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番外編3 騎士団の話

 『お姫様の冒険』


 そう題された絵本を、私が読みふけっていたのはいつごろだっただろうか?

 確か、まだ私の病気が回復する前。

 10歳くらいまでしか、生きられないと言われていた頃だった筈だ。


 当時の私は歩くことさえままならず、いつもこのベッドの上で荒唐無稽な物語にばかり心を寄せていた。


 この『お姫様の冒険』はその頃、私が最も執心していた絵本だ。


 物語は単純明快。

 とある小国のお姫様は、とある大国の王子様に恋をする。

 しかし、王子様を想う人々は他にも沢山いて、彼女は何とか王子の心を自分の物で出来ないかと講じるのだ。


 そんな彼女が目をつけたのは、願いを叶えるという伝説の秘宝。

 北の果ての、そのまて果てに眠るとされる秘宝には、どんな願いでも叶える不思議な力があるというのだ。


 お姫様は王子の心を己がものとするべく、秘宝を求めて冒険の旅に出る。


 彼女が付き従えるのは、忠実な1人のナイト。

 首に長いスカーフを纏ったそのナイトは姫に忠誠を誓っていて、彼女のピンチには必ず助けに現われるのだ。

 二人は、炎の国や嵐の国で様々な冒険を繰り広げ、北の果てを目指し続ける。


 確か、そんな内容だった筈だ。


 ベッドから立ち上がることも困難だった私にとって、この絵本のお姫様は憧憬の的だった。

 どこか、彼女と自分を重ねていたところがあるかもしれない。


 ベッドの上の空想で、姫に成り代わった自分は色んな冒険を繰り広げたものだ。


 空想はいい。

 空想の中では、いつだって自由で何者にも捕われずに済む。


 奇跡的に病気が治って、人生を取り戻して。

 絵本のことなど忘れてしまうほど、私は忙しい日々を送ることになってしまった。

 それが幸せなことだったのかどうなのか、未だに私はわからない。


 大人になった今、思う。

 私はあのベッドの上に1人、少女のまま。

 空想の中で寿命を迎えた方が幸せだったのではないだろうか?



 コンコンと部屋にノックの音が響き渡る。

 何の反応もせずにいたら、ドアの向こうから遠慮するようにロッセの声が届いてきた。


「ソラル様………夕飯をお持ちした。

 どうか、部屋から出てきてもらえないだろうか?」


「…………」


「お気持ちはわかるが………あれから飲まず食わずだ。

 このままでは体が衰弱してしまう」


「………うるさい」


「ソラル様」


「騎士なんかと話したくないんだ。どこかへ行ってくれ」


「…………」


 扉の向こうから、彼のため息をつくような音が聞こえる。


「………扉の前に食事を置いておく。

 どうか、食べられるように」


 そして、カツカツと廊下を遠ざかっていく足音が私の耳に届く。

 彼とこんな会話を交わすのは、あれからもう数度目だ。

 よく飽きないものだと思う。


 ロッセ・スキーマー。

 マロン家に代々仕える、スキーマー家の長男。

 私が物心ついたころから、彼は家に居た。いったいいくつの頃から使用人をしているのだろう?


 いつも無表情、無愛想。

 何が面白くないのか、常に険のある目で全てを睨みつけている。

 あの目つきは生まれつきらしいけど………。


 幼い頃から知っているロッセだけど、未だに私は彼がどういう人なのかよく分からない。

 この家に忠義を尽くす理由も、こんな私へ懸命に尽くそうとする理由も。

 そして、未だに騎士団へ所属している理由も―――。


 ぐーっと腹が鳴る。

 食欲というモノは、あまり精神状態に関与しないモノらしい。

 

 おなか空いた………死にそうだ。


 だけど、このままここで餓死してしまうと言うのも、一つの選択かもしれない。

 

 翼を取り戻した小鳥は結局、元の鳥かごへ戻り、その中で安寧の死を迎えるのだ。

 我ながら詩的な表現だ。恥ずかしくなる。


 そこまで考えて、私はふと気になっていたことを思い出す。

 幼い頃に読みふけっていたあの絵本。

 そういえば、あの姫はどんな結末を迎えたのだったか………?


 たしかまだ、どこかに絵本を取ってあった筈だ。死ぬならせめて彼女の冒険の行く末を思い出してから死にたい。


 そう思って私は自分の部屋を漁るが、山のように散らばった魔術の蔵書が、そんな私に立ちはだかる。

 元来、片付けが苦手な性質たちであったが、まさかこんなところで裏切られるとは。


『ソラル………気持ちは分かるが、いつまでもこの部屋に塞ぎこんでいたって物事は良くならない。

 何か悲しいことがあると、1人で塞ぎこむのがお前の悪い癖だ。

 悲しい時ほど、人に頼るべきなんだよ』



 不意に、兄から送られた言葉が蘇る。

 我が兄ながら、勝手なモノだ。

 そんなえらそうなことをほざくなら、なぜ、勝手に死んだりした?


 …………。


 本当に。


 何で、死んでしまったの?


 お兄ちゃん。



「比類なき勇気の騎士団、団長ブラウン・カスタードよ。

 貴公は国王陛下より、オーク討伐の任を受け遠征。

 南西の地において、騎士団員102名もを死に追いやった。

 そのことに間違いはないな?」


「………間違いありません」


 王都の中心に位置する王宮。その中に備え付けられた、王都騎士団連合所有の連合会議室。

 その部屋の中心に、ブラウンは直立の姿勢で立たされていた。


 彼を取り囲むのは、精鋭騎士団長や顧問官、運営出資者など、王都のそうそうたる顔ぶれである。


 連合委員会。

 王国における騎士団全ての運営機関であり、王都騎士団連合の核となる存在である。

 ブラウンは彼らによって、今任務における責任の所在を追求されることになったのであった。


「まったく………仮にも精鋭騎士団長たる貴公が、オーク如きに遅れを取るようでは、他の騎士団に顔向けできませんぞ?」


「まして、魔術師風情の助けを借りるとは………恥知らずも甚だしい」


「すでに、王都では比類なき勇気の騎士団、引いては精鋭騎士団全体に対する悪評が蔓延している。

 早急の処分が必要ですな」


「たかが、巨体なだけの豚もどきに手こずるとは、カスタードの名も地に堕ちたものだ」


「や、やつらは―――」


 それまで言われるがままにしていたブラウンであったが、そこで初めて反論めいたものを口にする。


「彼の地のオークたちは、烏合の獣などでは無かった!

 確かな知略と武力を持った、戦士たちだったんだ!

 決して豚もどきなどではない!」


 それは釈明というより、どこかあのオークたちを擁護するものであったのかもしれない。

 しかし、彼らにとってそれは、ブラウンがただ言い訳を吐いているとしか映らなかった。

 何を言い訳がましい、と軽蔑の視線を送る連合委員たちの奥から、一人の男が獅子の如き獰猛な眼でブラウンに言い捨てる。


「戯言も大概にするがいい、カスタード団長。

 それ以上の釈明は、貴公の名を下げるだけであるぞ?」


「くっ………」


 ブラウンは歯を噛み締め、その男を睨みつける。


 王都騎士団連合、連合委員会、終世連合委員長。

 『黄金の騎士』ゾーラタ・ゴルトー。 

 王都における騎士団の首領。騎士たちにとってあるじと言うべき存在である。


「格式あるカスタード家の長男ということで、貴公を騎士団長の座に据えたままにしておいたのだが………やはり見込み違いであったようだな」


「………」


 ゾーラタは酷薄な瞳でブラウンを見下ろすと、無表情に嘲る。

 

「………所詮はあの売国奴の息子ということか」


「!!」


 その言葉を受け、ブラウンの顔色が変わる。

 それまでいかに理不尽な言葉を受けようと平静を貫いていた彼であるが、ゾーラタの言葉を受けた途端、真っ赤に憤ってしまったのだ。


「その言葉を撤回しろ、ゾーラタ・ゴルトー!!

 俺の親父は売国奴などではない!!」


 目の前の机を蹴り倒し、我を忘れてブラウンがゾーラタへと殴りかかる。


「落ち着かれよ! ブラウン団長!!

 激情に身を任せるなど、あなたらしくない!!」


 しかし、そんな彼を慌てて止めにかかる、一人の連合委員の姿があった。

 体を抑えられながら、ブラウンは怒りのまま怒鳴り声を上げる。


「離してくれ、ドゥンケル団長!!

 俺はあの男が許せん!!」


「ゾーラタ殿を殴ったところで、ブロイン殿は喜ばん!!」


 ドゥンケルの怒鳴り声を受け、ブラウンはハッとしたように我へとかえる。

 肩で息をしたまま呼吸を落ち着かせるブラウンへ、ドゥンケルは諭すように言葉を伝えた。


「ブラウン団長………どうか、堪えるのだ。

 あなたは騎士団長、あなたの言動全てに団員達の命運がかかっている。

 決して私念を優先するようなことはあってはいかん」


「ドゥンケル団長………」


 精鋭騎士団『不屈たる忍耐の騎士団』団長ドゥンケル・ブラオ。

 騎士団長としては最年長。ブラウンにとってはある意味、もう1人の父のような存在である。

 ドゥンケルの静かな瞳に対し、一度は燃えた憤怒が、ブラウンの中で収まっていく。


「し、醜態を晒し、失敬した………」


 ブラウンははぁはぁと息を荒げながらも、平静を持ち元の場所へと戻っていく。

 そんな彼へ、ゾーラタは呆れ果てたような声を送って見せた。


「ふむ………こんな場所で取り乱すとは。

 貴公は無能に加え、錯乱の気もあるようだな。

 『比類なき勇気の騎士団』に対する処分は、それに準じたものにしなければならぬようだ」


「………いかなる処分も、謹んでお受けする」


「貴公らに対する処分は、追って言い渡す。

 それまで、現宿営地の片付けでもすることを勧めておこう」


 ゾーラタはそこまで伝えると、もうブラウンから興味を失ったように宣言する。


「では、これにて本日の委員会を終了する!!」



「よぉ、ブラウン!

 ゾーラタの糞親父に、随分と好き勝手言われてたじゃないか!」


 会議室を出たブラウンへ、軽薄な声が届けられる。

 振り向けば、ブラウンより少しだけ若い騎士がふざけた顔で手を振っていた。


「ベルデか………今は放っておいてくれ」


「おろ、さすがに今日のは堪えたか?

 お前も、少しは俺の苦労がわかっただろ」


「うるせー」


 ベルデ・アフダル。

 精鋭騎士団『誇り高き英雄の騎士団』の団長を務める男。

 

 アフダル家はカスタード家と同じく『破滅の時代』以前から騎士団連合に名を連ねる名門の一族であり、ベルデもまた父の家督を継ぐ形で若くして騎士団長の任を負う立場である。

 ブラウンは自分と境遇が似ており、また年齢も近い彼とは旧来からのつきあいがあった。

 もっとも、彼の騎士団の実権は名誉顧問であるゾーラタが握っており、ベルデは傀儡めいた団長に過ぎないものであるのだが………。


 連合委員の一人ではあるが、気心の知れた友人にブラウンは緊張を緩め、ぼやくように言葉を告げる。


「しかし………ゾーラタの野郎はいつからあんな糞親父になったんだ?

 数年前は、それなり話のわかるおっさんだったじゃないか」


「それなんだよなぁ………」


 ベルデはしばし思案すると、思い出したように口を開く。


「なあブラウン。5年前のことだが『魔術師の黄昏』事件。

 覚えているか?」


「ああ………たしか、あの『聡明な賢者の学舎』で、高名な魔術師が立て続けに殺されたって事件だろ?

 覚えているが、それがどうした?」 


「もし、ゾーラタが変わったとしたら、あの事件からさ。

 あれ以来、どうにもあの親父は御しがたくなった気がするんだ。

 もともと頑固な所がある親父だったが、今のあれはもう頑固とかそういう次元じゃないだろう?」


「魔術師の黄昏事件か………ベルデ、そもそもあの事件は何だったんだ?

 クロ何とかって奴が犯人だったとか、犯人は見つからず迷宮入りしたとか。

 そもそも事件自体が狂言だったとか、王都の噂は錯綜しすぎて何が真実なのやら分からん。

 あの事件はお前たちが捜査していた筈だろう?」


 今も王都で噂される殺人事件『魔術師の黄昏』事件。

 それはどこか都市伝説めいた噂の事件である。

 5年前、王都最高峰の魔術学舎『聡明な賢者の学舎』において連続猟奇殺人事件が発生した。

 被害者は全て、優秀な実力を持った魔術師。

 中には講師をしていた上級魔術師さえ含まれていたらしい。


 そして、事件の犯人の名はクロ・シルバー

 黒い髪に黒い瞳。一房だけ白髪を持った異形の男である。

 王都では、彼が狂信的悪魔崇拝者であったとか、猟奇的異常性愛者であったなどと噂されているが、その真実は不明。

 王都魔術師結盟は所属する全魔術師に対し厳格な緘口令を実施、事件については完全な黙秘を守るよう指示したのだ。

 だから、他の人々にとって『魔術師の黄昏』事件はどこか都市伝説めいた印象を持たされている。


 ブラウンにしても、そのクロ・シルバーなる男が何者なのか、そもそも実在するのか不明なのが正直なところであった。


「…………」


 ベルデは少し逡巡するように目を閉じる。

 

「立場上、あまり細かいことは言えないが………ブラウン。

 ………あの事件にはラードゥガ・アルコバレーノが一枚噛んでるぜ」


「魔術師結盟の盟主が? いったいどういういことだ?」


「俺にも、あまり細かいことはわからねぇよ。

 ただ、あれは唯の殺人事件じゃない。

 連中が………魔術師共が深く関わっている。

 決して個人の殺人なんかじゃねぇのさ」


「…………」


 ベルデの言葉に、ブラウンは深く考え込む。

 もっとも、騎士の自分がいくら考えたところで、答えなどわからないだろう。

 黙ってしまったブラウンにベルデはおずおずといった調子で問いかける。


「ところでよ、ブラウン………ヴァイスはどうしてるんだ?」


「なに?」


「いや………ちょっとヤな噂を聞いてよ。

 例の任務で、ヴァイスがオーク共に攫われたなんていうじゃねぇか。

 大丈夫なのかなって気になってさ………」


 気まずそうに語るベルデへ、ブラウン少し尖った調子で答える。


「一度は見捨てた騎士だろうが。

 いまさら何だ、やっぱり返してくれってか!?」


「別にそういうことを言ってるわけじゃねぇよ!」


 皮肉気なブラウンに対し、ベルデは視線を伏せてしまう。

 誇り高き英雄の騎士団。かって、ヴァイスが所属していた騎士団である。

 彼女はそこで不正行為を働いたと汚名を受け、失意のまま一度は騎士の道さえ途絶えさせてしまったのだ。


「当時の俺に、ヴァイスを守ることなんて出来なかった。

 あいつは唯の騎士じゃない。

 そりゃあ、女ってこともあるが………何よりあいつはゾーラタの娘。

 勇者の一族、直系の末裔だ。

 良くも悪くも目立っちまう。当時の俺に、あいつを庇うことなんか出来なかったさ」


「ふん、お前はゾーラタの言いなりになっていただけだろうが」


「そう言うなよ………お前だってゾーラタの狂騒ぶりは分かっているだろう?」


「…………」


 ブラウンはそこで少し頭を冷やす。

 確かに王都におけるゾーラタの力は強大だ。いかに騎士団長とはいえ、ベルデに抗うことなど出来なかっただろう。

 

 ヴァイスは騎士団を追放されたあと、王都における誰からも存在を黙殺された。

 騎士として優秀な力を持っていると知りながら、誰もが彼女から目を反らしたのだ。

 彼女の背後には、ゾーラタ・ゴルトーがいる。

 飢えた獅子の如き、あの男に逆らうことなど誰にも出来なかったのだ。

 たった一人、このブラウンという騎士を除いて………。


「ブラウン。これでも俺は、お前に感謝しているよ」


「感謝?」


「比類なき勇気の騎士団に入ってから、あいつは本当に楽しそうだ。

 それこそ、俺の騎士団にいたころよりもな。

 あいつがまた笑えるようになったのはお前のお陰だ」


「お前はヴァイスの親類か何かか?」


「これでも、やっぱ罪悪感があんだよ。

 騎士団を去った頃のヴァイスは、それこそ生きた屍のようだったからな」


 そう言って微笑みを浮かべるベルデへ、今度はブラウンが居心地の悪い様子で顔を背ける。


「………俺があいつへ声を掛けたのはただ、ゾーラタへ当て付けしたかっただけだ。

 別にヴァイスを救おうとした訳じゃない」


「お前も結構細かいことをぐちゃぐちゃ気にするな。

 理由が何だろうと、別にいいじゃねえか。

 結果的にヴァイスは報われた。俺も少しは気が晴れた。

 終わりよければ全て良しってやつだ」


「まあ、その結果、ますますゾーラタに目をつけられるようになった訳だがな………」


 ははは、と乾いた笑い声を上げるブラウンへ、更に別の声が掛けられる。


「ブラウン団長………それにベルデか」


「ドゥンケル団長?」


 見れば先ほどのドゥンケルがいつもの厳しい目つきで二人へ視線を送っていた。


「おいおい、ドゥンケル爺さん。

 何で俺だけ呼び捨てだよ?」


「ふん、お前のような若造。呼び捨てで十分だ。

 っと、そんなことより―――ブラウン団長」


 ドゥンケルはブラウンへと向き直ると、真剣な表情で言葉を放つ。


「此度の遠征。

 連中が言うような失態などと、私は思っていない。

 聞けば、あの英雄グレイさえもが、オークたちによって散らされたと伺っている」


「なっ!? 英雄グレイって、あのグレイ・ケラブか!? 嘘だろ!!?」


「ああ、彼の英雄がオークに殺されたとあっては王国の沽券に関わると、ゴルトー公は秘匿しているようであるがな」


「…………」


 頓狂な声を上げるベルデと、厳しいドゥンケルの2人を目に納め、ブラウンは静かに頭を垂れる。


「ドゥンケル団長。先の会議では面目なかった。

 貴方が止めてくれなければ、俺は今頃取り返しのつかないことになっていただろう」


「頭を上げられよ、ブラウン団長。

 私とてブロイン殿とは古い付き合いだ。

 あなたが激昂される気持ちは理解できる」


「………」


 ドゥンケルの言葉にブラウンは無言のまま唇を噛み締める。


 ブラウンの実父ブロイン・カスタード。

 かって比類なき勇気の騎士団、団長であった男。

 彼は息子のブラウンに家督を譲った後、騎士団連合において新たな役職へ就くことと相成った。


 王都騎士団連合、連合議長。それが彼の新たな役職である。

 連合委員長が連合と統括たる立場であるとすれば、連合議長は騎士団連合の議決権を所有する重役。

 事実上、ゾーラタに継ぐ発言力を持った立場である。


 もともと騎士団連合では、個人が逸脱した権力を持たないよう連合委員長と同様の発言力を持った役職が数多く存在し独裁を防いでいた。


 ブロインはブラウンと異なり、真面目に厳格を足したような堅物で、長年に渡り騎士団連合を支え続けた彼を連合議長に指名することに誰も反対しなかった。

 ブラウンとて、堅物な父が苦手ではあったものの、騎士の鑑たるその姿に憧憬を抱いていたのは事実である。


 しかし、ブロインが連合議長に指名されて数ヵ月後、彼は外患罪の疑いをかけられることになった。


 ブラウンからすれば青天の霹靂もいいところである。

 父の性格は他の誰よりも知っている。父は死んでもそんな行為に手を染めないであろう。

 そんなブラウンの思惑と裏腹に、父の罪は異常な早さで立証されていく。

 騎士団連合の他の重役たちが、次々と彼が不利になるような証言を重ねていったのだ。

 そして彼らの背後にはゾーラタの影があった。


 ブロインに疑いがかけられると同時、ゾーラタは他の重役者の中で反抗的な者、自らに懐疑的な者たちに対してあらぬ疑いをかけ失脚させていく。

 気がつけば、騎士団連合はほぼゾーラタの息がかかった者たちで構成される様相と化していたのだった。


『この国賊が!!』


 最後、ゾーラタが父に言い放った言葉をブラウンは今も忘れなれない。

 父の絶望に暮れた顔を思い出すたび、彼の胸には怒りが沸々と蘇ってしまう。

 

 結局、ブロインは売国犯として捕縛。今も王都の政治犯収容所に捕われ面会することさえ叶わなくなっているのである。


「正直………今の連合委員は奴の息がかかった者だらけだ。

 誰が味方で誰が敵なのかわからん。

 騎士団長たちでさえ、信用できるものかどうか………」


 鬱屈とため息をつき、ドゥンケルが呟く。

 彼も、騎士団連合の現状には辟易していた。


「だよなあ。ホント、たった5年でこの組織は様変わりしちまったよ」


「私はお前が一番信用できんのだがな」


「うぉ、ひでぇ!

 本人の前でそれを言っちゃうかね!?」


 ドゥンケルの言葉にベルデが文句をつけるが、当のドゥンケルはそれを適当にいなし、ブラウンに言葉を続ける。


「ブラウン団長。重ねて言うが、今は辛抱の時だ。

 お父上の汚名もいつかきっと晴れる。

 その日を迎えるためにも、決して冷静さを欠いてはいかん」


「わかっています………」


 ブラウンは俯いたまま、ドゥンケルの言葉に答える。

 しかしその琥珀色の瞳には、普段の彼から想像も出来ないような闇が、泥のように滲んでいたのだった。


 登場人物紹介


 ブラウン・カスタード 35歳 男性

 『比類なき勇気の騎士団』の団長。短い茶髪に精悍な顔立ちをした騎士。

 代々、騎士の家系であるカスタード家の長男。家督を継ぎ騎士団の団長となった。

 先のオーク討伐任務においてオークの策略に嵌まり、死地へチェスナットを送り出し、更には彼を見捨ててしまったことに心を痛めている。


 ゾーラタ・ゴルトー 46歳 男性

 黄金の髪に金色の瞳を持った、猛る獅子のような男。ヴァイスの実父。

 『夜明けの勇者』と呼ばれたクリュートス・ゴルトーの直系の末裔。

 王都騎士団連合の終世連合委員長にして、誇り高き英雄の騎士団の名誉顧問を務める。

 騎士団連合における事実上の独裁者で、国王に次ぐ発言力を持っている。

 『黄金の騎士』という異名を持ち、第9回『英雄の後継』において準優勝した経歴を持つ。

 激情的な性格でありながら狡猾で冷酷。

 実の娘であるヴァイス、そしてそれに目をかけるブラウンを疎ましく感じている。


 ドゥンケル・ブラオ 55歳 男性

 精鋭騎士団『不屈たる忍耐の騎士団』の団長。

 ブラウンとはかねてから懇意にしており、彼の理解者というべき存在。

 ゾーラタの独裁政権とも言える騎士団連合の現状に懐疑を抱いている。


 ベルデ・アフダル 30歳 男性

 王都最高峰の騎士団『誇り高き英雄の騎士団』の団長。

 由緒ある騎士の家系出身で、騎士団長としては最も年が若い。

 生まれながらの子分肌で、ゾーラタに不満は抱きつつも反抗の意思は無いが、かといってブラウンたちに敵意を持つ訳でもない。良くも悪くも昼行灯な性格。

 かってのヴァイスの上司であり、彼女が汚名を被った際は心を痛めていた。


 ブロイン・カスタード 63歳 男性

 ブラウンの実父。真面目に頑固と厳格を足したような人物で、昔堅気な騎士。

 かっては騎士団連合議長の座についていたが、今は売国奴として政治犯収容所に拘束されている。


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