7月7日。
「今夜雨は大丈夫かな?」
夕暮れの空を見上げながら、不安そうに小さく呟く。
幼馴染の女の子は、決まってこの時期になるとこんな言葉を時々溢す。
「多少の雨でも屋台は出るから心配ないって!」
彼女が何を言いたいのか?付き合いの長い僕には大体検討はついているのだが、冗談半分でこんな答えを返してみる。
「違うの!それは確かにリンゴ飴とか綿あめとかチョコバナナとか、ね。ちょっとは気になるし食べたいけど、私が言いたいのはそういう事じゃなくって!今日は七夕だよ!?織姫と彦星が一年でたった一回だけ会う事を許された日なんだよ!?そんな日に星が出てなかったら可哀想じゃんよ!私はいまそう言う心配をしてるの!」
少し膨れっ面で怒る彼女は、とても純粋でロマンチストで。
そんな綺麗な心の幼馴染を僕には少しだけ微笑ましく思えた。
「ところでこの後の予定は?」
どうやら僕は地雷を踏んでしまったらしい。
「バカにしてるの!?無いわよそんなの!」
女心って難しいね。でもそれなら誘っても大丈夫かな?
「それなら確かめに行ってみる?織姫様と彦星様が今夜会えるか、さ。」
なんでこんな事を言ったんだろうか?幼馴染の女の子の言葉に感化されたのかな?
「実は僕も少しだけロマンチストだったりして。」
独り言をぶつくさと言いながら、キョトンとした彼女を横目に自宅のガレージから単車を引っ張り出す。
GB250クラブマン。1983年製の初期型でツインキャブ。
エンジン始動時に若干グズる時もあるが、下から上まで気持ちよくエンジンは回ってくれる。
幼馴染にヘルメットをかぶせて、タンデムシートに座らせる。
「乗っても、いいの?今までお願いしても一度も乗せてくれなかったのに。」
少し遠慮がちに尋ねる幼馴染に僕は答える。
「自動二輪免許って言うのはさ、免許取得後1年経過しないと二人乗りしちゃいけないの。で、先月で免許取得1年をめでたく迎えたからOKって訳。だから今まで意地悪して乗せなかった訳じゃなくて、乗せてあげたくても乗せられなかったんだ。と言う訳で、これが人生初の二人乗りになるわけだけど、何か質問ある?」
気が付くと遠慮がちだった顔はいつしか笑顔に変わっていた。どうやらそれ以上質問はないらしい。
僕はゆっくりとアクセルを開けると、幼馴染を乗せたクラブマンを北に向かって走らせた。
空はいつの間にか帳をおろして、辺りを深紫に染めて行く。
目的地にたどり着くと、空一面に散りばめられた星が見えた。
バイクを停めて僕らは湖の畔まで歩いて行く。
水面には波紋一つなくって、夜空の星が綺麗に浮かんで見えた。
「ねぇ、会えたかな?会えたよね?」
僕の袖を少しだけ引っ張りながら夜空の星を見あげて尋ねる。
星の光を邪魔しない様に、淡い月明かりが見える。
「会えたさ。端に浮かんでる三日月のボートに乗ってさ、天の川を見ているはずさ。」
僕の答えに安心したのか、ありがとうって言葉が小さく聞こえた気がした。
それから他愛もない話を沢山した。星座の事とかバイクの事、夏休みの予定やこれからの事。
明日明後日のお祭りの事とかも聞かれたりもした。
「あのさ、ちょっと聞きづらい事聞いてもいい?その、嫌なら無理に応えなくてもいいからさ。」
先程とは違って、歯切れが悪い。
多分だけど、本当は最初からこの質問をしたかったんだと思う。でもなかなか切り出せなかった為、大きく話は遠回りしたんだと思う。
「改まってどうしたの?らしくないね。別に質問されて困る様な事もないし、これと言って隠し事もないから、僕は構わないよ。」
そう答えると、彼女は大きく深呼吸を二つして真剣な顔で僕を見る。
「今日さ、3組の堤さんにお祭りに誘われてたでしょ。偶然見ちゃったんだ。でも、その後悪いと思ってすぐその場から立ち去ったんだよ!でもその後凄く気になっちゃって・・・。堤さんて同性から見ても結構可愛いしさ、やっぱり、その、行くの?」
幼馴染だからそう言う所気になるのかな?
まぁ、それが逆の立場だったら間違いなく気になると思うから、多分僕も同じ質問しちゃうんだろうな。
だからありのままを話す事にした。
「結果から言うと、お断りしたよ。丁寧にね。」
信じられない!って顔で僕を見る彼女。
「なんで?だって彼女可愛いじゃん!それに性格もいいのに。」
そんな事言われても知らない子に急に誘われたって、会話も弾まないだろうし、疲れるだけだと思う。
「まぁ、確かに可愛いかもしれないし、性格もいいかもしれない。でも僕は彼女の事全然知らないし、好きでもない子とお祭り行っても楽しくないでしょ?それにさ、一応これでも気になる子もいるし、その子にも周りにも変な誤解とかされたくないじゃん。」
一瞬、驚いたような顔されたけど、それについてのツッコミが入る前に彼女をバイクの後ろに乗るように促す。
時間は21時を回ったところだった。
あまり遅くなって彼女のご両親に心配かけるのもどうかと考え、街に向かって走り出す。
街に近づくにつれ、あんなに綺麗だった星空は段々と見えなくなっていく。
家に着いて空を見上げてみたけど、さっき見た満天の星空はそこになかった。
「星を見に連れてってくれてありがとう。あとバイクにも乗せて貰えて嬉しかった。じゃあね、おやすみなさい。」
ヘルメットを僕に渡すと、それ以上は何も言わず背中を向けて黙って歩き出す彼女。
僕はその手を素早くとると、彼女の歩みを止めさせる。
「僕からもさ、一つだけ聞いていいかな?明日一緒に七夕祭りに行ってくれないか?」
そう尋ねると、彼女は少し寂しそうに笑ってこう言った。
「気になる子、いるんでしょ?堤さんの事だって誤解されたくないから断ったって言ってたじゃん。それならなんで私を誘うの?私となら誤解されないから?幼馴染だからみんなからそういう目で見られないからかな?」
何だか彼女らしくない言葉と言うか、とげがあるって言うか。
まぁ、僕もこういう事は経験が殆どないから苦手なわけで。こう、スマートにうまく話せたらいいんだけど、恥ずかしい気持ちもあってうまく言葉に出来ない。
でもここでしっかり彼女に伝えないと、僕らの関係はきっと悪くなってしまうだろう。
だから勇気を振り絞っていう事にする。
「僕はね、君となら誤解を受けてもいいんだよ。周りからもね。」
僕の言葉に首を傾げる彼女。
「どういうこと?つまり私となら誤解されてもすぐにその誤解が解けるから気にする事でもないって事?」
僕も大概鈍いけど、彼女もなかなかのもんだ。
「そうじゃなくってさ、僕がさっき言った事覚えてる?僕はね、好きでもない子をお祭りなんかに誘ったりしないって言ったよね?・・・だから、つまりはそういう事だよ。」
またもキョトンとされてしまったが、変な誤解は解けたようだ。
「・・・バカじゃないの。そんなの分かる訳ないじゃん!ちゃんと言葉にされなきゃ伝わらないよ!」
それが出来たら苦労しないってーの。
幼馴染だから言いずらいし、この関係が壊れてしまったらもう元には戻せない。
そんな事を考える度に、気持ちに蓋をしようとしていた自分。
「初めて言葉を交わしたのも、初めて仲良くなったのも、初めて手を繋いだのも、初めて一緒に出掛けたのも、初めてバイクの後ろに乗せたのも、初めて一緒に星を見たのも、初めて人を好きになったのも、全部君でした。これからも色々な事を一緒に見てそれを共感していけたら、嬉しい。よかったら明日は恋人として七夕祭りに一緒に行ってくれないか?」
言ってしまうと案外スッキリとするもんで、それ以上緊張するような事はなかった。
「何時?」
なんだろう、僕はまた怒らせてしまったのだろうか?
「えっと、怒ってる?」
そう尋ねると彼女は真っ赤な顔で、僕を睨む。
「怒ってないわよ!待ち合わせは何時かって聞いたの!」
いや、怒ってるだろ、それ。
「じゃあ折角だし早くから行って色々と回ろっか。12時でどう?」
そう答えると、小さく頷く。
「12時ね!それと彼氏なんだから、しっかりウチまで迎えに来てよね!あと遅刻したら怒るからね。じゃあ、今度こそ帰るからね!」
そう言い残すと、足早に彼女は家に帰って行った。
なんだか色々あった一日だったけど、7月7日僕はようやく僕だけの織姫様に思いを届けることが出来ました。