第1話 シルバー村の少年
「―――神が人を作った時、頑丈で固い檜から男を、柔軟で軽い杉から女性を作りました。
檜で作られた男は体が強く、多少の衝撃にはビクともしない屈強な体をしていました。
杉で作られた女性は体が柔らかく、男にはない知恵を持っていました」
カツカツと講師が黒板へ文字を走らせていく。
講義室には多数の生徒たちが机に掛け、真面目な者は真剣な目で、不真面目なものは気だるい目で教授の描く文字の羅列に視線を向けていた。
少年は比較的、真面目側に属する人間で、それなりに真剣な視線を持って黒板に目を向けている。
「―――男はいつしか剣や槍を持ち、戦うことを覚えました。
檜から作られた彼らは、好戦的な性格で血を好み、力に劣る女性をその暴力によって屈服させていきました。
男に比べて力の劣る女性は、ただされるがままに蹂躙されていったのです」
本日から受講が始まった『魔術史』の授業である。
まさか、神話から始まるとは予想外であったが、ただ講師の話した内容を暗記すればいいのであれば、楽なものだ。
(それにしても、神話の内容が随分と女性寄りになっているな。
この講師、ひょっとして女性優位主義者という奴か?)
オーク族でもあるまいし、いくら神話の時代とはいえ、男の全てが血に飢えた獣のようであった訳でも無いだろう。
少年はそんなことを思いながらも、講師の板書した内容を機械のようにノートへ書き写していく。
少年は特に主義主張を持った類の人間では無かったし、そもそもこの『魔術史』に興味があるわけでもない。
危なげなく授業を受け、危なげなく単位さえ取れれば、他のことは割りとどうでも良いいのだ。
そんな少年の考えとは関係なく、教授は言葉に熱を込めて講義を進めていく。
「その様子を見た神は、酷く心を痛めました。「あの醜い男たちから、哀れな女性たちを救わなければいけない」そう思った神は女性たちへ一つの能力を与えることにしたのです。
それが―――」
教授はそこまで話すと、黒板に向けていた視線を生徒たちへと戻す。
そして、手のひらを胸元に上げると、そこへ小さな炎を創造して見せた。
「それが、『魔術』です。
今のはあくまで神話であり、実際にどのようにして私たちが魔術というモノを得たのかはわかりません。
しかし、この能力は神が女性のみに許したものであり、男には魔術を顕現させることは出来ないのです」
講師はやや誇らしげに右手の炎を掲げてみせる。
発火魔術は初歩の初歩と言っていい基本の魔術であるが、この小ささで長時間維持するというのはなかなかの技術を要するものだ。
伊達にこの学校の講師をしている訳では無いということなのだろう。
『聡明な賢者の学舎』
そう呼称されるこの学校は、王都でも最高峰の魔術学校と言われている。
入学を許されるのは、王都に所在する貴族の子女や、魔術という分野において並々ならぬ才能を示した『特別入学生』など、やんごとなき身分の者ばかりであった。
200年前の『破滅の時代』が終わり、世界が平和になってから魔術というモノは女性の教養の一つとして数えられるようになった。
そして、その魔術の最高学府である『聡明な賢者の学舎』を卒業することは、貴族の令嬢に取って一つのステータスとなるらしい。
いつしかこの学舎は「魔術を学ぶ」というよりも「卒業することで権威を得る」場所へと変わりつつあった。
そんな学舎を最高峰の魔術学校として維持しつづけられているのは『特別入学生』の存在に寄るものだろう。
魔術という物は、この世界の女性全てに備わった能力であるが、その才には個人差がある。
生まれながらに強大な魔力を持った者。
魔力を操作することに長けた者。
そういった者たちは、その身分に関係なく『特別入学生』として学舎へと招かれ、学舎の援助のもと、その才能を生かすことが出来るのだ。
この魔術史の講師も、恐らくそういった類の人間だったのだろう。
豊富な資金のもと、多大な入学資金等と共に才女の名を得るためやってくる『裕福な子女』
魔術の才能を持ち、学舎の名誉を維持するため日々研究に励む『特別入学生』
学舎の学生たちは、大体この2種類に分類される。
しかし、その中にもう一つ、3種類目。例外的な立場の学生がいるのだ。
それは―――
「皆さんも知ってのとおり、魔術とは女性にのみ許された特別な能力です。
今話した神話の例ではありませんが、これは私たち女性が男たちと戦うために神から与えられた能力といっても過言では無いでしょう。
………しかし、どんな物にも例外という物が存在します」
魔術史の講師はそこまで話すと、教鞭を1人の学生へと向ける。
「シルバー初等生。起立を」
「…………はい」
教鞭を向けられた学生―――少年は渋々といった様子で椅子から腰を離す。
まあ、今日の魔術史の予習をしていた時から、自分が立たされるのは予想していたのだ。 少年は周囲の注目から身を守るように、背中を丸めひょこりとその場に立った。
「その例外とは彼です。
彼はこの大陸において、唯一かつ史上初めての魔力を持った男性なのです。
彼のような存在を、我々は『特異魔術師』と呼びます。
もっともシルバー初等生は、まだ学生という身分ですが………彼が一人前の魔術師となれば、この魔術史においても新たな1ページが加えられることでしょう!」
熱を持った口調で教鞭を振り回す講師を尻目に、少年は俯き自分の机に視線を送る。
(何もこのタイミングで立たせることは無いだろうに………)
そんなことを思いながら、少年は周囲の学生たちと目が合わないように注意しつつ、愛想笑いを浮かべてみせた。
少年の名はクロ・シルバー。
特異的な才能から学舎への入学を許された『特異魔術師』。
上記の3種類目の立場にある学生で、この世界にたった一人の男魔術師である。
◇
「まったく、酷い目にあった………」
魔術史の講義が終わり、講義室の生徒もまばらになった頃、クロはそんな言葉を呟きながら席を立つ。
あの講師に悪意があった訳ではないだろう。
しかし、クロは自分に注目が集まることを歓迎しない性質の少年であった。
クロは教材の入った鞄を小脇に抱えると、そそくさと講義室を後にする。
講義室の出入り口には数名の学生たちが溜まっており、何やら談笑をしているようだ。
クロは彼女らの邪魔とならぬよう、ヒョコヒョコとした動作で彼女らの脇を通り抜けようとした。
その時『ドブネズミ』という単語を学生たちが発するのがクロの耳に入る。
クロは慌てて目を伏せると、相変わらずヒョコヒョコと講義室を離れていった。
廊下を進み、学舎の中庭まで抜けたところで、クロは辺りを見回し誰も人がいないことを確認すると、ため息をつく。
『ドブネズミ』………学生たちはクロのことをそう呼んでいた。
クロは13歳であるが、発育が悪いのか背が低く、痩せた貧相な少年である。
その矮躯たるや、同い年の女の子に負けるほどである。ざっくばらんに言えば『痩せっぽちのチビ』というやつだ。
そんな自分が学舎の中をヒョコヒョコと駈けずり回る姿はネズミのそれを連想させるらしい。
クロは無人の中庭で1人、木に背を預け休息を取る。
彼にとって1人で居られる時間は、かけがいの無い重要なものであった。
「シルバーくん」
「―――!」
そんなクロへ背後から女性の呼びかける声がする。
クロは一瞬慌てるも、この声には聞き覚えがある。落ち着いた動作で振り向いてみせた。
「アイボリー先生、僕に何か?」
クロの背後には、薄茶色の長い髪を蓄えた妙齢の女性が1人立っている。
彼女の名前はベージュ・アイボリー。
『聡明な賢者の学舎』に講師として籍を置く上級魔術師の1人であり、クロにとっては直接の担任教師である。
クロはそんなベージュに対して、学生が教師に対するにはやや無作法な様子で問いかけるが、彼女はそんな態度を気にした様子も無く、笑顔を浮かべて見せた。
「シルバーくん。魔術研究会に入ってみる気にはなったかしら?
声を掛けてから随分と時間が経っているのだけれど………」
「ああ………」
『聡明な賢者の学舎』には、全学生が受けるカリキュラムとは別に、希望した学生がゼミナール形式で講師から指導を受けることが出来る活動がある。
『魔術研究会』と呼ばれるそれは各講師の名前を取られており、ベージュを顧問とする魔術研究会は『アイボリー教室』と呼ばれていた。
クロは以前から、この『アイボリー教室』に入室しないかとベージュから声を掛けられていたのだが、彼は曖昧な返事をしたまま今日に至っていたのであった。
「あなたは人体魔術師を志しているんだったよね?
魔術の研鑽は1人で行うよりも、複数で行った方が効率がいい物よ?
それに―――」
訝しげな表情を浮かべるクロに対し、ベージュは穏やかな微笑みを浮かべて言葉を続ける。
「1人でいるより、きっと楽しいわ」
「はぁ………」
あくまで笑顔を絶やさないベージュに対し、クロは曖昧な表情のまま返事をする。その脳裏にはどうやって断ろうか、という考えで満たされていた。
「ありがたいお話ですが、まだ学校生活に慣れていないものですから、少し考えさせて下さい」
「またそれ? シルバーくんがそう言い始めてから、もう一年になるよ!?」
「ははは………すいません」
当たり障りのない返事をしたつもりであったのだが、ベージュは少し眉をひそめ咎めるように言う。
それでもクロは困ったような笑顔を浮かべ、誤魔化すように笑うのみだ。
そんなクロに対し、ベージュはあきらめたようにため息をつくと、静かに首を振る。
「まあ、しょうがないか。
気が変わったら、いつでもいいから私に声を掛けてね」
「はい」
クロは鷹揚に頷いてみせると、ベージュは肩を落としトボトボと中庭を後にする。
彼女の薄茶色の髪を見送りながら、クロもまたため息をついてしまう。
ベージュの申し出は決して迷惑なものではない。
本気で魔術師になることを志すのなら、魔術研究会に所属するべきだろう。
会に所属するということは、その顧問魔術師の弟子―――要するに教師と師弟関係を結ぶということである。
ベージュは自らが顧問する『アイボリー教室』の会員たちに熱意を持って指導を行っているという噂をよく聞く。彼女を師匠と仰ぐのは、決して悪い話では無いのだ。
しかし―――
「研究会か………他の会員たちと一緒に魔術を研究する?
冗談じゃない」
クロ・シルバー。
シルバーという姓を名乗っているが、厳密に言えばクロに苗字というモノは存在しない。
クロは王都の遥か南西に位置する『シルバー村』という鄙びた村の出身で、村民たちは姓を名乗る文化、そのものが無かった。
だから、彼のシルバー姓はそのまま『シルバー村のクロ』という意味。文化的に未発達な地域の者たちはそのように名乗るのが常であったのだ。
貧民、しかも超の字がつく田舎物である。
彼は学舎において、明らかに浮いた学生であった。
前述の通り、この『聡明な賢者の学舎』の学生たちは、その大多数が王都に所在する貴族の子女。又は裕福な商家や騎士の令嬢たちである。
そして、何よりもこの世界で魔力を持つのは女性のみ。クロは世界で唯一の男性魔術師であった。
身分が低く、見てくれは貧相で、小汚い田舎者の少年であるクロは、いつも学舎において一人きりであったのだ。
それでも社交性があれば、彼女らの輪に入ることが出来るのかも知れないが、生憎クロは社交的とは言い難い性格の少年であった。
誰よりも早く授業へ向かい、授業が終わって学生たちが出て行ったあと、そそくさと講義室を後にする。
出来る限り人の目に映らないように生活するのが、クロの日常であった。
そんなクロであるが、教師たちから彼に注がれる注目は甚大なものである。
クロはこの世界において史上初の、魔力を有した男性なのである。
彼を一人前の魔術師へと仕立て上げることが出来たなら、魔術師結盟から『賢者』の称号を得ることだって夢では無いだろう。
それを知っているからこそ、学舎の教師たちは殊更にクロの面倒を見ようとし、そしてそれがクロを更に学友たちから浮き上がらせていた。
「ベージュ・アイボリー上級魔術師………。
どうせ僕を魔術師に仕立て上げて、栄誉を受けようって魂胆なんだろうけど、生憎だったね。
僕は誰かに師事するつもりなんて無いよ」
クロが学舎に入学して、もうすぐ1年。
差別と嫌悪に満ちた学生生活は、彼に卑屈さと、人間不信の心をもたらしていたのだった。
◇
夕陽が辺りを包み込む。
『聡明な賢者の学舎』もまた、その校舎を茜色に染めていた。
『聡明な賢者の学舎』第3校舎、講義棟。
昼間は講義を受ける学生たちで混雑する校舎であるが、講義が終われば残っている学生などいない。
クロはただ1人、そんな無人の校舎の廊下を進んでいた。
王都最高峰の魔術学校と銘打つだけあって、校舎の中は絢爛豪華な装飾が施されている。
クロが学舎に入学したばかりの頃、その荘厳さに圧倒されたものだが、慣れてしまえばその実用性の無さに辟易するばかりである。
しばらく進んだ先に、クロの目的とする場所がある。
それは講義棟の一角に設けられた小さな部屋。
魔術に関する参考文献や、資料の類が設けられた資料室である。
本来、学生を指導する立場の上級魔術師しか入ることを許されない資料室であるが、そもそも学舎には大きな図書館があり、もっぱら上級魔術師たちはその図書館を利用していた。
現在、この資料室を利用している人間はいないも同然だったのである。
「………………」
クロは辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、資料室の扉に触れる。
扉は施錠されているが、クロは胸元から鍵を取り出す。
この鍵は、本物の鍵から型を取り、クロが作り出したスペアキーであった。
ガチャリと扉を開け、クロは資料室の中へと踏み込む。
資料室の中は、部屋を埋め尽くすように本棚が置かれ、黴臭いにおいが流れていた。
クロはその本棚の間を縫うようにして奥へ進んでいくと、そこには小さな窓がある。
資料の保管のためなのか、資料室には窓がこの一つだけしか設置されていない。
窓の前には小さなスペースが設けられており、小さな机と椅子、古い時計、煤こけたランプなどが置かれていた。
クロは窓から差し込む微かな夕陽を頼りにランプへ火を灯すと人心地をつく。
うち捨てられ、人が訪れなくなった狭い資料室。
それがクロにとって、この学舎で最も安らぎを得られる場所であった。
人目を嫌うクロは、講義が終わったあと、この資料室で深夜まで時間を潰すのが日課となっている。
学生たちは王都に居住するものを除き、その大半が寄宿舎に住んでいる。
遠方から入学したクロも同様で、第6校舎。『学生棟』と呼ばれる建物にクロも部屋を持っていたが、ほぼ寝る為だけに使用しているような状況であった。
学生棟には学舎の学生―――女性たちが多数生活を共にしている。
クロは特例として、学生棟に部屋を与えられたのであるが、彼女たちから向けられる警戒するような視線にうんざりしていたのだ。
だから、クロはいつも授業が終わるとこの資料室で時間を潰し、学生たちが寝静まる頃に自分の部屋へと帰るのである。
「今日も一日。無事に終わりましたぁ………」
クロは椅子に腰掛けると、疲れ果てた様子で呟く。
学舎に入学してもうすぐ1年になるが、クロはこの生活にとことん嫌気が差していた。
クロの魔力が発現したのは、彼が幼少の頃であった。
この世界の女性であれば、誰でも仕える簡易な発火魔術、それをクロも使用することが出来たのである。
それは史上初となる、男性が魔術を顕現させた瞬間であったが、彼の故郷であるシルバー村の住民たちはそれを些細なこと程度に捉えていた。
『母ちゃん、男の子が魔術を使うのなんて、初めて見たよ。
まあ、アンタはどっか女の子っぽいところがあるからねぇ』
クロの母は、そう言って呑気に笑っていたし、他の村民たちについても同様であった。
クロ自身、大したことでは無いと考え、変わらぬ日常生活を送っていたのである。
そんなある日、シルバー村に旅の商人団が立ち寄ったことから、クロの人生は大きな変革を迎える。
商人たちをもてなすため、村民たちは総出で料理の準備を行っていた。
クロもまた、それを手伝うために発火魔術を用いて火を準備したのであるが、クロが魔術を顕現したその瞬間を商人たちは目の当たりにしたのだ。
その日、シルバー村は大騒ぎとなった。
商人たちは、村長に対し男性が魔術を施行する、ということが如何に不可能であるということかを訴え、王都魔術師結盟に、この事を伝えるべきだと進言したのだ。
数日後、シルバー村に魔術師の一団が訪れた。
魔術師たちはクロに魔力が備わっていることを確認すると、クロの家族へこの『聡明な賢者の学舎』へ入学することを勧めたのだ。
しかも、入学金や学費は全て学舎が負担し、更に家族へは手付金まで渡すという、それはクロにとっても、家族にとっても夢のような話であった。
クロは大いに乗り気で『聡明な賢者の学舎』へと入学を果たしのである。
そして、その結果がこのザマだ。
クロは『聡明な賢者の学舎』において、完全に孤立している状況であった。
魔術を学ぶことが苦な訳では無いが、現在の境遇は彼にとって苦痛に満ちたものである。
「ここに居る時だけが、安らぎだな………」
クロは椅子の背もたれに体重を預けると、うんざりしたようにため息をつく。
この資料室は好きだ。
静かだし、暗いし、学友たちからの蔑むような視線も、講師からの己を利用しようとするような言葉も感じなくて済む。
王都に置いて、最も権威ある魔術学校、『聡明な賢者の学舎』
荘厳華麗なその建物において、校舎の隅にあるこの汚い小部屋だけが、クロにとっての憩いの場所であったのだ。
◇
「今日も今日とて、嫌な一日だった………」
クロはいつものようにヒョコヒョコと無人の廊下を進んでいく。
今日の授業が全て終了した夕方時。
クロは資料室へ向けて、その足を急がせていた。
夕方から深夜に掛けて、資料室で過ごす時間。
それがクロにとって最も安らげる憩いの時間であるのだ。
「……………?」
いつもどおり、資料室までやってきたクロは、そこで訝しげな表情を浮かべる。
資料室の鍵が開けられているのだ。
彼がこの部屋へ通い始めて、すでに半年近くにもなるが、今までこの資料室が利用されていることなど一度も無かった筈である。
昨日、鍵を閉め忘れたのだろうか?
そんなことを思いながら、クロは覗き込むように資料室の扉を開いた。
「誰!?」
クロが扉を開くと同時に、資料室の奥から驚いたような声が響く。
クロ自身も驚いて、資料室の奥へと目を向けると、そこには1人の少女が警戒するような視線をクロに向けていた。
それは不思議な少女だった。
年のころは、クロよりも年上………大体10代後半くらいだろうか?
自分と同じ、魔術師用の黒いローブを羽織っているが、その隙間からのぞく衣服はかなり上等なもので、彼女がここの学生と同様に、裕福な家庭出身の子女であることが伺える。
しかし、何よりもクロの目を引いたのは少女の瞳であった。
その少女は右に青紫色、左に赤紫色の、異なる色合いの瞳を持っていたのである。
「なに? 用務員の人………じゃないよね? 私たちと同じローブ着ているし………。
だけど、君、男の子だよね? え、なに? どういうこと?」
「ちょ、ちょっと待って下さい。
とりあえず、扉を閉めましょう。学生の僕らが資料室に居ることを知られれば、何かとまずいことになる」
困惑の声を上げる少女を、クロは手で制するとそんな言葉を述べるのだった。