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第41話 ローゼ・ロサウム

 私の家、ロサウム家は王都の遥か南西、森林地帯や山岳地帯一帯の領主をしています。

 辺鄙な場所なので人の数こそ少ないですけれど、豊かな自然に恵まれた綺麗な所なんですよ。

 

 ロサウム家はそれなりに由緒ある家柄で、私の父は9代目。

 『破滅の時代』以前から代々、この土地を引き継いできました。


 父はいつも言っていました。

 身を粉にして働き、領土を富ませるのが領民の務め。

 そして、そんな彼らが豊かな生活を送れるようにするのが領主の務めである。

 だから、領主の娘である私は、みんなの暮らしが楽になるように、あらゆる見識を学び、全てを見渡すような広い視野と、足元の雑草も見逃さないような注意力をを身に着けなればいけない、と。


 そんな父の意向で、私は『聡明な賢者の学舎』へ入学することになったんです。


 『聡明な賢者の学舎』の評判は、遠く離れたロサウム領にも届いていました。

 何でも、あのシエル・アルコバレーノが創設した、王都で最も名高い魔術学校であるとか………父は私にそこで見聞を広め、貴族として恥ずかしくない淑女へとなるようにと、私を送り出したんです。


 当時の私は12歳。

 世間知らずだった私にとって、学舎の生活は大変なものでした。

 学生の大半は王都に居住する貴族の子供たち。対して、私は田舎出身の芋娘ですからね。


 入学した当初、洗練された衣装や言動を持っていた学生たちに比べ、野暮ったい私は明らかに浮いた存在でした。

 それに………シルバー君も分かるでしょう?

 ここの学生たちは、勉学なんて二の次で、王都の有力者たちと親交を結ぶことにばかり執心しているじゃないですか。

 正直に言うと、媚びへつらうようなみんなに対して、軽蔑するような気持ちがあったんです。

 そして、口には出さなくても、そういった気持ちは伝わってしまうのでしょうね。

 みんなが私を見つめる瞳はどこか敵意に混じっていて、私はみんなと上手く接することが出来ず、孤立しがちでした。


 立派な貴族になるため、両親や領民のみんなに大きな負担までかけて入学した『聡明な賢者の学舎』

 なのに、私は何かを学ぶことも出来ず、いつも1人で下を向いていた。

 自分への不甲斐なさや、上手くいかない学生生活、両親に会えない寂しさ何かも相まって、部屋に1人で泣いていることも少なくありませんでした。


 アイボリー教室に出会ったのは、そんな時のことです。

 

 講義が終わった放課後、何をするでもなくフラフラしていた時に、私は先輩たちを見つけたんです。

 先輩たちは体力訓練………校庭のランニングをしていたようで、とても辛そうな様子でしたが、同時にとても生き生きしているように私は感じました。

 それは、ただ漫然と生活を送っていた私にとって、とても輝いているように見えて………気がつけば、私はアイボリー先生へ入室のお願いをしに行っていたんです。


 アイボリー教室に入ったばかりの頃は、毎日もう地獄のようでしたね。

 それまで禄に運動も魔術の訓練もしていなかった私にとって、アイボリー教室の訓練は過酷そのものでした。

 シルバー君は一ヶ月くらいで、体力訓練を最後まで終えることが出来るようになりましたけど、あれってすごいことなんですよ?

 私が先輩たちについていけるようになるまで、三ヶ月くらいかかりましたから………。


 それでも必死になって、何度もへこたれて、それでも前に進んでいる内に、私は自分の視野が広がり始めたことに気付いたんです。

 アイボリー先生にソラル室長、シアン先輩。

 みんなは、私がこれまで関わったことのないような人たちで、私と異なる思想や考えを持っていました。

 

 私はそれまで「立派な貴族」というものだけを唯一、素晴らしいものだと思い込んでいました。

 だけど、ソラル室長は商家の娘。

 シアン先輩は、庶民の出身でしょう?

 だけど、2人は私にとって尊敬できる先輩で、弱い私をいつも支えてくれた。


 みんなと一緒に活動を続ける内に、ようやく私は自分が狭小な世界に生きていたことを悟ったんです。

 

 人は誰しも、譲れない想いを持っている。

 それは優劣をつけるべきものじゃなくて、安易に人のことを「こういう人間だ」と思い込んではいけない。

 独りよがりな見解は、自分の視野をも狭めてしまう。


 私はいつか、そんな風に考えるようになっていったんです。

 

 私は変わっていくのと同時に、私の周囲もだんだんと変わっていきました。  

 それまで、敵意混じりであった筈の学生たちが、私へ優しく接してくれるようになっていったんです。

 

 当時はみんなの変化に困惑したものですが、今ならその理由がわかる気がします。

 きっと、私の中から、みんなを蔑む気持ちが失せていたんでしょうね。


 さっき言ったように、ここの学生たちは有力者に対して必死に取り入ろうとするでしょう?

 今はあれって、とても大変なことだと思うんです。

 彼女らが、あんなに懸命になっているのは、この学舎を卒業した後のため。

 貴族として成人した時に、社交界で優位に立つため、貴族として力を得るため………更に言えば、立派な貴族になるためだったんです。

 そのため、上流階級のことを必死で勉強し、人付き合いについて悩み、儀礼や礼節というものを手に入れている。

 彼女らは、立派な貴族になるため、とても努力をしている。

 だって、そうでしょう? みんなはまだ子供なのに、大人たちと同じように、貴族としての競争へ身を投じている。

 苦しい思いをしながら必死に頑張っているんです。


 私はそんなみんなを、自分が出来ないからと言って「浅ましい」と断じていた。

 自分ではみんなから見下されているつもりでしたが、何のことはありません。本当は私がみんなを見下していたんです。


 アイボリー教室に入って、色んな人と関わって、沢山のことを学んで。

 どんどんと、私の視野は広くなっていった。

 それはロサウム領に閉じこもっていたら、きっと気付けなかったであろう、新しい私の見識。

 きっと父は、私にこのことを学ばせるため、学舎へと入学させたのでしょう。


 「立派な貴族」へなるために。


 シルバー君、私はですね。

 魔術師になりたい訳じゃないんですよ。

 

 私が目指すのは立派な貴族。

 かって、父が私に言っていたような全てを見渡すような広い視野と、足元の雑草も見逃さないような注意力。これらを身につけて立派な貴族になることが私の目標なんです。


 そして、アイボリー教室の活動はそれらを私に齎してくれると、そう思っているんですよ。


 

「ははは………すいません。ちょっとしゃべり過ぎてしまいました………」


 クロの傍らで、ローゼが頬を少し赤らめて、照れたように笑ってみせる。

 クロはそんな彼女へ少し不思議そうに問いかけた。


「でも………何でローゼさんは、そんなに一生懸命になれるんですか?

 立派な貴族になることが目標であるのなら、別に魔術を学ぶ必要なんて、それほど無いでしょう?」


「だって、便利じゃないですか?」


「べ、便利?」


「さっきの『鳴動する代謝の心(ランブル・ハート)』もそうでしたけど、魔術には沢山の種類があって、日常生活で役立つものが沢山あるんですよ?

 私は特に魔術師として大成したいという思いは無いものですから、そういった生活で役立つ魔術を学んでいきたいと考えているのです」


 ローゼの言葉に、クロは自分の腹へ手を当てる。

 確かに、ローゼのお陰でクロの腹はいつもどおり、平常状態へと回復していた。


「特に覚えたいのは、身体治癒に関わる修道魔術系列のものですね。

 王都と違って、私の故郷には修道医院のような場所もありませんから………私が修道魔術をある程度使いこなせれば、領民のみんなにとって、とても助けになるでしょう。

 それに―――」


 ローゼは頬を赤く染めたまま、少しはにかむ。


「それに、私はソラル室長………先輩たちのことが、大好きですから」 

 

 私用が落ち着いてきたので、また三日毎更新に戻ろうと思います。


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