第11話 幸福の妖精
「幸せを呼ぶ妖精?」
ヴィオレが発した突拍子の無い言葉にクロは訝しげな表情を浮かべるが、ヴィオレはふふふっと胸を張って、偉そうな表情を浮かべて見せる。
「そのとおり! 幸せを司るという幸福の妖精!
私は長年の研究から、ついにそれを召還する術を得たのだよ!」
放課後過ぎの資料室。
いつものようにクロが学術書を読んでいたところ、資料室仲間であるヴィオレが必要以上に胸を張って、わけのわからないことを言い始めたのだ。
「………………」
あくまで得意げな顔を維持しつづけるヴィオレをクロは凝視する。
「先輩、いい医院を紹介します。
僕が入院していたところですけど………確かあそこには腕のいい臨床魔術師が………」
「こらこらぁ! そうやって人をすぐに馬鹿にしない!」
クロの言葉にヴィオレが怒ったような声を上げるが、クロは鼻白んだ表情で彼女へ言葉を続ける。
「そんなこと言っても………妖精族、でしょう?
確かにアルコバレーノ学長レベルの賢者なら、彼らを使役できるかもしれないけれど………僕らはしがない学生ですよ?」
この世界にはクロたち人間族のほか、エルフ族やオーク族といった『知的種族』と分類される亜人たちがいる。
そしてその中で最も数が少なく、そして特殊な力を持っているとされる妖精族と呼ばれる種族がいた。
彼らは亜人の一種とされてはいるが、その存在はあやふやで、その定義も正しく定まってはいない。
妖精族は超自然的な存在で、寿命という物が無く、また死という概念すら無いと言われている。
歴史上において、妖精族が人間族と関わったことは数回ほどしかなく、しかもそれらは全て歴史的な大賢者によって召還されたものだけなのだ。
そんな妖精族を自分たちが召還するなど、正気の沙汰とは思えないものであった。
訝しげな表情を守るクロに対し、ヴィオレはニコリと笑いかけると、机の上に一冊のノートを広げた。
「別に私も根拠なく、こんなことを言っているわけじゃないんだよ。
ほら、ちょっとこれを見てみて」
「…………?」
クロはヴィオレに言われるがまま、彼女の広げたノートへ目を向ける。
そこには、何やら丸っこい文字で
『妖精を召還するレシピ☆』
と書かれており、その下に『材料』として様々な素材の名が記載されている。
スイートピーの花弁 80グラム
ユリシスの羽 20グラム
クローバーの葉 75グラム
エメラルドの宝石 0.4グラム
「これは………?」
「だーかーら、幸せを呼ぶ妖精を召還するために必要な素材。
これを集めれば、妖精を呼べるの!」
「はあ………」
ヴィオレの言葉に、クロは疑わしそうな様子で答える。
妖精を召還する―――それは、実際に成功すれば歴史的な偉業と成り得るものである。
その妖精を、こんな自分たちでも手に入りそうな素材で呼び出せるとは思えない。
「あー! 疑ってるね!?」
「そりゃあ………まあ」
そんなクロに対し、ヴィオレは少し瞳を静かに揺らして、そっと呟く。
「出来るんだよ………確かに普通は無理だけど、他でもないこの学舎でなら、私たちは妖精だって召還できる」
「?」
ぽつりとそう呟くヴィオレに、クロは不思議な目を向ける。
「とにかく! 出来るから出来るって言ってるの! 私を信じなさい!」
「わかりましたよ………お手伝いします」
とうとう怒り始めてしまったヴィオレに対し、クロはため息交じりにそう答える。
妖精など呼び出せるとは思えないが、どうせいつもの気まぐれだろう。
(カナリーさんの一件もあるし、恩返しの意味も兼ねて先輩の道楽につきあうか)
クロはそう考え、ヴィオレの言う「幸福の妖精を呼ぶ素材」とやらを、一緒に集めにいく約束をしたのだった。
◇
学舎が休日のうららかな昼下がり。
王都の中心部、露店などが立ち並ぶ商店街の大通りにクロとヴィオレは連れ立って歩いていた。
この間、資料室で約束した「妖精の素材探し」。
それを手伝うため、クロは珍しく学舎を出て、王都の中心部へその足を運んだのだ。
王都の広場で待ち合わせをしたヴィオレは、比較的動きやすい服装をしていたが、上級貴族の娘らしく全て最高級の素材で出来た華奢な衣服に身を包んでいる。
それに引き換えクロはシルバー村で使っていたみずぼらしい黒コートに、黒いズボンと解禁シャツ。
黒、黒、黒。全身黒づくめである。
真っ黒なその姿は正直………ドブネズミという言葉を形容するに相応しいものであった。
「クロ………なに? その格好………。
てゆーか、黒色が好きなの?」
「汚れが目立ちませんから………コートについては、僕、貧乏なんで他に羽織るものが無いんですよ」
「むぅ………」
ヴィオレはそんなクロの姿をしばし、ジロジロと眺めていたが、気を取り直すように一息ついてパッと笑顔を向ける。
「まあ、いいか。それより、さっそく妖精召還の素材集めに向かうよ!
クロ、準備はいい!?」
「はい」
「そこは、おー! でしょ!?」
「お、おぉー………」
そうして2人は王都の雑多な人ごみの中へ姿を消していった。
◇
「おばちゃん、店にあるスイートピーの花、全部ちょうだい!」
「ご主人、この店のエメラルド、全部ちょうだい!」
「庭師さん、お金は払うからこの公園のクローバー、全部取ってきて!」
ヴィオレは王都の商店や露店を回り、手際よく妖精召還の素材なるものを買い集めていく。
その購入方法は豪快そのもので、クロのカバンはすぐに大量のスイートピーとエメラルドの宝石、そしてクローバーで一杯になってしまった。
(花やクローバーはともかく、宝石までこう躊躇い無く買うなんて、さすが上級貴族。
住む世界が違う)
重くなった鞄をふぅふぅと担ぎながら、クロはそんなことを思う。
ヴィオレの八面六臂の活躍で、妖精召還に必要な素材はそのほとんどがすぐに揃ったが、一つだけどうしても見つからないものがあった。
「ユリシスの羽………どこにも無いねえ」
「まあ、あまり商店街で買えるモノでは無いですからね………」
広場のベンチに腰を下ろし、2人はぼやくようにそう呟く。
ユリシス―――別名オオルリアゲハとも呼ばれる、青い羽を持った蝶である。
王都には無数の商店が建ち並んでいるが、流石に蝶の羽、などというものを売っている店は無いようだ。
「公園に行ったらいるんじゃないかな?
ねえ、クロ。捕まえてきてよ」
「まあ、一匹や二匹は捕まえられるかもしれないですけど………20グラム分必要なんでしょ?
何百匹捕まえればいいんですか?」
「くそー、あともうちょっとなのに………」
ヴィオレがベンチに座ったまま、がくりと肩を落とす。
その目は失望に歪み、悔しそうに奥歯を噛み締めている。
ただの気まぐれと思いつきでこんなことをしているのだと思っていたが、存外ヴィオレは本気でこの素材集めを行っていたようだ。
何とか彼女の力になれないかと、クロは頭を捻る。
「先輩」
「なに?」
クロは思いついたように、一つのことを提案する。
「薬屋に行ってみるのは、どうでしょうか?」
「薬屋? なんで? 探しているのは蝶の羽だよ?」
「いや………ここらへんに沢山並んでいるような薬屋ではなくて………もっと、こう民間療法の薬であるとか、他種族の秘薬なんかを扱う店です。
僕の地元では、黒焼きした蟻がリウマチに効くってことで、煎じて飲む人もいたんです」
「なに? クロの地元では蟻を食べるの? ちょっと気持ちわるいんだけど………」
「だから、薬として飲んでたんですってば!
あくまで民間療法の域は出ないですけど、結構、虫を煎じて飲むって話は聞いたことがあります。
エルフ族なんかは薬として色々な虫を煎じて飲むといいますしね。
そういう店に行けば、もしかしたらオオルリアゲハを素材として扱っている店もあるかもしれない」
「う~ん、でもここらへんに、そんな変なお店ないよ?」
「まあ、王都は広いですからね。探せばどこかにあるんじゃないですか」
◇
辺りが夕暮れに包まれ始めた、王都の一角。
南側の城壁に沿うような形で、雑多な家が立ち並ぶ区画がある。
その場所は王都でも貧しい者たちが集まり、また日の目を浴びることが出来ない犯罪者めいたものたちも居住する下町であった。
卑賎の民の町
その区画は王都に居住する者たちから、そう呼ばれていた。
「不味いところに来てしまったな………」
夕暮れに暮れるその町で、クロは恐々とあたりを伺いながら、そう独りごちる。
ユリシス蝶の羽、それを探してクロとヴィオレは王都中の薬屋を回ったが、そもそも王都の薬屋に置かれているのは認可を受けた薬物のみであり、彼らが求めるような怪しげな素材は販売されていなかったのだ。
それでも諦めきれず、2人は人に尋ねながら店屋を回っていたところ、気がつけばこの怪しげな界隈へと紛れ込んでしまっていた。
しかも、悪いことに陽が落ちかけており、夕暮れが辺りに暗い影を落としている。
(僕も人のことは言えないが………この区画で先輩の格好は不味いぞ。
どう考えても目立ちすぎている)
王都の吹き溜まり、貧民街。
そこでただ1人、華奢な衣服に身を包んだヴィオレは傍から見ても明らかに浮いている。
通り過ぎる人々はみな、ジロジロと無遠慮に2人へ視線を向けていた。
「クロー、ようやく見つかったよ。
あのおじさんが言ってた薬屋さん、多分ここだよ」
クロの考えを知ってか知らずか、ヴィオレはいつもの無邪気な笑顔で一つの商店を指差してみせる。
その店は看板が出ておらず、少しだけ開いた戸からは暗い影が覗いていた。
「は、入るんですか………?」
「逆に何で入らないの?」
不思議そうな表情でヴィオレが尋ねながら、店の戸を開き中へと入っていく。
彼女からすれば、苦労してようやく見つけ出した、目的の物が見つかるかもしれない店なのだ。入らない理由が無い。
「せ、先輩!」
こうなっては仕方無い。クロも覚悟を決めるとその怪しげな店の奥へと入っていった。
◇
その店は薄暗く、何が入っているのかよくわからない瓶などが戸棚に並べられ、所狭しと陳列されている。
そして店内には今まで嗅いだことが無い類の、甘い匂いが漂っていた。
意外なことに客はそれなり入っているようで、突然店内に入ってきたクロとヴィオレへ訝しげな視線を送っている。
もっとも、その客たちはどう見てもまともな仕事をしている人間には見えない。
「失礼しまーす」
恐い物知らずか、馬鹿なのか、そんな店内においてヴィオレは大きな声で挨拶する。
店内の視線は一気に2人へ集まった。
「何か用かい?」
店の最奥、カウンターを挟んだ先から1人の老人が煙草をくわえたまま、2人を睨みつけるように返事をする。
まったく愛想を感じさせないその双眸は、2人を値踏みしているかのようだ。
「このお店にユシリスの羽ってありますか?」
「ユシリス………?」
「あの………オオルリアゲハという蝶です」
全く気圧されない様子でそう伝えるヴィオレの言葉を、ビビりまくったクロが補足する。
老人は仏頂面を崩さないまま、カウンターの下から一つの壷を取り出すと、2人に見せた。
「羽かどうかは知らんが、粉末状のオオルリアゲハならこの中にあるよ。
鎮痛作用だか、強壮作用だかがあるらしい。
買うのかい?」
クロがその壷の中を覗くと、確かに茶色の粉末状の物が下の方に溜まっている。
ヴィオレは無言で店主の瞳に目を合わせると、一拍置いてからうれしそうな笑顔を浮かべ言葉を続ける。
「うん。壷ごとちょうだい!」
「決して、安いモンじゃないよ」
「これで足りるかしら?」
ヴィオレは無造作にカウンターへ金貨を一枚、カランと置いてみせる。
瞬間、店内の空気が息を呑むように変わる。
ミドル金貨。それは一枚で一か月分の生活費に相当する高価なものであったのだ。
それに仏頂面であった店主も少し目を見開き、口から煙草の煙を漏らした。
「………釣りを払えんぞ?」
「いいよ。全部取っといて」
ヴィオレは事何気にそう伝えると、店主から壷を受け取り、上機嫌な様子で店を後にした。
◇
卑賎の民の町の中路地をヴィオレは鼻歌交じりに意気揚々と進んでいく。
ようやく、妖精の召還に必要な素材が揃ったのだ。鼻歌の一つも歌いたくなる。
それに対して、クロは仏頂面のまま、ヴィオレの後に従っていた。
「いやあ、ようやく目的の物が揃ったねえ。
上手くやれば、今日中に妖精を召還できるかもしれないよ?」
「………さっきのは不味かったですよ、先輩」
「不味いって、何で?」
「あんな人前で金貨なんて見せてしまったら、きっと僕ら………」
陽は完全に沈み、辺りを夜の帳が包み始めている。
先ほどまで人通りの絶えなかった往来からも、人の姿が消えてしまっていた。
しかも、2人が進んでいるのは狭い路地裏。どう考えても危険な状況である。
「お嬢さんがた、ちょっといいかい?」
そんな声が2人の背後からかけられる。
振り向くとそこには、男が3人、クロたちの方へ笑顔を浮かべながら立っていた。
「な、何か………?」
クロは額に汗を浮かべ、男たちを凝視する。
見れば、それはさきほど薬屋の中にいた客の1人で、路地の壁に手を掛け、まるで行き先を塞ぐようにクロたちの方を見つめていた。
男たちはみな一様に、前の肌蹴たシャツや上着を着ており、その体には刺青が入れてある。
―――どう見ても、まともな人間とは思えない。
「いやさ、君らあの薬屋でおかしなモン買ってただろ?
実は俺たちも面白いもの持ってるから、見ていかないかな、と思ってさ」
3人のうち1人、一番年上に見える中年の男はあくまでにこやかな笑顔を崩さず、おだやかな声音でクロたちへと声掛ける。
「面白いモノ?」
「ああ、ほらこれだよ」
ヴィオレの問いに、男は明るく答えると胸元から小さな容器を取り出し、蓋を開いてみせた。
容器にはどうやら白色の粉末状の物が入っているようだ。
「なにこれ?」
「ただの、葉っぱを粉末にしたものだよ。
だけどさ、これはとてもいい匂いがするんだ………そうだな」
男は小さな匙を取り出すと、白い粉を掬い、ヴィオレの眼前に示してみせる。
「特別サービスだ。これを鼻に近づけて吸ってごらん。
とってもいい匂いがするよ。うん、とっても元気な気分になれる」
「ふうん?」
ヴィオレは男が差し出した白い粉と男たちを交互に眺めると、先の薬屋で店主へ向けたのと同じように、男の瞳を見つめる。
そして、微かではあるが瞳を青紫色に明滅させると、男へ向かってニッコリと微笑んでみせた。
「死ねよ」
「な………!?」
ヴィオレは笑顔を浮かべたまま、バシリと男の手を叩き、容器ごとその白い粉を地面に叩き落す。
そして、彼女にしては珍しく慌てた様子でクロの手を取り走り出した。
「クロ、行くよ!」
「は、はい!」
クロからしても、この男たちがろくでもない輩であることはわかっていたし、この場に長居するつもりもない。
クロとヴィオレが男達と反対方向に路地裏を駆け出そうとした時。
2人の目の前の巨漢の男が立ちふさがる。
「―――!」
巨漢の男は棍棒を振り上げると、2人が反応するよりも早く、ヴィオレの頭を棍棒で殴りつけた。
「つぅ!!」
クロの目の前で、ヴィオレが首をぐわりと揺らし、短い悲鳴と共に地面へ叩きつけられる。
「先輩!」
「てめえらぁ! 何てことしやがる! あれがいくらすると思ってんだ!!」
さきほどと打って変わった態度で、男が散らばった粉を掻き集めながら怒号を上げる。
他の男たちも剣呑な表情で、手に武器を持ち路地を塞ぐように立ちはだかった。
最初から、路地の前と後ろを塞がれていたのだ。
クロは自分の失念を悔やみながらも、倒れてしまったヴィオレへと駆け寄った。
「せ、先輩………!」
ヴィオレは意識を失ってしまっているようだ。
蒼白な表情のまま、こめかみから血を流しぴくりともしない。
「おい、その女の身ぐるみを剥げ! どっかにまだ金貨を隠し持っている筈だ!」
「結局、やることは強盗ですかい? 始めからまどろっこしいことしなけりゃ良かったんだ」
「なあに、薬漬けにもしてやるさ。この娘、どう見ても貴族のご令嬢のようだからな。
吸えるだけの金は吸わせてもらう」
さきほどの男が酷薄な笑みを浮かべつつ、懐から注射針を取り出す。
「もう、経口摂取なんて面倒な真似はしねぇ、直接血液に流し込んでやる!」
男たちはこの「卑賎の民の町」を根城にする、麻薬の密売集団であり、先ほどクロたちへ示した白い粉は中毒性の高い麻薬であった。
先の薬屋での一件の時、偶然同じ店舗にいた男たちはヴィオレが裕福、という言葉では表せないほどの富を持っていることに気付いた。
始めは路地裏で襲いかかって金銭を奪い取ることも考えたが、この男はそれよりも彼女からその富を吸い尽くせる手段を思いついたのである。
それは、ヴィオレを中毒者に仕立てあげ、その財産を根こそぎ奪うこと。
言葉巧みにヴィオレへ麻薬を摂取させ、中毒者へと仕立てあげたあと、彼女へ高値で商品を売りつける。
一度中毒になってしまえば、いくら高値を吹っかけても彼女は抗えないし、それに支払うだけの財力もあるようだ。
男達にとってヴィオレは格好の獲物だったのである。
「………ふざけるな」
「あ?」
そんな男たちへ向けて、クロは静かに口を開く。
「なんだ、ガキ? そもそもお前は何だ?」
男たちにとって獲物はヴィオレのみであり、クロなど、最初から眼中に入っていなかった。
華奢な出で立ちのヴィオレと違い、クロの格好は明らかにみずぼらしく、従者にすら見えない。
「おい坊主、そこをどけ。
いまどければ、お前は逃がしてやるぞ?」
「ふざけるな!」
だから、男たちにはなぜ、クロが激昂し自分達へ殴りかかってきたのかもわからない。
この少年はどちらかと言えば、彼女より自分達に類する人間だと思ったのである。
「あっそ」
自分に向かってきたクロを、男は無造作に蹴りとばす。
所詮、痩せっぽちのチビである。その力は男にとってネズミのようにか弱い。
もんどりうって地面に転がったクロを、男たちは更に背中といわず、頭といわず、体中を蹴り続けた。
クロは堪らず、体を抱いて背を向けようとするが、男の1人に手を押さえつけられ、無防備になった腹や顔面が激しく蹴り上げられる。
「がはっ!」
全身を襲う、衝撃と痛み。
明滅する視界と、遠くなっていく意識。
そんな感覚に冒されながら、クロがふと上を見上げると、漆黒の空を挟んで先ほどの巨漢の男が棍棒を振り上げている姿が映った。
(ああ………これは、死ぬかもしれないな)
どこか冷静にそんな光景を見つめながら………
クロは自分の顔面に棍棒が埋め込まれていく感覚を感じていた。




