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第37話 白金の少女

 控え室を出たブラウンは、再び闘技場へと姿を現す。

 『比類なき勇気の騎士団』と『不屈たる忍耐の騎士団』の間に行われた試合は終了したものの、闘技場ではまだ他の精鋭騎士団たちによる試合が行われている。


 特別席から一般会場席へ場所を移し、ブラウンは騎士団の元へと戻って来たのだった。


「お兄ちゃん、鼻血止まった!?

 ソラルはもう心配で心配で………死ぬかと思ったんだよ!?」


「ははは………大丈夫だからそんな顔をするな。ソラル」


 何やら、会場席では小さな騒ぎが起こっている。

 見れば、チェスナットの妹であるソラル・マロンが蒼白な表情で治癒の術式を施しているようだ。


「いやいや、王都最高峰『聡明な賢者の学舎』の学生から治癒魔術をかけてもらえるとは、至れり尽くせりだな。チェスナット」


「ブラウンさん!?」


 チェスナットへの術式を一時止め、ソラルがジロリと拗ねた様子でブラウンを睨みつける。


「『危険な仕事じゃない』って言ってたのに、お兄ちゃんボロボロじゃない!

 嘘つき!」


「嘘つきとは心外な………。

 まあ、悪かったなソラルちゃん。

 俺もまさか、あんな試合になるとは思っていなかったんだよ」


「ソラル、いいかげんにしなさい。

 親善試合だって、騎士の仕事だ。危険が伴わない訳がないだろう」


「だって………」


 まだ納得のいかない表情を見せるソラルに、ブラウンは困った笑顔でチェスナットに口添える。


「まあまあ。

 先の試合は、ソラルちゃんのような女の子には些か刺激が強すぎたようだ。

 少しは気を汲んであげるべきだろう」


「む………まあ、心配をかけてすまなかった、ソラル。

 お兄ちゃんは大丈夫だから、そんな顔をするな」


 チェスナットは少し困った様子を見せながらもソラルの頭を優しく撫でる。

 ブラウンから見て、チェスナットは重度のシスコンだ。放っておいてもいいだろう。

 そんな思惑と共に、ブラウンが闘技台へ目を向けたところ、不意に背後から声が掛けられた。


「カスタード団長。少しよろしいかな?」


 いったい誰だ、とブラウンが億劫そうに後ろへ振り返るが、声の正体に気付き驚愕に目を見開いてしまった。


「ゴ、ゴルトー公!?」


 ブラウンの背後には、大柄な壮年の騎士が黄金の髪を風に靡かせ、温和な笑顔で立っていた。


 ゾーラタ・ゴルトー。

 最上級貴族『ゴルトー家』の当主にして、騎士団連合を統括する、連合委員会。その終世連合委員長の座にある男。

 王都騎士団連合の主と言うべき男である。

 彼は同時に、王都でも最高峰と謳われる『誇り高き英雄の騎士団』の名誉顧問も務め、王都において国王に次ぐ発言力を持っている。

 

 彼がこれほどの要職についている理由。

 それは、彼の出生にある。

 この国で最も有名とされる伝説『ゴルトー叙事詩』

 ゾーラタはその英雄であるクリュートス・ゴルトーの直系の末裔であるのだ。


 ブラウンも決して位が低い訳ではないが、彼と比べてしまっては天と地ほどの差がある。


「ゴルトー公、こんな場末の騎士団にどのような用向きでしょうか?」


 ブラウンは冷や汗を流しつつ、媚びたように笑みを浮かべてみせる。

 ブルーとの一戦でチェスナットが用いた手道具の数々。

 剣や槍と異なるその武器たちは、騎士としてあまり褒められたものではなかった。

 ブルーが試合前に悪役紛いの狼藉に至ったお陰で、特に突っ込まれることは無かったものの、本来であれば非難されて仕方ないものである。

 ブラウンはゾーラタがそのことを咎めに来たのではないかと警戒したのだ。


 しかし、ゾーラタはブラウンの肩に手を当てると、賞賛するように声を上げた。


「場末などと謙遜されるな。

 先の『比類なき勇気の騎士団』の戦いぶり、その名に相応しい猛々しいものであった。

 あのように心が高揚するような試合。久しく目にかかっていなかったものだ」


「お褒めに預かり光栄ですが………生憎、我が騎士団の戦い方はあまり褒められたものではないと………」


「ふふ………あの煙幕や鋼線のことかね?

 騎士とは本来、戦士であるのだ。

 剣や槍ばかりでなく、あらゆる武器に精通しているべきだと私は考えている。

 破滅の時代が終わって200年。平和な時代が続き騎士達の実戦能力が衰えているのではないかと、常々危惧していたのだが………どうやら杞憂であったようだ。

 先ほどの死に物狂いの戦い、私は大人気なく心が躍ってしまったよ。

 チェスナット君―――だったかな? 彼はなかなか、見所のある騎士だ」


「そう言って頂けると………私も団長として喜ばしいです」


 ゾーラタの言葉に、ブラウンは今度は上辺ではなく、心からの笑顔を浮かべる。

 

 ゾーラタは王都第一位の超上級貴族であるが、同時に先祖と同じく騎士を兼ねており、その腕前は王都随一と言われている。

 いささか年は取ったものの、未だ彼に適う剣士と言えば、かの傭兵くらいのものだろう。


 ゾーラタは黄金の髪を風に揺らし、服の裾から未だ衰えを知らぬ鋼のような腕を晒している。

 精悍でありながら強壮。

 彼は王国に存在する全騎士たちのあこがれとでもいうべき存在であったのだ。


「…………」


「………む?」


 そんなゾーラタの陰から、ジッと自分を見つめる瞳に気付く。

 まだ子供というべきその瞳は自分を凝視し、まるで揺らがない。


「そちらは………?」


「ああ、すまなかった。紹介が遅れてしまったな。

 私の娘だ。

 これ、カスタード団長にきちんと挨拶せんか」


 そう言えば、彼には1人娘がいた筈だ。

 もっとも、ゾーラタはあまり家族を衆目へ晒すことを良しとしておらず、ブラウンも話に聞いているだけで彼の娘を実際に見たことはない。


 ゾーラタの言葉に少女は小さく頷くと、彼の背からブラウンに向かってカツカツと進んでいく。

 確か彼女はまだ12歳。まだ子供と言える年齢であった筈だが、少女の動作は見事なほど礼式に則り、露ほどの乱れもない。

 子供ながら、相当な高等教育を受けていることが伺えるものだ。


 少女はブラウンの前で恭しく礼をすると、ゆっくりとブラウンを見上げる。


 夜明けの空を思わせるような瑠璃色の瞳。

 父よりも更に金色で、更に鮮やかな髪は黎明のような白金色の光を放っている。


 少女はまるで騎士のような皮胴衣に身を包み、母親譲りの白金色の髪を後ろできつく縛っている。

 最初に娘と紹介されていなければ、少年かと思ってしまうほどの凛々しい出で立ちだ。


 父ゾーラタの凛々しさと、母ブランシュの優美さを同時に纏った少女の姿は、なるほど勇者の末裔と呼ぶに相応しいものである。


 夜明けを背負った少女。


 何故かブラウンの脳裏にそんな言葉が思い浮かぶ。


「お初にお目にかかります。

 私の名はヴァイス・ゴルトー。

 ゴルトー家18代目当主、ゾーラタ・ゴルトーの長子。

 以後、お見知りおきを………」


 ヴァイスは透き通るような声音で、丁寧に頭を下げる。

 たかが12歳の少女に対し、どうしてかブラウンは気圧されてしまっていた。


(これが、彼の勇者の末裔か。

 なるほど態度や仕草、その姿さえも、俺のような凡人とは一線を期している………)


 何にしても、彼女はゴルトー家の跡取り娘だ。

 下手な態度を取るわけにもいかない。


 ブラウンは頭を振ると、出来るだけいつもの調子でヴァイスへと微笑んでみせた。


「あ、あー………ヴァイスちゃん?

 始めまして、おじさんはブラウンと言うんだ。

 お父さんには、とてもお世話になっているんだよ」


 ブラウンの返答に対し、白亜のようであったヴァイスの頬に朱が混じる。

 そして、無表情の顔が憤りに歪んでいく。


「ブラウン………? ブラウン・カスタード団長! 

 貴方が『比類なき勇気の騎士団』の団長ですね?

 先の試合は何事ですか?

 誇り高き騎士でありながら、鉛球や鋼線………ましてや、煙幕に頼るなど、貴方の騎士団員は恥を知らないのですか!?」


「ええ!?」


「こら! ヴァイス、何を言っておる!」


 突然の糾弾にブラウンは呆気に取られ、ゾーラタは慌てたようにヴァイスの肩を掴む。

 しかし、彼女の憤慨はまだ納まっていないらしい。


「カスタード家と言えば、破滅の時代以前から連綿と騎士団連合に名を連ねる、最古参の家系では無いですか!

 その当主たる貴方があんな卑怯な戦い方を興じるようでは、カスタードの名が泣いてしまいますよ!?

 ブロイン様は、それこそ騎士の教科書と言うべき方であったのに、貴方という人は!」


「親父の話はやめてくれ!」


 ヴァイスから放たれた父の名に、ブラウンは思わず耳を塞いでしまう。

 

「それに、ブラウン団長。

 聞いたところによると、貴方は己の不義によって奥方と別れられたそうですね!

 誠実と厳正を旨とする騎士でありながらそんな不祥事を起こすとは………。

 貴方に誇りは無いのですか!?」


「元嫁の話はやめろぉ!

 あれは浮気じゃない、その………いわゆる一つの事故というやつで………」


 ブラウンは耳を塞いだままいやいやと首を振るが、ヴァイスに容赦するつもりはないようだ。

 腰に手を当て、厳しい口調で言葉を続ける。


「いいですか? 騎士とは常に正しく、人々の手本とならなければいけません。

 それを貴方は―――」


「いい加減にせんか!!」


 なおも言葉を重ねようとするヴァイスの頭へ、ガツンという盛大な音と共にゾーラタの拳骨が振り落とされる。


「痛い!? ………父上!?」


 叩かれた頭を手で覆い、ヴァイスが困惑してゾーラタへ目を向ける。

 ゾーラタは呆れ果てたようにヴァイスを睨みつける


「まったく………知った風な口を聞きおって!

 人々の手本であれ、と自ら言っておきながら、お前のブラウン団長に対する礼の欠いた態度は何だ!?

 未熟者のお前が説教などと、片腹痛いわ!」


「だって―――!」


「だって、じゃない!

 私はお前をそんな礼儀知らずに育てた覚えはないぞ!

 小娘がいい気になりおって! お前など、どこへでも行ってしまうがいい!」


「う………」


 ヴァイスは唖然としたように頭を抑えていたが、次第にその瞳から涙が零れはじめる。


「ち………父上なんか、嫌いです!!」


 そんな捨て台詞を残して、ヴァイスが闘技場の外へと走っていく。


「まったく、あの跳ねっかえりめ………」


 ゾーラタはため息をつくと、取り成すようにブラウンへと声掛ける。


「カスタード団長、私の娘がとんだ無礼を働いてしまった。

 誠に申し訳ない」


「いえ、それは構わないのですが………。

 娘さんはよろかったのですか? 何やら泣いているようでしたが………」


 ブラウンの言葉に、ゾーラタは疲れた様子で笑ってみせる。


「なに、いつものことさ。

 あれも12歳になると言うのに、幼さが抜けず困っているのだ。

 ヴァイスは妻に面影が似ていてな。つい甘く接してしまう。

 この間なぞ「私は騎士になる!」と言って聞かず困ってしまった。

 全く………女騎士など、王国の長い歴史の中でも例が無いというのに」


 この世界において、騎士は男がなる職業である。

 筋力に優れる男が剣を持ち、魔力を持った女が魔術師になる。

 それがこの世界における常識であったのだ。


 なのに、ヴァイスは幼い頃から騎士になると言って譲らない。

 今日だって、ゾーラタは「礼装で来るように」とヴァイスに指示していたのだが、どういう訳か騎士姿で闘技場に現われてしまった。

 ゾーラタが言っていた「礼装」とは、そういう意味ではない。


「騎士の鑑ともいうべき人が側にいるのです。

 娘さんが騎士になることを目指しても、仕方がないかと」


 ブラウンの世辞混じりの言葉に、ゾーラタは少しだけ照れたように微笑む。


「相変わらず、カスタード団長は舌が回るな。

 ヴァイスは幼子の頃から騎士になると嘯いていたが、まさかこの年になってもその夢を抱き続けるとは想像していなかった。

 私としては、妻のような貞淑な女性になってもらいたいのだが………。

 もっとも、娘は剣術の才があってね。

 ずっと手ほどきをしてやっているのだが、今やそこらの剣客とは勝負にならないほどの―――」


 ゾーラタはそこまで話して、不意に顔を赤らめる。


「失敬………私としたことが、ついベラベラと」


 娘のことになった途端、ゾーラタは多弁になり、頼まれてもいなにのに嬉々としてしゃべりつづけていた。

 何だかんだ言って、娘のことが可愛くて仕方ないようだ。


「ははは………かの『黄金の騎士』も人の子らしい。

 娘のこととなると、見境がつかなくなるようだ」


「………そう、あまりいじめてくれるな」


 常に隙を見せないところがあるゾーラタの意外な一面に、ブラウンが笑顔を浮かべたところ、ゾーラタは少し訝しげな表情を浮かべて見せた。


「カスタード団長、あの魔術師は何者なのかね?」


「ああ、彼女はソラル・マロン。

 チェスナットの妹ですよ。

 ソラル殿はあの『聡明な賢者の学舎』の学生でしてね。

 一人前ではないが、魔術に対して深い知見があるようです」


 相変わらず、ソラルはチェスナットへ必死の表情で治癒魔術をかけている。

 ずっと温和な表情であったゾーラタが、そこで少し顔を顰めてみせる。


「ふむ………騎士の親族に魔術師風情がいるとは、あまり関心しないな」


「そ、そうですか………」


 厳しい目つきでソラルを見つめるゾーラタに、ブラウンは少し困惑してしまう。


(ゾーラタ・ゴルトーか………立派な騎士ではあるのだが、こと魔術師に対する偏見だけは如何ともしがたい物があるな。

 もっとも、彼の過去を省みれば、仕方がないことではあるのだが………)

 

◇ 


「うう………私は何一つ間違ったことを言っていないのに………。

 父上は意地悪です………」


 ヴァイスがぐしぐしと目元を擦りつつ、文句を口にする。

 

 彼女は1人、王宮の中を歩いていた。

 王宮は広く、入り組んでいて迷ってしまいそうな建築物であるが、頻繁に出入りするヴァイスにとっては庭のようなものだ。

 もっとも、彼女に行く当てなどない。

 ゾーラタからの叱咤に憤り、勢いのまま飛び出してしまっただけだ。

 

 父に逆らって飛び出したはいいが、会わせる顔がなくなってしまった。

 幼いヴァイスはどうしたものかと、途方に暮れてしまったのだ。


 廊下に備え付けられた大きな鏡に、そんなヴァイスの姿が映る。

 

 今朝、騎士団の試合を見に行くのだからと言って、ヴァイスは使用人たちに細かく注文し、誰の目にも立派に映るような騎士姿となったのであるが、泣きべそをかいた顔が全てを台無しにしてしまっている。


(なんて酷い顔をしているんだ、私は………)


 こんなことで泣いているようでは騎士に―――父のような騎士になど、なれる訳が無いではないか。


 乱暴に目元を擦りつつ、ヴァイスは情けない気持ちに満たされる。

 同世代の少女たちに比べても涙腺が弱い自分を、彼女は強く嫌っていた。


 何だか、酷く落ち込んでしまった。

 こんな時は『あそこ』に行こう。

 

 ヴァイスはそう考えると、王宮の更に奥深くを目指して進んでいったのだった。



 王宮の中に造られた空中庭園。

 王国の技術の粋を極めて造られたその美しい庭園は、ヴァイスのお気に入りの場所であった。

 偶に庭師が来るとき以外、この場所にはほとんど人が訪れない。

 

(私の心の傷を癒すには、うってつけの場所ですね)


 ヴァイスは大仰にそんなことを考え、トコトコと庭園の中を進んでいく。

 その時、不意にぐにゃりとした感触が彼女の足へと伝わる。


「痛っ!」


「な!?」


 どうやら、誰かの体を踏んづけてしまったようだ。

 こんな場所にいったい誰が? とヴァイスが目を向けると―――


 そこには、見慣れない、黒髪、黒目を持った少女?が、涙を浮かべて座り込んでいた。




「痛たた………」


 クロは痛む右足を擦りながら、体を起こす。

 王宮の空中庭園。そこを迷い続けている内に疲れて寝込んでしまっていたところ、誰かに足を踏まれたようだ。

 顔を上げると、目の前に騎士のような出で立ちをした少年?が慌てた様子で立っていた。


「も、申し訳ない!

 まさか、このような場所に人がいるとは思わず、とんだ失礼を………」


 少年はペコリとクロへ向かって頭を下げる。

 僅かな動作であるが、少年の立ち振る舞いは洗練されたもので、彼が確かな教育を受けた上流層の人間であることが伺えた。


 クロは少し呆気に取られながらも、少年をしげしげと見つめる。 

 まず目に入ったのは、輝くように鮮やかな白金色の髪。

 肌は象牙のように白く、空を思わせるような瑠璃色の瞳が申し訳無さそうな様子でこちらへ向いている。

 年齢は自分と同じくらい………もしくは年下だろうか?

 自分も人のことは言えないが、この年頃の少年にしては些か小柄であるように思える。

 もっとも、矮躯の自分にとっては、彼を見上げるような形になるのだが………。

 

「いえ………そもそも、こんなところで寝ていた僕にも、否がありますし―――」


「私としたことが………故意では無いといえ、貴女のようなお嬢さんを傷つけてしまうとは―――」

 

「え?」


「え?」


 お嬢さん? と一瞬クロは疑問に思うも、自分の装いを思い出す。

 そういえば、自分は先輩たちの悪ふざけで、女装をさせられていたのだ。

 

「いえいえ、お気になさらないで下さい! 『私』に怪我はありませんから」


 クロは慌てて少年へ手を振ってみせる。

 王宮の奥の奥。そんな場所に女装をした男が居るのはどう考えても不味い。

 少年が自分を女の子だと勘違いしているのなら、そのまま通してやろう、とクロは決意を固める。


「は、はあ………?」


 少年は少し訝しげな顔を浮かべるも、クロに怪我がないことを見て取り、ホッと安堵の息を漏らす。


「ところで、貴女はどちら様でしょうか?

 どうしてこんな所へ?」


「あ、あの、私はクロ―――いや、チェレン! チェレン・シルバーと申します。

 今日、王宮で騎士様たちの親善試合があると聞いたので見学に来たのですけど………実は道に迷ってしまって………」


 クロは身を起こすと、故郷にいる妹の名前を拝借して訳を説明する。

 少年はニコリと微笑むと、自らの胸に手を当て礼をしてみせた。


「そうでしたか。私は王宮の構造について知見があります。『継承の間』までご案内しましょう」


 そう言って少年はクロに手を差し伸べる。

 しかし、クロはその手を取らず、恐る恐るといった様子で問いかける。


「あの………貴方はいったい………。

 ひょっとして、高貴な身分にある方なのでは?」


「…………」


 クロの問いかけに対し、ヴァイスは少し思案する。

 確かに自分はゴルトー家、王都最上級貴族の娘だ。この少女が何者かは知らないが、正直に名乗っては無駄に気を使わせてしまうかもしれない。


 ヴァイスはそう考えると、少し嘘を吐くことにした。


「ああ、申し送れました。私の名前はシロ。

 唯の通りすがりの者ですよ」


 シロはずっと昔にヴァイスが飼っていた猫の名前である。人間の名前としては些か奇抜だが、どうせ偽名だ。構わないだろう。


「シロ様………でしょうか?」


 通りすがりなどと言っているが、彼の出で立ち、立ち振る舞いは明らかに上流階級のそれだ。

 クロはまだ少し緊張感を持ったまま、ヴァイスの手を見つめ続ける。

 そんなクロの手を、ヴァイスはやや強引に握り締めた。


「私のことなどシロ、と呼び捨てにして頂いて結構ですよ。

 では行きましょうか、チェレンさん」

また私用が修羅ってきたので、少しの間投稿ペースを下げさせて頂きます。ごめんなさい。

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