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第18話 針ねずみのジレンマ

 午前中の授業が終わり、学生達が昼食を取るために思い思いの行動を取る昼休み。

 そんな中、人気の無い学舎の中庭で1人。クロがパンを咥えながら佇んでいた。


 モサモサとつまらなそうにパンを口に運ぶクロへ、コウが伺うように口を開く。


「なあ、クロ。お前さ………」

「何だよ?」

「いつも、そうやって1人なのか?」

「……………」


 コウの言葉を無視し、クロは無言でパンを咀嚼し続ける。

 コウは彼の無言を肯定と捉え、少し優しい調子で言葉を続けた。


「確か、この学校に入学して1年以上経つんだよな?

 お前………今までずっと、今日みたいに息を潜めて生活してきたのか?」


「だったら………何だよ?」


 コウは側の花に腰掛けると、小さくため息をついてみせる。

 こうしていると、コウは可憐な見た目も手伝い、それこそ御伽噺に出て来る妖精のようだ。


「なあ、クロ。もっと楽しく生きようぜ?

 友達作ってさ、もっと沢山の人と話してさ、うまくやれば恋人なんかも作ったりして………」


「興味無い。僕は今の生活に満足している」


「そんなこと言っても、お前―――」


 コウは更に何か言葉を続けようとしたが、それは別の声によってかき消された。


「シルバーくん………? 誰かと話しているの?」


「―――っ」


 声と同時にコウは姿を霧のように霧散させ、クロの目に映らなくなる。

 姿を知覚出来ないようにする―――コウにはそんな力があるらしい。腐っても妖精族ということだろうか。

 大したものだな………とクロは他人事のように独りごちると、自分へ呼びかけた人物へ視線を向ける。


「別に………いつもどおり1人ですよ。アイボリー先生」


 視線の先には、ベージュが心配そうな表情でクロを見つめていた。


「僕に何か御用ですか?」


「いえ………そうだ! 

 もし1人なら、先生も一緒に昼ごはん食べてもいいかな?

 私も今日はお弁当なの」


「生憎、僕はもう食事を取り終えましたので………」


 うれしそうにサンドイッチを取り出したベージュを尻目に、クロは腰を払うと中庭を去って行こうとする。


「ま、待ってシルバーくん!」


 しかし、ベージュはそんなクロの手を掴むと、その場へ引きとめた。


「何ですか、いったい………。

 魔術研究会の件であれば、以前お話したとおり、僕は入るつもりはありませんよ?」


「そ、そのことではないわ………」


 ベージュはクロを掴んだ手に力を込める。

 クロの態度が素っ気無いのは以前からであるが、ベージュが最近のクロから素っ気無い以上の物を感じていた。

 今日はそのことを話すために、わざわざ弁当などという小細工まで仕込んで、ここへやってきたのだ。

 ベージュは覚悟を決めると、以前から告げたかった言葉をクロへ投げかける。


「ヴィオレ・ヴァイオレットと関わるのは、もうやめなさい」


「はぁ!?」


「私だって、貴方にこんなことを言いたくは無かった。

 だけどね………最近のクロくんは明らかにおかしくなってきているわ。

 そう、ヴィオレさんと関わるようになってから、貴方は少しずつ変わってきてしまっている」


「貴女には関係ない」


 クロは切り捨てるように、ベージュの手を振り払おうとするが、彼女の手は固く握られ振り払うことが出来ない。


「関係ないわけが無いでしょう! 私は貴方の担任なのよ!?

 教師が自分の生徒を心配に思うのは当然でしょう!?」


 ベージュは必死になっていた。

 始めの方こそ、クロが他人に対して心を開いたという事実は好ましいとも思っていた。 

 相手があのヴィオレ・ヴァイオレットだというのは遺憾だが、そこから多くの人たちと交流が増えればいいと思っていたのだ。


 しかし、それからカナリーとの一件。

 そして『卑賎の民の町』における暴行事件。

 更に、最近のクロの周りに対する態度。


 それらを省みれば、クロをこのままにしておける訳がなかったのである。

 ヴィオレ・ヴァイオレット………彼女は危険な学生だ。

 闇に染まってしまいそうな生徒をみすみすと見過ごせるほど、ベージュは鈍感な教師では無い。


「シルバーくん………私は貴方が心配なのよ。

 私には、貴方が以前より固く、深く、心を閉ざしているように見える。

 確かに貴方が周りの生徒たちを疎ましく思っているのは知っていたわ。

 だけど、最近の貴方はそれ以上、まるで世界の人々みんなを憎んでいるみたい」


「………うるせぇんだよ、偽善者」


「―――!」


 ベージュはクロの腕を掴んだまま、ハッと彼の顔へ目を向ける。

 クロは明らかな憎悪の目―――他の学友たちに向けるのと同じ目でベージュのことを睨みつけていた。


「言いたいことはそれだけですか? アイボリー先生。

 生憎、僕はそんな取ってつけたような綺麗ごと、耳を貸すつもりはありませんが」


「シルバー………くん?」


 クロはにやりと以前は決して見せなかったような、嫌な笑みを浮かべてみせる。


「担任だから? 教師だから生徒を助けたい? 相変わらず歯の浮くような嘘ばかりを吐かれるようだ。

 正直に言えばいいじゃないですか?

 要するに、貴方は僕の『特異魔術師』という面に御執心なのでしょう?

 僕にやたらと声を掛けていたのは、僕を魔術師に仕立てあげて、魔術師結盟から『賢者』と呼ばれるようになりたかっただけじゃないのですか?」


「そ、そんな訳ないじゃない!

 私は貴方に一人前の魔術師になってもらいたいと―――」


「ああ、そういうのはいいですから。

 自分に『特異魔術師』という点以外に、他人から関心を持たれる所が無いということなど、僕自身が一番理解しています。

 僕が我慢ならないのは、貴方が綺麗ごとで自分を正当化しようとしているところだ」


 クロは腹の中に溜まりきったモヤモヤとした何かを、まるでベージュにぶつけるかのように、彼女へ向かって辛辣な言葉を吐き続ける。


「嘘はやめて下さい。正直に言ってください。

 はっきりと言えばいいじゃないですか? 

 『お前は特異魔術師である以外に、いいところなんて何もないのだから、おとなしく自分に従え』ってさ。

 アンタの語彙ごかしには、心底虫唾が走るんだ」


 まずいな………これは学舎を追放されてもおかしくないぞ。


 嘲るように暴言を吐きながら、クロの心に残った冷静な部分が自分の言動に危機を抱く。


 だけど………止められない。


「……………シルバーくん」


 クロの言葉を黙って聞いていたベージュが顔を上げる。

 その胡桃色の瞳には、怒りや憤りは浮いておらず、ただ、悲しみの色だけをたたえていた。


「もしかして………ずっとそう思っていた?

 私がクロくんへ声を掛けるのは、貴方が『特異魔術師』だから。

 私が自分の権威のためだけに、貴方へ声を掛けているって………」


「当たり前でしょう? 

 上級魔術師である貴女が、他にどんな理由で僕なんかへ声を掛けるっていうんですか」


「う………」


 クロから放たれた冷たい言葉を受け、ベージュは自分の口元を手で抑えると、そのまま背を向け中庭から走り去っていく。

 クロはそんな彼女の背中を、嘲るような笑みを浮かべたまま、睨み続けていた。



「ど阿呆あほ!」

「いてっ!」


 ベシリとクロの頭をコウが叩く。

 コウの拳は、クロの指先程度の小さな物であるのだが、その威力は金槌で殴られたからのように威力のあるものだった。


「痛いな………何するんだよ?」


 クロが頭を摩りながら、コウを睨みつけるが、コウは更にクロの頭を叩きつづける。


「黙れ、ど阿呆あほう!」

「痛っ、やめ………わかったからやめてくれ!」


 ガンガンと頭を殴られ、堪らずにクロはコウへと降参の意を述べた。

 クロが中庭の地面に座り込むと、コウは再び花へ腰掛け、クロに向かって厳しい調子で言葉を放つ。


「あの先生に、謝りに行ってこい! 今すぐにだ!」


「ふざけるな! とうとう、あの煩わしいアイボリーへ引導を渡してやったんだ!

 謝るなんて、冗談じゃない!」


「クロ!!」


「うるさい!!」


 クロとコウは花を挟んでしばしの間、睨みあう。

 コウは固くクロを睨みつけたまま、静かに口を開く。


「お前さ………本当にあの―――アイボリー? アイボリー先生がお前を利用するためだけに声を掛けていると思っているのか?」


「当たり前だろ!? 僕がこの1年間、どれだけの上級魔術師から耳障りのよい言葉をかけられたと思っているんだ!

 奴らは僕の『特異魔術師』という部分が欲しいだけなんだよ!」


 クロは激昂したように怒鳴ると、追い込まれたような顔で言葉を続ける。


「この『聡明な賢者の学舎』は嘘と欺瞞に満ちている!

 学生―――あの女共は僕をドブネズミ扱いし、毛嫌い、殺そうとさえしてくる!

 教師たちは、まるで僕を実験動物モルモットか何かのように思って、利用することしか考えていないんだ!」


 クロはコウに向かって怒鳴り続ける。

 それは、彼がこの1年間で溜まりに溜まった、意趣遺恨。

 これまで誰にぶつけていいかもわからなかった、心の叫びであった。


「ドブネズミにしろ、モルモットにしろ、ネズミなのは一緒さ。

 この学舎で、僕を―――ネズミとしてではなく、人間として僕を見てくれるのは先輩だけだ。

 先輩さえいれば、僕はそれでいい。

 先輩を悪く言うような奴は許さない」


 はあはあと息を荒げながら、クロは締めくくるように、そう呟く。

 そんなクロへ、コウは深くため息をついた。


「まるで………針ネズミだな」


「なに?」


 コウは腰掛けていた花弁の上に立つと、真紅の静かな瞳をクロへと向ける。

 クロは相変わらず息を荒げたまま、漆黒の瞳に鬱積だけを宿してコウを睨みつけていた。


(いったい何が、コイツをここまで歪めちまったのかねぇ)


 コウにとってクロは、つい昨日であったばかりの少年である。

 わずかの間ではあるが、どうやら彼は生真面目で、恐がりで、何より酷く意地っ張りであるようだと感じていた。


「俺は、クロがこの1年間。この学舎でどんな生活を送ってきたのか知らない。

 学舎の教師や生徒、そいつらがお前に対して、どんな風に接してきたのかも知らない。

 だけどさ今のお前、心に針を持っちまってるよ。

 その針は、もしかしたら自身を守るのに必要なものだったのかもしれない。

 それを備えることは、お前にとって必要なものだったのかもしれない」


 コウは普段の活発さを潜め、静かな落ち着いた様子で言葉を続ける。


「だがな、その針はお前を守ると同時に、お前自身をも傷つけるものだ。

 そんなに鋭い針を外に向けてちゃあ、近づく人間なんて1人もいない。

 あのアイボリー先生だって、必死でお前へ手を差し伸べていたのに、その手を針に刺されちまったじゃないか」


「…………」


「クロ、俺はさ………。

 人間ってヤツは、簡単に善行を積むことは出来ないが、同時に悪徳だって簡単に積めないと思っているんだ。

 完全な善人も、完全な悪人も、そうそういない。

 いるのは、善と悪の境界をふらふらと彷徨い、自分の在り方に悩みつづける。

 そんな凡人ばっかりさ」


「何が言いたい?」


 クロが怪訝な表情で問いかけるが、コウは無言で花の上から飛び立つと、クロの頭へ抱きしめるように降りたった。


「なあ、クロ。

 そんなに恐がるな。針をそんなに尖らせるなよ。

 お前の周りは、お前が期待するほどいい奴じゃあねえが、お前が絶望するほど悪い奴でもないんだ。

 全てを拒絶すれば、傷つけられることはないかもしれないが、撫でてもらうことだって出来ないんだぜ?」


「そんな気休めはやめてくれ」


「うーむ、頑固だなぁ。お前は………」 


 あくまで頑ななクロの言葉に、コウは頭を抱えると、あきらめたような様子で呟く。


「どっちにしろ、アイボリー先生には謝りに行こうぜ?

 あの人は、この学舎で高い身分にある人なんだろ?

 あんな暴言を吐いて別れたままじゃあ、お前の立場も不味いだろう」


「………………」


 クロは憮然とした表情を守りつつも、コウの言葉に対して小さく頷いた。


「わかったよ………確かに、学生の僕がアイボリー先生にあそこまで暴言を吐いたのは不味い」


 確かに、その点についてはクロも同意だった。

 ベージュは上級魔術師。魔術師ですらないクロにとって、天上人のような存在なのだ

 謝罪の一つもいれなければ、取り返しがつかないことになるかもしれない。


「うっし、そうと決まれば善は急げだ。

 さっそく会いに行こうぜ!」 


 笑みを浮かべるコウへ促されるように、クロはのそりと立ち上がりベージュがいるであろう第1校舎、講師棟へ足を向けるのだった。


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