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第14話 魔法陣

 『聡明な賢者の学舎』

 本日は休日であり、普段は人の行き交う学舎の中も、人影がまばらである。

 ベージュはそんな中、1人の少年を探して学舎内を彷徨っていた。

 学生棟の部屋に、彼はいなかった。というか戻って来た痕跡すら無かった。

 それでもベージュは諦めきれず、虱潰しに彼の行きそうな場所を回っていたのだ。


 探し始めて1時間程度、学舎の中庭にてようやく、ベージュは探していた少年の姿を見つける。

 ベージュは彼に駆け寄ると、笑顔と共に声を掛けた。


「シルバーくん。退院、おめでとう!」


「アイボリー先生?」


 クロ・シルバー。ベージュの受け持つ、世界で唯一人の男魔術師である。

 彼は『卑賤の民の町』と呼ばれる王都の吹き溜まりで悪漢たちに襲われ、半月近くも入院するような大怪我を負わされたのだ。

 そして、今日。ようやく退院し、この学舎へと戻ってきたのである。


「アイボリー先生。どうして学舎に? 今日は休日でしょう?」


「貴方が今日退院するって聞いたから、顔を見に来たの。

 だってシルバーくん、お見舞いに行っても会ってくれないのだもの………」


「………担当の修道魔術師に、安静にするようにと言われたので」


 クロは視線を反らし、素っ気無く答える。


「それなら仕方ないけれど………退院するなら何か伝えてくれてもいいじゃない。

 私、とっても心配していたんだよ?」


「心配? 何でアイボリー先生が僕の心配なんてするんですか?」


「し、心配して当たり前じゃない! 私は貴方の担当講師なのよ!?」


 悪びれる様子すらなく、億劫そうに答えるクロへ、ベージュが少しだけムッとする。

 クロは冷めた目でそんなベージュを一瞥すると、頭に手を当てて口を開く。


「ああ、監督義務というやつですか。

 なるほど、確かに退院の報告を失念したのは軽率でした。

 先生に無駄な手間をかけてしまい、申し訳ありません。以後、気をつけます」


 クロはそう言って深々と頭を下げる。

 言葉こそ丁寧であるが、その声は無味乾燥なものであり『面倒くさい』といった気持ちが言葉尻から漏れ出ている。

 そんなクロの態度にベージュは困惑する。

 確かにクロはお世辞にも愛想のいい学生とは言えなかったが、今の態度はあまりにも礼を欠きすぎだ。

 まるで自分へ敵意を向けているかのように感じてしまう。


「ねえ、シルバーくん………どうしたの?

 入院している間に、何か―――」


「アイボリー先生、彼は病み上がりなんです。

 あまり、いじめないであげて下さい」


 不意にベージュの背後から声が掛けられる。後ろへ振り向くと、彼女の最も見たくない学生が薄い笑みを浮かべながら立っていた。


「………ヴィオレ」


「彼は私と約束をしているんです。用が済んだのであれば失礼しますね」


 ヴィオレはベージュを一瞥すると、クロをどこかへ連れて行こうとする。


「シルバーくん、待ちなさい! まだ話は終わって―――」


「ほら、クロ。行くよー!」


 ヴィオレとベージュ、2人は同時にクロへ声掛けたのであるが、クロの耳には片方の声しか届いていなかったようだ。


「あ、先輩! ちょっと待って下さいよ!」


 クロはベージュへ視線を向けることも無く、声を弾ませながらヴィオレの後へついて行く。

 その顔は満面の笑顔で、さきほどベージュに向けていた無表情とは全く異なっていた。


「シルバーくん………」


 何事かを話しながら、2人は連れ立ってどこかへと去っていく。

 ベージュはザワザワとした胸騒ぎを感じながら、そんな2人の背中を見つけるのだった。



「それじゃあ、妖精を召還する儀式、始めるよ!」


 学舎が休日の人気のない講義棟。

 その資料室の中で、ヴィオレがクロへうれしそうに声掛ける。


「はあ………」

  

 ヴィオレは先日買い集めた『妖精召還の材料』

 スイートピーの花やエメラルドなどを鞄に詰め込むと、更に一個の白い人形を取り出した。


「その人形は?」


 クロの問いかけに、ヴィオレは得意気な様子で人形を見せびらかし、胸を張ってみせる。


「ふふん、これが妖精召還の肝となる材料。

 妖精を呼び出した時、その精神を示現させる依り代だよ。

 正直、これを創るのが一番大変だったんだ。

 ちょっと触ってみる?」


 クロはヴィオレから人形を受け取る。

 人形は人型を模っただけの簡易なものであるが、その肌触りは、これまでクロが感じたことのないものだ。

 硬く、触っただけでも頑強な素材で出来ていると分かるが、その割りには随分と軽い。

 金属や岩石類などとは、全く異なる質感であった。


「先輩………これは、何の素材で出来ているんですか?」


「うーん、クロに言ってもわからないと思う………私も『アレ』をこんな風に加工できるなんて思っていなかったんだ。

 それを創るためにね、王都中の精製魔術師に当たったんだよ。

 いやあ、大変だった!」


 ヴィオレはクロから人形を受け取ると、急くかのように声を弾ませる。


「ほらほら、さっそく行くよ?」


「行くって………どこへ?」


「決まってるでしょ? 校舎の外だよ!」


 当然のような顔でそう言うヴィオレに対し、逆にクロは不思議そうな表情を浮かべる。

 ヴィオレは妖精の召還を行うと言っていた筈だ。

 何故、校舎の外になど出る必要があるのだろう?


「はいはいはい、時間が無いからさっさと動く!」


 クロはそんな疑問を抱くも、いつもより若干高揚気味なヴィオレに引っ張られ形で校舎の外へと進んでいくのだった。



 『聡明な賢者の学舎』第3校舎、講義棟。

 その校舎の外側をクロはヴィオレと連れ立って歩いていく。


 学舎には合計で7つの校舎が存在する。

 第1校舎、講師棟。

 第2校舎、研究棟。

 第3校舎、講義棟。

 第4校舎、修道魔術、天変魔術、生成魔術、研究室。

 第5校舎、学生棟。

 第6校舎、アルコバレーノ歴史資料会館。

 第7校舎、図書館及び風土資料研究室。


 これらの校舎は、講師棟を中心として、幾何学模様の円陣を組むように建設されていた。

 その建て方は利便性というものが全く考慮されておらず、校舎間を移動する際にはやたらと遠回りを強いられてしまう。

 クロは兼ねてから、この学舎の複雑な様相に辟易していた。


 そんな中を歩きながら、ヴィオレが不意にクロへと声掛けた。


「ねえクロ。ウチの校舎って、何かやたら複雑だと思わない?」


「ええ、移動するとき、無駄に時間がかかって困りますね」


「ふふふ」


 クロの返答に、ヴィオレは少し目を細めると、校舎の一角。アルコバレーノ歴史資料会館の片隅に作られた壁龕へきがんを目に納める。


「よし、まずはここ」


 そして、その壁龕へスイートピーの花を置き始めた。


「何してんですか? 先輩」


「………………」


 ヴィオレはクロの質問には答えず、しばし沈黙を守ったのち、そっと口を開く。


「学舎が、こんな風に作られているのには理由があるんだよ」


「理由?」


「知ってる? 学舎の建物は壁や窓、釘の一本に至るまで、あらゆる資材全てに魔力を精製しているんだよ。

 言ってしまえば、この校舎全部がでっかい魔道具マジックアイテムってわけ。

 いや、魔建築物マジックビルディングって言った方が正しいのかな」


「ま、まさか………」


 ヴィオレの言葉は俄かには信じがたいものだ。

 剣の一本、杖の一丈に至るまで、魔力を込めた道具を作成するには途方もない時間と労力を必要とする。

 この巨大な校舎全体に魔力が込められているなど、冗談にすら思えない。


 しかし、ヴィオレは青紫色の瞳に静かな光を宿し、壁龕を見つめたまま言葉を続ける。


「そして、学舎の非効率な建築様式。クロ、これを不自然に思ったことは無い?」


「不自然って………。これが王都の流行的なものなんじゃないんですか?」


「ぷっくく、クロは面白いなあ」


 ヴィオレは少し噴き出して笑うと、校舎を前に手を広げた。


「聡明な賢者の学舎はね。この建物自体が一つの大きな魔方陣なの。

 講師棟を中心として、古今東西のあらゆる魔方陣を校舎によって再現している。

 ―――想像できる? クロ? この規模、この巨大さ。

 ましてや、校舎の中には無数の魔術師が行き交い、常時魔力が供給されているんだよ。

 こんな場所、歴史上にも他に無いよ」


「………俄かには信じられないですね」


 訝しげなクロに対し、ヴィオレは小さく笑ってみせる。 


「私が妖精を召還するって言ったとき、クロは無理だって言ったよね?

 確かにその通り、私達が妖精を召還するなんて無理な話だよ。

 だけどね、この学舎においてはそれが可能になる。

 だって、ここではあらゆる魔術が顕現可能な、奇跡みたいな場所だから」


 学舎全体が一つの巨大な魔方陣?

 いくら何でも、ヴィオレの話す内容は荒唐無稽すぎる。


 クロはそんなことを思いながらも、心の奥から発せられる『ヴィオレに従え』という指示のもと、彼女の道楽につきあうことにしたのであった。



 それからヴィオレとクロは、先日集めたエメラルドやクローバーなど妖精を召還する素材、なる物を校舎の様々な場所へ置いていった。

 校舎には歴史資料会館と同様に小さな壁龕があちらこちらに設置されており、ヴィオレが学舎の地図を片手に、壁龕を見繕い対応する素材を置いていく。


「よし、準備しゅーりょー」


 そして、そんな軽薄な言葉で、召還の準備が整ったことを告げると、クロの手を引いて再び講義棟の資料室へと戻ってきたのであった。


「………それで、妖精の召還というのはどこでやるんですか?」


 再び資料室の椅子へと腰掛けたクロが訝しげにそうヴィオレへ問いかける。

 ヴィオレはそれに含みをはんだ笑顔で答えると、資料室の片隅―――今は物置として使用されている、かっては調べ物をする場所であったと思われるスペースに目を向ける。


「流石に、妖精を召喚するのは、ちょっとやそっとの場所じゃ出来ないからね。

 ふさわしい場所へ、クロを案内して上げるよ」


「ふさわしい場所?」


「そう、ほらこっち来て」


 ヴィオレはクロの手をグイグイと資料室の奥にある物置の中へと引っ張っていく。

 そして物置に置かれた戸棚の前に立つと、それに手を掛け押し始めた。


「何してんの? クロ、ほら手伝って!」


「え? あ、はい………」


 クロはよくわからないまま、ヴィオレを手伝って戸棚を押していく。

 2人掛かりで押した戸棚は横にずれ、その壁面を覗かせる。

 そこには扉が備え付けられていた。


「隠し扉………!?」


「ふふん、今まで気付かなかった?」


 驚愕の表情を浮かべるクロに対し、ヴィオレが得意げに鼻を鳴らす。


「気付かなかったって………こんなもの、普通気付かないでしょう? 

 先輩はどうやって、これを知ったんですか」


「………まあ、色々あってね」


 ヴィオレはクロの疑問に取り合わず、無造作にその扉を開く。

 見れば、その扉は鍵が破壊されているようだ。

 先輩だな………とクロはジロリとヴィオレを睨むが、彼女は気にした様子もなくその奥へと入っていく。

 扉の先にはどこまでも下に続くような、階段が設置されていた。


「さあ、行こうか! クロ!」


「え、ええ………?」


 クロは扉の先を覗き込み、少し逡巡する。

 そもそも、この資料室にこんなものが仕込まれていたこと事態、驚きなのだ。

 この先に進んでいいものなのだろうか?


「なあに? 心配なの」


「そりゃあ………」


「大丈夫だよ! ほら、私がついているんだから」


 ヴィオレは再び、クロの手を引くと階段をズンズンと下っていく。

 クロは逆らう気にもなれず、引かれるがままに階段を下っていくのだった。

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