦りする。


 今から1年前、母と共に近所のスーパーに買い物に出かけた時、駐車した車の真後ろの植え込みの中で見つけたのがこの猫だった。

 ガリガリに痩せ細りそれでも必死に助けを求めるかのように鳴き続ける仔猫を、母も自分も放っておく事ができず、買い物もそこそこに動物病院に車を飛ばしていた。

 最初は飼う事に絶対反対の意思を示していた父であるが、3歳年上の兄である炎景えんけいの口添えと母の泣きそうな顔と条件として「命名権は俺に譲れ」と言い張り、仕方なしといった様子でそれを許してくれた。

 そして弱りきった子猫はというと、すぐに持ち直しそして見事なヤンチャ坊主へと変貌を遂げた。

 結果、名前は【ゴン太】となったわけであるが、何故その名前になったのかというと関西地方の方言で悪戯好きのわんぱく小僧の事をごんたくれと呼ぶ事からという事を兄から後日教えてもらった葉月であった。

 ともあれ、暴れん坊の仔猫は無事に1歳を迎え今も元気よく跳ねまわり、母と葉月にはよく甘え兄とはつかず離れずといった距離感を保ち父とはおそらくはライバル関係となった。


「お母さん、ただいまー!」


 母がブラッシングを欠かさない艶やかな縞模様の毛皮を撫でながらリビングに向かった葉月は今朝とは少し様子が違う事に気づく。

 リビングの方向をやけに気にしていた猫は、すぐに腕からすり抜けるように飛び降りればキッチンに走り込み鳴きながら誰かを探していたが、そこには誰もいない。


「あれ?お母さん?」


 2階に向かって声をあげても、反応がない。

 エアコンがよく効いた室内に全身の汗がひいていくのを感じながら、キッチンへと向かう途中で窓から自宅の駐車場に目を向ければ父の車だけなく母のはそのままそこにあった。


「おなか減ったし」


 近所のコンビニでも出かけているのかもしれない。

 今日はお昼には戻ると母に伝えてあったし、父もどうやら出かけている様子から何か適当に買ってきてお昼をすませようという事なにかもしれず。


「そういえば、この間出たアイスおいしそうだねって言ってたっけなぁ」


 誰に言うわけでもなくそんな事を呟きながらそんな事を思いつつ、キッチンに向かえば冷蔵庫から麦茶のポットを取り出し食器棚からコップを取り出そうとした時、テーブルの上に何か置かれている事に漸く気づく。

 歩みより、手を伸ばす。

 それは、2つ折りされた1枚の白いメモ用紙であった。


「・・・」


 急遽、母も一緒にでかけたのかもしれない。   

 家じゅうを探索しても母の姿を見つけられなかったゴン太が足元に纏わりついてくるのもそのままに、手にしたメモ用紙を開く。

 何事かと読むうちに、心臓が嫌な感じにひとつ鳴る。 


「なに?どういう事?」


 そこに書かれていたのはごくごく短い文章と、母の名前のみ。

 だが内容が、葉月には最初理解できなかった。

 唖然としながらも、麦茶を飲み干しもう一度読み直す。

 そこにはこう書かれてあった。


【家の事はお願いします。】


 かなり急いで書いたのか、走り書きではあるが少し丸みを帯びた母の字と一緒に、見慣れない記号らしきものが乱雑に書かれているのだが、それに関しては何と書いてあるのかそのそもそれが何なのか全くわからない。

 それ以前に、これの意味する事が、自分には全く理解できない。


「え?なに?なんで?どういう事?!」


 ソファーに放り出していた鞄からスマートフォンを取り出すも、クラスメートからのSNSだけでメールも着信も何も入っていない。

 多少の用事であればメールなりで連絡が入ってくる筈であり、いったいどういう事なのか。


「爺ちゃん達に何かあったわけ?」


 両親の実家で何かあったのか。それでも、こんな形ではなくすぐに帰って来いも何もないのはどういう事なのかさっぱりわからない。

 それにいつもは、どんな小さな用向きでも母は連絡を欠かさない。

 こんな事は、正直初めてであり幼い頃から母は常に家にいた事から、葉月は軽く混乱していた。



 結局、着信にも留守電にもメールの1つも全く帰ってこないまま、時間だけがすぎていた。

 冷蔵庫にあった昨夜の残り物をレンジで温めなおしてから、1人味気ない食事をとる。

 いや猫はいるにはいるが、先程まで落ち着かない様子はどこへやら、今は葉月の膝で延びきっていた。

 父にメールをして行先を聞いたが、【すぐに帰る】とだけでそこから全く何の返答もない。


「まさか、お母さん・・・家出?」


 それは、ない。

 そう思いたい。

 スマホで友達との会話も全く頭に入らず、体調がよくないという理由で早々に切り上げてしまう。

 こんな時に、自分も何をしているのか。という自己嫌悪もあった。

 とにかく理由がわからないし、連絡も取れない。

 勘弁してほしいという思いに、頭を抱えていた時であった。


「あ、お父さん?」


 聞き覚えのある車のエンジン音に顔を上げる。

 駐車場に入ってきた車は、父が日本車は面白くないという理由で購入した小型の外車だ。

 居ても立っても居られずに、葉月は母の手紙?を握って玄関まで走っていた。

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