第49話 連続猟奇殺人事件
クロが行方不明になってから、一ヶ月ほど経ったころ。
『聡明な賢者の学舎』で、1人の講師が姿を消した。
学舎内で『魔術史』の講義を担当していた上級魔術師セピア・フスクム。
何の前触れもなく、彼女が姿を消したのだ。
当初、それは行方不明という扱いを受け、事件性については有無を問われていた。
研究者の側面が強かったとはいえ、仮にも上級魔術師であるセピアを連れ去ることが出来る者など、そうはいない。
だから、魔術師結盟は彼女の失踪を、本人自ら自発的に行ったものではないかと推測したのである。
しかし、そんな結盟の考えは数日後。
セピアの発見によって覆されることになった。
セピアは発見された………12箇所で。
それは、第3校舎、講義棟の壁龕
それは、第5校舎、学生棟の壁龕
そのほか10箇所。学舎に存在する、あらゆる場所の壁龕
それらに、セピアの体の断片が腕と言わず足と言わず、グシャグシャの肉片に加工された状態で詰め込まれていたのである。
12に断たれたセピアの断片………それらは全て『聡明な賢者の学舎』内で発見された。
行方不明? とんでもない。
それは殺人事件であったのだ。
王都が誇る上級魔術師への殺人行為。
その事実は『聡明な賢者の学舎』を、そして王都中を震撼させる大事件であった。
しかし、騒乱はまだまだ終わらない。
セピアの遺体が発見されてから数日後。
今度は学舎に通う高等生が姿を消し、彼女もまた体をバラバラに切り裂かれ、学舎中の壁龕へ詰め込まれた状態で発見されたのだ。
彼女は「特別入学生」に分類される学生で、学舎を卒業すれば優秀な魔術師として学舎へ貢献するだろうと、将来を期待される才女であった。
その一週間後。
また新たに、犠牲者が現われる。
3番目の犠牲者は、偶然学舎へと視察に来ていた、魔術師結盟に所属する中級魔術師。
近く、上級魔術師へ昇格することも夢では無いと評される優秀な魔術師だった。
彼女は職務のため学舎を検索していたところ不意に姿を消し、その数日後に前述の2人と同じように肉塊となった状態で発見されたのだ。
周囲から優秀とされていた魔術師だけを狙う殺人事件。
それはもはや連続猟奇殺人事件の呈をかもしており、更に犠牲者が増えるのも時間の問題であると思われたのだった。
◇
「学生証と身分を証明出来る物。
それから、持ち物を確認させて下さい」
学舎へ登校してきたシアンとソラルに対し、正門の前で騎士が声掛ける。
「はいはい………」
シアンはうんざりしたように、学生証を提示し、持っていた鞄を騎士に向かって開いて見せる。
騎士はそれらを丹念に確認すると、シアンへ再び目を向ける。
「ご協力、ありがとうございました」
「いや………お疲れ様です」
シアンは疲れたように、ソラルは心配そうな様子で騎士に礼をすると、学舎の中へ入っていった。
学舎の中は学生たちの他、多くの騎士たちが巡回や見張りを行い、学内の様子へ目を光らせている。
最近発生しつづけている学舎内での連続殺人事件。
事態を重く見た王都は、騎士団連合へ調査及び新たな発生の根絶を指示する。
それらに対し、騎士団連合は長であるゾーラタ・ゴルトー自らが担当することとし、彼が顧問を務める精鋭騎士団『誇り高き英雄の騎士団』を学舎へと派遣したのだった。
騎士たちは一様に緊張した表情で、学舎や学生たちへ警戒の眼差しを向けている。
もともと、騎士と魔術師は水と油のような関係であるが、ゾーラタが顧問するこの『誇り高き英雄の騎士団』は特に魔術師への偏見が強いことで知られていた。
もっとも、緊張しているのは学生たちも同様である。
この学舎でわずか数週間の間に3件もの殺人事件が発生したのだ。
それに被害者は、体をバラバラにされた状態で、学舎中へと打ち捨てられていた。
彼女らの、目を覆いたくなるような残骸を見てしまった者たちの数も、決して少なくはない。
恐怖と疑心暗鬼。そして、いてもたってもいられないような焦燥感。
それらが学生達の心を蝕み、学舎にはピリピリとした緊迫感が張り詰められていた。
「たった数週間で、ここも随分と雰囲気が変わっちまったな………」
疲れ果てたようにため息をつきつつ、シアンが嘯くが、傍らのソラルは無言のまま何も答えなかった。
ただ、迷いと逡巡の篭った瞳を地面へ向けている。
「なあ、コバルト同志………学舎で起こった一連の事件………。
やはり、シルバー君が関わって―――」
「憶測でモノを言うな、ソラル。
それに、シルバーとあの性悪の件は、アイボリー先生たちに一任すると決めただろ?
私らは、いつも通りの生活を送っていればいいんだ」
「……………」
シアンがピシャリと窘めるも、ソラルは相変わらず下を向いたまま何も応えない。
シアンの目から見ても、最近のソラルは明らかに消耗しているようだった。
「本当………最近はロクでもないことばかりが起こる。
いいかげん、嫌になってしまうな………」
シアンは空を仰ぐと、忌々しげにそう呟くのだった。
◇
『聡明な賢者の学舎』第1校舎、講義棟。
その最上階に作られた、学長室。
そこにはベージュと、学長であるラードゥガ・アルコバレーノが佇んでいた。
「まったく………仕方ないとは言え、神聖な学舎に騎士風情を侵入させるとは………。
屈辱以外の何物でもありませんね」
ラードゥガは、窓から学舎内の警護に当たっている騎士たちを目に映し、無表情に呟く。
半ば、ゾーラタに押し切られるような形で迎えることになった、騎士団の介入。
『騎士』とか『戦士』といった職業の者たちを毛嫌いしているラードゥガとしては、それらは不本意にも程があるものであったのだ。
「しかし、アルコバレーノ学長………学舎内で3件もの殺人事件が起こっているんです。
これ以上の惨劇を防ぐためにも、騎士団の介入は我々にとっても渡りに船かと………」
「アイボリー教師………貴女も1人の魔術師であるのなら、あのような者たちを受け入れる発言はおよしなさい。
騎士団は私たちにとって、敵というべき存在です」
「……………」
咎めるようなラードゥガに対し、ベージュは納得の出来ない眼差しを向ける。
ベージュとて魔術師。騎士団の介入に諸手を挙げて歓迎するつもりは無いが、それにしたってラードゥガの発言はあまりにねじれくれている。
「ゾーラタ・ゴルトーめ………。
ここで犯人を捕縛し、王都における発言力を高める算段なのでしょうが………図にのるなと言っておきましょう。
お前達、騎士風情ではこの下手人を捕らえることなど、決して出来ない。
精々騎士団から死人を出さないよう、注意しなさい」
(この後に及んで、執心するのは権力闘争ですか? アルコバレーノ学長。
ご先祖様が今の貴女方を見たら、さぞお嘆きになるのでしょうね)
今から約200年前。
魔王を倒すために力を合わせたクリュートス・ゴルトーとシエル・アルコバレーノ。
そして、その末裔たる『黄金の騎士』ゾーラタ・ゴルトーと『極彩の魔術師』ラードゥガ・アルコバレーノ。
王都において1、2位の発言力を持つ、騎士と魔術師。
互いに伝説の英雄を先祖とするこの二家は今や、修復が不可能なほどに確執を持ち、亀裂が走ってしまっていた。
これ以上、騎士団のことを話しても不快になるだけだ。
それよりも、ベージュはここへ来た本題を切り出すことにした。
「アルコバレーノ学長………以前お話したヴィオレ・ヴァイオレットの関係はどうされるおつもりですか?」
クロが姿を消して、もう1ヶ月半もの時間が流れている。
ベージュはヴィオレと出会った日、すぐに一連の流れをラードゥガに説明し、早急の対応を願い出たのであるが、ラードゥガはそれを黙殺しつづけていた。
「私には、貴女がこの一件について、何も対処していないように感じます。
ヴィオレの暴走は緊急の対処案件です。
早急に対応しなければ」
「ヴァイオレット高等生については、すでに水面下で事を進めています。
貴女は普段どおりの生活を送り、彼女の件には関わらないように………」
「そんなことを言って、もう1ヶ月半も経っているじゃないですか!
もういいです! 貴女には何も期待をしません!
彼女は私が―――」
「アイボリー教師!」
苛立ちを露にしたベージュに対し、ラードゥガがフードの奥から厳しい眼差しを向ける。
「ヴィオレ・ヴァイオレットはもはや、貴女の手に負える段階には無い………。
如何に貴女が上級魔術師であろうと………いや、上級魔術師であるからこそ、貴女は彼女に関わってはいけません」
「え………?」
ラードゥガの言葉にベージュは困惑する。
自惚れている訳ではないが、自分は魔術の分野においても特に攻撃性に優れた天変魔術を専門とする上級魔術師だ。
ヴィオレの異能が如何に厄介なモノであろうと、アレは瞳を交差させなければ発動しない。
種の知れてしまった奇術など、どうとでも出来るつもりだった。
しかし、ラードゥガは冷酷な瞳に剣呑ささえも混じらせて、念つけるようにベージュへと言葉を告げる。
「アイボリー教師。これは命令です。
ヴィオレ・ヴァイオレットの件には関わらないように。
アレはもはや鬼畜です。
触れてはいけない、近づいてはいけない。
一度近寄れば、貴女だって深淵に引きずりこまれてしまいますよ?」
「………もういいです」
納得したのか、していないのか、ベージュは踵を返すと学長室を後にする。
彼女は自らの学長に対し、完全に失望してしまっていた。
ベージュが学長室から出て行くのと同時に、ラードゥガは深くため息をついてしまう。
「アイボリー教師………貴女が生徒思いの教師であることなど、私は知っています。
彼………クロ・シルバーを支えてくれたことだって知っています。
だけど、それでも、あの特異魔術師に関わってはいけないのです………」
ラードゥガがベージュに言った「水面下で事を進めている」という言葉。
それに嘘偽りは無かった。
この1ヶ月半、ラードゥガは寝食さえも忘れて、ヴィオレの動きを調べ続けていたのだ。
学舎で発生している連続猟奇殺人事件。
ラードゥガはそれがヴィオレの仕業であることを悟っていた。
学舎の壁龕に詰められていた魔術師の肉片。
それらが、ある法則によって設置されていたことに、ラードゥガだけは気付いていたのだ。
それは、この『聡明な賢者の学舎』の機密―――校舎によって再現された巨大魔方陣の仕組みと、あの『地下室』の存在に気付いていなければ出来ないこと。
「フェイト………」
ラードゥガの口から、とある人物の名前が漏れる。
それは彼女にとっての忌み名。人類が決して触れてはいけないモノ。
窓に手を当てたまま、ラードゥガはフラフラと力なくひざまつく。
その瞳にはベージュへ向けていた冷徹な光も、普段浮かべている厳粛な光も浮いていない。
ただ、疲れ果てたような陰りが浮かぶのみだ。
よりにもよって………
よりにもよって、ヴィオレはアレを呼び出そうとしているのだろうか?
だとすれば、アレと『彼』が接触する可能性だって、大いにある。
そうなれば全て終わり。何もかもが終わりなのだ。
「ナナカ………」
ラードゥガは疲れ果てたように、そんな言葉を呟くと同時。学長室の扉がおずおずと開かれる。
扉の先には、ラードゥガと同じようにフードを深く被った若い女性が立っていた。
「お母様………」
「………イリスですか」
女性の名はイリス・アルコバレーノ。
ラードゥガの実の娘、アルコバレーノ家の後継者である。
「どうしてこんな所へ………貴女は出来る限り姿を隠すようにと伝えている筈ですよ? イリス」
「すみません………それはわかっていますけれど………」
イリスは逡巡するように顔を俯かせる。その顔は母と同じくフードに隠れて、見ることが敵わない。
「お母様。ゾーラタ様の力を借りましょう!
全てを話して、真の意味で彼の力を借りるのです!
確かに我々とゾーラタ様は敵対関係にありますが………彼は誇りある人格者。
全てを知れば、きっとお母様の力に―――」
「くだらない事を言うのはおよしなさい!」
意を決したようなイリスの言葉を、ラードゥガはにべもなく斬り捨てる。
「何を言い出すかと思えば………ゾーラタの力を借りる?
冗談ではありません。あの男は私達の宿敵。
あのような者たちを私は認めません!」
ラードゥガは忌々しさを持って、窓外の騎士たちを睨みつける。
母がこれほどの感情を露にするのは、娘のイリスであっても見たことが無かった。
「それに、あの男はナナカを―――!」
ラードゥガから憎悪と同時、僅かな悲哀が混じる。
彼女は自らを落ち着かせるように深呼吸をすると、元の冷徹な眼差しをイリスに向けた。
「とにかく、ヴィオレ・ヴァイオレットの件は私が責任を持って対処します。
彼女の目的を、他の魔術師やゾーラタなどに知られる訳にはいきません………。
イリス。貴女ももう、家へ帰りなさい。
無闇に外へ出ては行けません」
「お母様………」
イリスの目から見ても、ラードゥガの疲労は明らかだ。
それほどまでに、ヴィオレの行動は彼女へ心労を与えているのだろう。
ただ、それでも―――。
「この件について、誰かの力を借りる訳にはいきません。
私が………私だけで、解決してみせます。
それこそが、アルコバレーノに生まれた者の宿命なのですから………」
心配気な眼差しを向けるイリスに背を向け、ラードゥガはただ一言、そう呟くのだった。
◇
『ねえ、聞いた? 例の連続殺人の話』
『あれの犯人がクロ・シルバーだっていう話でしょ。
でも、実際どうなの、あれ。
あんなチビにセピア先生みたいな上級魔術師が殺せるモンなの?』
『それはわからないけれど………でも、殺人事件が始まったのって、ドブネズミが失踪してからでしょ?
偶然にしては出来すぎじゃない?』
『そういえば私、ドブネズミを学舎の中で見たって、聞いたことある!』
ローゼはすれ違う学生たちの話を耳に収め、顔を顰めてしまう。
最近、学生たちの間で最もよく話されている噂話。
いま学舎内で起こっている連続殺人事件がクロの手によるものだという噂であった。
ローゼはそんな噂話に花を咲かせる学生たちの横を通りすぎながら、歯噛みしてしまう。
(あなたたちがシルバーくんの何をわかるっていうの?)
アイボリー教室で共に魔術研鑽に励んだ仲間。
いつも控えめで、少し卑屈なところがあるけれど、誰よりも努力家で一生懸命だった。
ローゼには、そんなクロが殺人事件など起こすようには、とうてい思えなかったのだ。
(あれからもう1ヶ月半………アイボリー先生からは、何の音沙汰も無い。
シルバーくんは無事なんだろうか)
学舎での授業を終えて、ローゼは真っ直ぐに学生棟へと帰る。
事件が起こってから、学生たちの課外活動は全面禁止になっているのだ。
それでなくても、最近のアイボリー教室は火が消えたように滅入り、かって活力に溢れた雰囲気はなくなっていたが………。
ローゼは自室の窓から、学舎の景色を一望する。
もうじき、この学生棟も一時閉鎖することになっている。
寄宿舎に住んでいた学生は、王都の下宿や集合住宅へ一時的に避難する手筈となっているらしい。
本当に、ここ一ヵ月半で学舎は様変わりしてしまった。
ローゼの眼下では、警備に当たる騎士たちがせわしなく動き回っているようだ。
「?」
不意にローゼの視界の中で何かが動いたような気がする。
その黒い影は、まるで騎士たちから姿を隠すように、木陰から木陰へ移動しているようだ。
ローゼは目を凝らす。
その陰は学舎の造りを熟知しているようで、目立たぬ場所から目立たぬ場所へと無駄なく動いているようだった。
そして、人影が講義棟へ入っていった瞬間、入り口の外灯に照らされ、ローゼはその人影が誰の物であったのかを悟る。
「シルバーくん………!」
それは、1ヶ月半ぶりに見る、クロの姿であった。
◇
自室の窓から見えた、クロの影。
ローゼはそれを1人追っていった。
クロは騎士たちの動きを警戒するように行動しており、その動きは慎重で遅い。
学舎の地理を把握しているローゼにとって、彼に追いつくことは造作の無いものであった。
クロの背後、10数メートルの位置にまでローゼは忍び寄る。
クロは前方の騎士たちの動きへ注意を払っていて、背後のローゼには気付いていないようだ。
とりあえず、彼へ声を掛けよう。
ローゼがそう考え一歩踏み出すが、彼女はそのまま足を止めてしまう。
それはクロの瞳があまりにも様変わりしていたからだ。
ローゼが知るクロの瞳。
それは夜を思わせるような漆黒のモノであったが、同時にそれこそ夜空の如く澄んだモノであったのだ。
しかし、いま目の前にいるクロは様子が違う。
確かに瞳は同じ黒色だが、あの瞳はまるで暗い井戸の底のように濁り、夜空というより虚空のようである。
それに彼が羽織っているローブ。
見慣れた学生用のローブであるが、それには血が乾いて付着しており赤黒いまだら模様を作っている。
ゾクリとローゼの背中に悪寒が走る。
あの、目の前にいる少年は、クロの皮を被った別人のような気がしたのだ。
『あの連続殺人事件、ドブネズミが犯人なんでしょ?』
昼間、学生たちの嘯いていた噂が、ローゼの胸を掠める。
そんな訳が無い。
そんな事がある筈が無い。
そうは思っても、目の前にいるクロからはどこか陰鬱で深い闇のようなものを感じてしまう。
ローゼが逡巡している内に、クロは騎士たちの隙をついて次の死角へと姿を消す。
(しまった!)
ローゼが慌てて彼の後を追っていったところ、最終的にクロが目的としていたであろう場所へと到着した。
(これは………この建物は、講義棟?)
ローゼの眼前には、1ヶ月半前にヴィオレによって恐怖を味合わされた無人の講義棟が、光もなく佇んでいた。




