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第5話  聡明な賢者の学舎

「発火魔術は、魔術を用いる上で最も簡易であり、同時に基本となる魔術です。

『全ての魔道は発火魔術に通じる』なんて言葉もあるほどなんですよ」


 『聡明な賢者の学舎』の校庭。

 そこでベージュが上機嫌な様子で学生たちに講義を行っていた。

 学生たちは、学舎に入学してから1年ほどになる初等生。

 その中にはクロや、この間のカナリーの姿もある。

 ベージュは学生たちへ説明を続けながら、興奮したようにグッと拳を握って見せた。


「あえて言いましょう! 発火魔術を制するものは全魔術を制する、です!

 皆さんも魔術師を志すのであれば、この魔術を完全に支配しなければいけません!」


 今日の講義は魔術の実施訓練である。

 この世界に生きる女性であれば、誰でも用いることが出来る発火魔術。

 しかし、それをコントロールし意のままに操ることが出来るとなれば、それはもう魔術師の領域である。

 ベージュは学生たちに発火魔術の訓練をするため、彼女らを校庭へと集めたのであった。


「初歩の魔術とは言え、扱うモノは炎ですからね。

 皆さん、十分に注意して術式を行うように」


 最後にそう口添えると、ベージュは学生たちへの訓練を開始するのだった。



「っつ!」


 ベージュは訓練に励む学生たちの間を回りながら彼らの様子を監督していると、ボンッという音と共に、小さな悲鳴が聞こえる。

 見れば、一人の学生が魔術を暴走させ、炎が小さな爆発を起こしてしまったらしい。


「だ、大丈夫!?」


「え、ええ。何とか………」


 慌てて駆け寄ったベージュに、その学生は頭を掻いて答える。

 幸い爆発は小規模なモノで、彼女に怪我は無いようであった。


「………あくまで、魔術をコントロールするのが今回の目的なのだから、大きな炎を作る必要は無いのよ?

 気をつけてね」


「はぁ」


 わかっているのか、わかっていないのか、学生は適当な様子でそう返事をする。

 そんな彼女の態度に、ベージュはこっそりとため息をついた。


(仮にも1年間。魔術を学んでいながら、発火魔術も満足に扱うことが出来ないなんて………。

 こんな言い方は良くないけれど、本当に最近の学生は質が落ちているわねぇ)


 『聡明な賢者の学舎』が権威を得るだけの場所と認識されて久しい昨今、入学する学生たちはそもそも『魔術』という学問に興味のない者が多くなった。

 ベージュが学生であった頃はみな必死になって勉学に励んだものだが、どうやら彼女たちは違うらしい。

 講義を出来る限り楽にやりすごし、最低限の努力で「卒業」を得ることが出来ればそれでいいようだ。

 しかしそんな彼女たち―――正確に言えば彼女たちの両親だが、彼女たちの持参する入学金や授業料が学舎の貴重な運営資金となっているのだ。

 ベージュもそれは理解しているので、彼女たちに対し強く注意する気にはなれない。

 興味の無い者たちにとって、魔術の講義という物は苦痛でしか無いのだろう。

 わかってはいるが、魔術という学問をこなよく愛するベージュにとって、昨今の学生たちの態度には歯がゆい思いがしてしまうのだ。


(アルコバレーノ学長は、いったい何を考えているのかしら………?)


 『聡明な賢者の学舎』が今のように、拝金主義に走るようになったのは現在の学長。

 7代目アルコバレーノ家当主、ラードゥガ・アルコバレーノ。

彼女の代になってからのことである。

 確かに学舎を維持するためには、多大な資金が必要であるのはわかる。

 だが、それで『聡明な賢者の学舎』卒業生の魔術師としての質が落ちてしまうのであれば、意味が無いのではないだろうか?

 ベージュはかねてから、そんな思いを抱いていたのであった。


「………………」


 ベージュがそんな思索に耽っていたところ、視界の隅にボール大の火炎球が煌煌と燃えているのが映る。 目を向けると、そこには彼女の学生の1人。クロ・シルバーが発火魔術の術式を放っていた。

 クロの制御する火炎球は空中で酸素を燃やしながらも微動だにせず、その炎に揺らめきさえも生じていない。

 ―――完全に制御している、100点満点の発火魔術である。


「すごいねシルバーくん! 初等生でここまで魔術を制御できる学生はなかなかいないよ!」

「はあ………」


 ベージュはクロへ駆け寄ると手放しで彼を褒め称えるが、当のクロは少し迷惑そうに曖昧な返事を返すのみだ。

 クロは講師たちから注目を浴びることを良しとしない。

 彼が注目を浴びることは、同時に他の学友から反感を買うことでもあるのだ。

 ベージュもそれを知っていたが、それでも彼の魔術に賞賛を送ることを我慢できなかった。


 クロは決して魔術の才に溢れた学生では無い。

 魔力は人並み、魔術を用いる才能は凡人のそれと変わらない。

 彼が特異なのは『男なのに魔術を用いることが出来る』その一点だけなのだ。

 だからこそ、ベージュはついついクロを褒めたくなってしまう。


 彼の魔術を制御する技術は、一朝一夕で習得できるソレではない。

 恐らく、以前から―――ベージュが発火魔術の訓練を行うと学生たちに伝える前から、ずっと訓練を行っていたのだろう。

 クロは「一を教えれば一を知る」という凡人であるが、彼はその「一」を何百、何千と積み重ねる努力の学生なのだ。

 そして、そんなクロをベージュは非常に好ましく感じていた。



 そんなクロとベージュの様子を忌々しく見つめる学生たちがいた。


「なあに、あれ? アイボリー先生って明らかにドブネズミを贔屓しているよね」


「ほら、アレじゃん? ドブネズミって特異魔術師だから、あいつを一人前の魔術師にすれば、その指導者は『賢者』の称号を得られるって言うじゃない。

 アイボリー先生もそのクチなんでしょ?」


「何にしても、ドブネズミの奴。

 上級魔術師連中からおべっかばっか使われて、いい気になってるよね。

 元は浮浪者同然の貧民だった癖にさ」


 校庭の隅、適当に発火魔術の訓練を行っていた学生たちのグループが忌々しげに彼らの様子を眺めている。

 まだ幼い彼女らからすれば、何かと教師から気を使われるクロは、どうにも気に食わない学友であった。

 それに、クロが教師である上級魔術師から贔屓されている、というのもまた事実である。 

 特異魔術師であるクロを一人前の魔術師に仕立てれば、魔術師結盟から『賢者』の称号を得ることも夢では無く、それを目論んでクロへ声掛ける教師の数は決して少なくなかったのである。


「こんなところで陰口大会?

 傍から見てると、哀れでならないわね」


 そんな彼女たちの背後から剣呑な声がする。

 そこには、この間のカナリーが苛立った様子で学生たちを睨みつけていた。


「カナリー………」


「どうせアンタたちはドブネズミのことが気に食わなくても、そうやってコソコソと陰口を言うことしか出来ないのでしょ?」


「な、何よ………じゃあ、アンタは何か出来るって言うの?」


 憮然とした様子でそう問い返す学生たちに、カナリーはギラリとした檸檬れもん色の瞳を歪め、邪悪な笑みを浮かべてみせる。


「まあ、見ててよ。私があのドブネズミを焼きネズミに変えてあげるわ」


 そう言って、クロの側へ進んでいくカナリーの姿を、学生たちは冷めた視線で見送っていく。


「カナリー・エッグシェル。あの子も品性はドブネズミと変わらないわね」


「ってゆーか、低級貴族の分際で、私たちにエラソーなクチの聞き方しないで欲しいンだけど」



「ちっ」


 カナリーはクロの側に近寄ると、忌々しそうに舌打ちをする。

 彼女の視界には、相変わらずベージュの賞賛を受けるクロの姿が映っていた。

 カナリーどういう訳か、他の学生以上にクロという少年が気に食わないのだった。


「――――――」


 カナリーはクロを一瞥すると、目を閉じて発火魔術の術式を編みこんでいき、眼前に一つの火炎球を顕現させた。

 カナリーが顕現させた火炎球は、さきほどクロが作ったもの以上に精巧さに優れ、その制御も完璧なものであった。

 幸か不幸か、カナリーは魔術という分野において非凡な才能を持っているのである。

 しかし、彼女はその才を喜ばしいモノだと思っていなかったし、魔術というモノに対する興味も無かった。


 カナリーは貴族の出身である。

 もっとも、貴族と言っても、その階級は下の下。貴族とは名ばかりの最下級貴族である。

 だからこそ、彼女の両親は少ない蓄えを投げ打って、魔術の才に優れたカナリーをこの『聡明な賢者の学舎』へ入学させた。


『学舎には、上級貴族から裕福な商人まで、格式高い一族の子女が集まっていると聞く。

 カナリー、お前は何としても彼女らと親交を持ち、エッグシェル家の格を上げるのだ』


 学舎へ入学する前夜。不安を胸に秘め眠れぬ夜を過ごしていたカナリーに両親が言った言葉だ。

 両親は王都に居住していながら、あえて彼女を寄宿舎にまで入れた。

 その方が学友たちと親交を深めやすいだろう、と考えたのである。

 両親の期待に答えるため、カナリーは努力をしてきたと言えるだろう。


 学舎において『魔術に優れる』ということが、さほど誉れになることではないとカナリーはすぐに悟った。

 学舎において誉れになるのは、華洒な衣服を着ているとか、格式高い者たちと親交があるとか、そういった物であると学んだのである。


 しかし、上級貴族の子女たちは、低級貴族のカナリーなどに目をくれもしない。

 彼女らにとって、カナリーなどは路傍の石にも満たないものであったのだ。

 そんな中、1人だけ彼女に笑顔を向けてくれた上級貴族の学生がいた。


 学生の名はヴィオレ・ヴァイオレット。

 赤紫色の義眼と青紫色の瞳を持った、名門貴族ヴァイオレット家の娘である。

 ヴィオレは低級貴族のカナリーに対しても、差別なく気さくな様子で接してきた。

 気分屋でコロコロと感情が変わるのは難点であったが、挫折に打ちひしがれていた当時のカナリーにとって、目を向けてくれるヴィオレは救いの女神のように映ったのだ。

 そんな、ヴィオレの周囲には、自分と同じ低級貴族の学生たちが多く集っていた。

 カナリーはそんな学生たちの中から何とか一歩抜きんでることは出来ないかと、毎日必死になってヴィオレに声を掛けていたのである。


 しかし、そんなヴィオレとの仲が最近は上手くいっていない。


『あなたは来なくていいよ』


 あの言葉を言われたその日から、ヴィオレは目に見えて冷たい態度でカナリーに接するようになった。

 何故、ヴィオレが自分に冷たくなったのかはわからない。

 しかし、彼女の態度が変わったのは、あのドブネズミと話してからであるのは間違いないのだ。


(クロ・シルバー。お前と関わってから、私は上手くいかなくなってしまった。

 ヴィオレさんから嫌われてしまった。

 全部………全部、お前のせいだ!)


 心の奥底では、それが八つ当たりだということはわかっている。

 しかし、カナリーはまだ13歳で、自分の中のモヤモヤとした感情を抑える術を持っていなかったのだ。


 カナリーは顕現させた、火炎球に動力を加える。

 制御した魔術に、更に動力を加えるのは中等生でも難儀な技であるのだが、彼女の非凡な才能がそれが可能にさせていた。


(消えろドブネズミ。私の前からいなくなれ!)


 そんな心の叫びと共に、カナリーは顕現させた燃え盛る火炎の球を、クロの顔面へ叩きつけたのであった。

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