廃墟の魔女
気付けば、辺りは暗闇に包まれ、見上げると雲の隙間から覗く満月に近い月が見える。冬の乾いた風が吹き抜けていき、周囲に乱立している木々がハーモニーを奏でた。
視線を前に戻すと、かつて戦争で使用されていた砦がある。今となっては廃墟だ。
「ルー姉!」
戦争孤児のマレット――マーレが、廃墟に入った私を出迎える。マーレは戦争で片足を失い、立つことさえままならない車いす生活を送っている、10歳の少女。
「ただいま。いい子にしてたかい?」
「うん! ここから出てないよ!」
そう言ったマーレの目は、私が持っているバスケットに注がれている。
「ちゃんとあるよ。ほら」
バスケットからリンゴを取り出し、マーレに渡すと、花が咲いたような笑みを浮かべた。
「わぁ……!」
このリンゴは街で買ってきた物だ。
私とマーレは仲良く質素な食事を終え、眠りについた。
闇が深まり、こっそり寝台から抜け出すと、廃墟を出る。
持ってきたコートを羽織り、フードを目深にかぶった。
「ジェル婆」
「なんだい」
場所を移動し、街の裏の顔である貧民街。
呼ばれた男の聲に反応する。その声は、先ほどまでの若い女性の声ではなく、しゃがれた老婆の声。
「あいつ、いつまで?」
「もうじきさね。明日の満月の夜だよ」
月を見上げながら言うと、彼も釣られて月を見た。
そして、彼は足音なく去っていく。
見送った後、私は街で評判のタロット占いの老婆の姿から、コルセットで締められた青のドレス姿になった。こちらはマーレと接すると時のルー姉――ルーリュラディの姿だ。
裏の者、国に仕える者は、私のことを《廃墟の魔女》と呼ぶ。
次の日も、日常は過ぎ去る。
今日は曇りなのか、満月が見えない。けれども、私の中にある力が増幅されていることがわかった。魔女にとって満月の夜は、最も力を発揮でき、真の姿になれる。
背には漆黒の翼が生え、口は尖り、嘴のような形になる。纏められていた髪はすらりと腰まで伸びた。
「婆さん、来たぜ」
そこには例の男が立っている。彼は魔法陣の書かれた布を広げ、そこに今月の生け贄の少女――マーレを乗せた。
置かれた表紙に、眠っていた彼女が目を開く。
「ルー姉……?」
私を見つめながら、疑問を浮かべながらつぶやいた。まだ寝ぼけているのだろう。姿が変わったとはいっても、寝ぼけ眼の彼女からすれば、ルー姉に見えていた。
そんな彼女の意識を覚醒させるため、残っているもう片方の足にかぶりつき、食い千切る。
「へ……?」
よく状況が飲み込めていないようだ。
しかし、次の瞬間。
「アァァ――ッ!!」
深夜の廃墟前にて、絶叫を上げ、痛みに苦しむ。
「クヒ……そう、これだ。これこそ、私の求めてやまないものッ!!」
生肉を咀嚼しながらも、喜びが溢れた。
「ルー姉!助けて、ルー姉っ!!」
私に助けを求めるが、当然、そんなことはしない。
「やめ……ルー姉…………」
怯えた目で私を見る。その瞳には、恐怖と疑心が映っていた。本当にルー姉なのか、と言ったところだろう。
「マーレ」
そう言うと、マーレは安心したように微笑みを浮かべた。
大きく口を開き、微笑みを浮かべたまま固まっているマーレの頭を、首と胴で分かつ。その際、口の中で悲鳴が木霊したが、それはただ私を喜ばせることにしかならない。
血飛沫が舞い、腹の中が満たされた。
後はじっくり頂くとしよう。そう考え、この様子を見ていた男に目を向けると、小さく悲鳴を上げる。
「ひぃっ!」
「次が楽しみだ。そうは思わないか?」
問いかけると、必死に頷いて見せた。
ああ……これも、もうここには来ないだろうな。毎月、国から送られてくる担当の者は皆、変わる。だが、生け贄の少女を忘れてきたことはないから、国には手を出さない。
「次が楽しみだ」
もう一度、口に出す。
また来月も、少女とは仲良くなり、そして喰らう。少女の悲壮な表情がたまらなく美味なのだ
専門学校の体験授業で書いたものです。
短いですが短編ってこんなものでしょうか?
評価など頂けると嬉しいです。